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        Kengo Moriyama

        Snow River

        雪崩のことを学ぶようになってから、自然って一見厳しいように見えて、
        実はすごく優しいんだなって思うようになったんです。
        そう思えるようになったのは、
        自然が出しているメッセージに気がつけるようになってきたからなんです。

        雪崩に魅了された男

        Goldwinアンバサダーの森山建吾は、白馬八方尾根スキー場雪崩管理責任者として、日々、スキー場の雪崩に関わる危険と向き合っている。白馬で行われた国際的な山岳スキーの大会においても、雪崩管理責任者として大会の運営に関わるなど、雪崩安全管理の分野におけるエキスパートとして知られている。
        そもそも「雪崩」とは、山の斜面に降り積もった雪が、何かしらの要因で斜面に留まることができなくなった時に崩れ落ちる「自然現象」である。スキー場内であっても、日々、降り積もる雪を放置してしまえば「雪崩」の危険性は増していく。そのため、スキー場は彼のような専門家を雇って、「雪崩」の発生をコントロールすることで事故を未然に防いでいる。
        森山建吾は、日々の業務の他にも、「白馬雪崩の学び舎」という名の勉強会を主宰したり、一般のスキーヤーや登山者向けに「サーチ&レスキュー講習」を開催するなど、雪崩に関する知識の向上と、啓蒙活動を精力的に行なっている。

        「先ずは、雪崩の事故を減らしたいっていう気持ちがもちろんあります。これは自分も含め、仲間や、一般の皆さんにも、とにかく山で事故に遭ってほしくないという想いがあります。それと同時に、雪崩の本質に近づきたいという気持ちもあるので、それで様々な活動を行なっています。」
        「雪崩の本質に近づきたい」と語る森山建吾。彼は、雪崩管理の仕事を「雪崩との戦い」と表現する一方で、自然現象として発生する「雪崩」そのものには、人を魅了する美しさを感じるという。
        「たぶん、一般の方に知られている雪崩の印象って、怖いっていう印象だったり、人が亡くなったりとか、、、事故が起こってしまったうえで、捉えられているイメージだと思うんですよね。そこに人が介在するから、雪崩は危ないものとして捉えられている。でも、川の流れのように動き出す雪崩を見た時に抱く感情は恐怖っていうのもありますけど、それを見て美しいとも感じます。雪崩というものを学べば学ぶほどに、魅了されていっているところはありますね。」

        雪崩の本質とは何か

        森山建吾がいう「雪崩の本質に近づく」とは一体どういう意味なのか、その一つは、自然現象として起こる雪崩のメカニズムを解明することだといえる。彼は、そのために自然に発生した雪崩の調査を頻繁に行なっている。近隣の山で「雪崩が出た」という情報が入ると、自ら足を運んで、その痕跡を調査するのだ。
        「どのような雪崩が、なぜ起こったのか?」その理由を調べるためにスノーピットと呼ばれる掘りを作り、積雪層を観察する必要がある。
        どんな雪の層が積み重なって、積雪層を成しているのか。その厚みや硬さ、雪温、層と層の接着強度、その層を形成する雪の結晶がどのようなものなのか、そういった記録を残し続けていくことで、経験を蓄積する。それが「雪崩管理者」としての知識や技術となることは言うまでもないが、それ以前に、「雪崩」というものが、彼にとっては「興味」の対象であり、自然とのコミュニケーションなのだ。
        吹雪の中、顔を真っ白にしながら積雪層を調べる彼の姿は「研究者」のようにも「少年」のようでもある。彼がフィールドで使用するノートには、その記録がびっしりと書き込まれていた。

        自然界における
        雪崩の役割

        「自然発生の雪崩の中には、自然の摂理として必要なことだから起こっている雪崩っていうものもあると思うんですよ。」
        例えば、山火事が森を再生するために発生していたり、台風が海水をかきまぜるために自浄作用として発生している、という話を聞いたことはあるだろうか。森山建吾は、そのような自然現象と同様に、雪崩も自然循環の一部として起きているものだと捉えている。
        「例えば雪崩って、流れている時に雪の粒が細かく砕かれるんですね。それで、細かく砕かれた雪っていうのは凄く締まった硬い雪になるんです。そうすると、その雪は夏も溶けずに残っててくれる。雨が降らなくてもこの地域は雪が溶けた雪解け水で潤っていられるので、雪崩とか雪っていうのは「白いダム」とも呼ばれていて、山で貯水してくれているんです。つまり、雪崩は天然のダムという訳ですね。」

        「もう一つは全層雪崩という雪崩がもたらす恩恵です。全層雪崩というのは、シーズンの一番最初に降った雪から、最後の春に掛けて降り積もった雪で形成された全ての積雪層が一気に全部落ちる雪崩を言うのですが、その雪崩が春に起こると、雪が流れる過程で土の表面を削るんです。土の表面っていうのは、腐葉土が堆積しててミネラルがすごく豊富に含まれている。そのミネラルを全層雪崩が河川に供給してくれるんですね。河川に流れ込んだミネラルが水と一緒に流されてきてどこに辿り着くかっていうと、それが田畑に流れ込んできて、私達が食べる野菜だとか、お米っていうものを育ててくれるんです。そういう事から雪崩っていうのは自然循環の中で大きな役割を持っていると私は思ってます。」

        夏場、森山健吾は、化学肥料や農薬に頼らない自然栽培という農法を実践するお米農家としても知られている。現在は、数年前に移住した長野県東筑摩郡の山間部にある生坂村という場所で、自然栽培のお米と有機栽培の野菜を育てているが、彼の技術を学ぼうと、各地から見学者が訪れるほどに、その実績は広く知られている。
        「初めは、なるべく環境に負担を掛けたくないと思って、田んぼとか野菜作りっていうのを始めたんですよね。化学肥料とか農薬を使わないことが環境に対してなるべく負担を掛けずに生きていける方法だと思って始めたんです。でも、始めてみてすごく実感したのは、環境が再生できているっていうこと。もう、自然環境が回復してきているっていうのは、目で見ても直ぐにわかる。年々、生物が増えてきて、イモリとかヤゴはもちろん、3年目には絶滅危惧種って言われているようなゲンゴロウまで住み着いて、、、小さい範囲ではありますけど、あ!これをやることによって、環境って少しずつ再生することができるんだっていうのを感じられることが、最近の喜びなんですよね。目指すところはやっぱりホタルが帰ってきてくれたらすごくうれしいなと思っています。」

        少年のような眼差しで、身振り手振りで自然栽培の素晴らしさを語る森山建吾。そんな彼が、夏場に行っている活動の一つに「お米のスクール」というものがある。これは、彼が蓄積してきた自然栽培の技術を、これから自然栽培でお米づくりを始めたいと考える人に向けて行っている取り組みだ。
        そもそも、化学肥料や農薬というものは、お米の育ちを促進(又は抑制)したり、雑草や、害虫の発生を抑えるなど、作物の生産を安定させるためのものであるため、それを使わない自然栽培という農法は、単純に考えれば「難しいお米づくり」だといえる。ほったらかしていれば勝手に作物は育つ、というのが自然栽培の考え方ではなく、むしろ手間暇をかけてお米の世話をすることで、化学肥料や農薬に頼らなくても一定の収量を出すことができる。というのが、森山建吾が目指している自然栽培の技術なのだ。その技術を伝えるのが「お米のスクール」である。
        では、実際に農薬や、化学肥料を使わないで作物を育てるのに必要なことは何か。「お米スクール」に参加したメンバーの1人は、彼から大切なことを学んだという。
        「森山さんは、本当にしっかりとお米や田んぼを観察されていると感じました。一つ一つのやるべきことを、どのタイミングでどの程度やるべきか、それはしっかり田んぼを観察していなければできないことなんだと教わりました。」

        自然の声を聞く

        冬は雪崩管理のために、日々、天候や積雪を調査し、夏は田んぼとお米の成長を観察する。そうやって、一年を通して自然と向き合う彼は、どちらの仕事にも、自然の声を聞くことが大切だと考えている。
        「僕の雪崩の師匠に若林隆三さんという方がいて、昨年の12月に亡くなってしまったんですけど、その方は、森とか雪の声に寄り添うっていう考えを持っていた方で、木とか雪の声が聞こえるって言うんですよ。それってどういう意味なんですか?って聞いたら、それは、突き詰めていったら自然の方から語りかけてくれるものなんだよって教えてくれたんですね。その時は、言葉の真意がわからなかったんですけど、でも雪崩と向き合い続けているうちに、自分も自然の声が聞こえたって思える経験をするようになっていったんです。例えば、記録やデータだけでは解らなかった雪崩の発生を、感覚的に怪しいと思った時に見つけたりすることがあるんです。そうした中で、自然の声は、日々、仮説、検証、予測っていうものを繰り返し行なっていると少しずつ聞こえてくるものなんだなと気づいたんです。」
        当然ながら、木も雪も、言葉を喋ることはもちろんない。「自然の声を聞く」という言葉を素直に理解することは難しいように思う。ただ、捉え方を変えれば、人間は誰しもが自然からのメッセージを受け取って生活しているとも言える。例えば、朝、太陽の光を浴びて目を覚ますことや、曇り空をみて傘を用意することも、自然からのメッセージを受け取っていることの一つと言える。彼のように、雪崩の発生を予測したり、農薬や化学肥料に頼らずに立派な作物を育てるようなことは、突き詰めていなければできないかもしれないが、自然の声を聞くことは、人間にとってはむしろ当たり前のことだったのかもしれないとさえ思える。
        一年を通して、自然から得た知識と経験を人に伝える森山建吾は、自然の声の代弁者ともいえる。そんな彼が、自身の活動に対する想いを語った。

        紡ぐことの大切さ

        「紡ぐことが最も重要だと思っています。お米作りっていうのは、もう1000年以上前から紡がれてきたことじゃないですか。それを自分たちの世代で途切れさせたくない。技術をしっかり確立させて子供達にも伝えてあげる。自分達の孫にも伝えていく。そういう流れを作っていきたいなって思っています。」
        「なぜ紡ぐことが大事かっていうと、例えば雪崩の事が1つ分かったとして、その理論が確立できたとしても、自然は変化していってしまうんですよ。気候が変化していくから、それに合わせて変えていかないといけないじゃないですか。これって一つが確立して終わりではなくて、確立できたのなら、それに合わせてどんどん調整していかないといけない。雪崩のことも、田んぼのことも、終わりがないんです。だから、次世代の子どもたちに紡いでいく。彼らは変化していく時代の中で、新しい感覚を持って生まれて育ってきた子達だから、今、自分が見えてるものを伝えてあげれば、彼らはもっと違った視点でそれを変化させていってくれるものだと思うんですね。だから、お米作りも何1000年と続いてるものを自分たちの世代で終わらせちゃいけないんですよ。雪崩管理っていうものも、自然は変化していますから、それに合わせて次の世代にバトンを渡していく。それが自分の役割だと思っています。」

        Kengo Moriyama

        森山 健吾

        白馬八方尾根スキー場、雪崩管理責任者。2011年より、自身が育成した山岳救助犬と共に山岳遭難の現場に多数参加。2014年より、栂池高原スキー場にて爆薬を使用した雪崩管理の仕事に従事。2020年FWTHAKUBA「フリーライドワールドツアー白馬大会」の雪崩安全管理の業務を担う。現在は雪崩安全管理に関わる啓蒙活動にも力を入れながら、日々、雪崩や自然の本質に近づくために活動中。