COLUMN
2024.10.06
Sailing
風をとらえて進む、セーリングとは?
Overview概要
セーリングとは、風を味方につけて推進力を得て前に進むことで、何万年か前から人類(ホモサピエンス)が持っていたと考えられている技術です。そんなに古くから人が持っていた技術を思い出すつもりで身に付けると、遠い外国まで海を渡って行くこともできます。また、セーリングを知るようになると「風」をとても身近に感じることができます。日常生活で「風」を感じるようになると、空を見上げることが増え、自然、ひいては地球、宇宙への興味につながることでしょう。ぜひセーリングの楽しさを、一度体験してみてください。
Interviewインタビュー
一般社団法人うみすばる理事長の西村一広さんは、小学校5年生のときに「船乗りになる!」と決めて以来、海と船とセーリング一筋の人生を送っています。セーリングとは風の力を使って、より遠くへ、より速く行くための技術であり、帆船による海運が中心の時代は多くの人々が身に付けていた技術。そんなセーリングの魅力についてお話を伺いました。
セーリングの面白さについて教えてください。
セーリングとは、風を味方につけて推進力を得て進む人類の技術であり文化で、非常に長い歴史があります。人類が船をつくって海や川、湖に出て行くようになったとき、最初は手やパドルで漕いで船を進めたことでしょう。その次に人類が身につけたのがセーリングです。
人類(ホモサピエンス)の一番古い長距離航海は、現在のオーストラリア先住民たちによる、約5万年前のアジアからの横断航海だとされています。手で漕いでは渡れない距離です。
日本人に身近な例だと、1万2千年から4千年ほど前の、旧石器時代から縄文後期にかけての日本。伊豆諸島の神津島の黒曜石(矢じりなどに使われていた石)が東北地方の遺跡で見つかったり、八丈島の遺跡で日本各地で作られた土器が大量に見つかったりしています。当時陸路などなく海路も遠い東北地方や、海が荒れ黒潮も流れる八丈島に日常的に物資を運ぶには、航海能力のあるセーリング船が必要だったはずです。つまり、日本列島人の祖先たちは、そんな時代からセーリングをしていたということです。セーリングは、西洋から日本にもたらされた技術ではなく、私たち日本列島人も古くから独自に持っていた技術です。
日本人の次世代には、できるだけ小さな時にセーリングを体験してもらって、祖先から受け継いでDNAに刻まれた能力を呼び覚ましてほしいと願いつつ、時間の許す限りセーリング体験活動を続けています。
西村さんがセーリングや海そのものに興味を持ったのは、いつ頃なのでしょうか?
幼少期は福岡県の日本海の玄界灘に面した漁村で育ちました。海はよく眺めていて、海の向こうに沈む夕日を見ながら、海の向こうには何があるんだろう、行ってみたいなと思っていました。子どもの頃はベニヤの小さな船にマストを立てて、いわゆる帆掛け船をつくって、川に浮かべて遊んでいました。そして、外国に行く仕事がしたいと考え、外国航路の船長になりたいと思って、東京商船大学の航海科に入学しました。この大学に入ると、帆船で太平洋横断実習航海に行けることも魅力の一つでした。ただ、卒業する頃には大きな動力船に乗る仕事よりも、セーリングで仕事がしたいと思うようになって、卒業後はセーリングレースの世界に入りました。
アメリカズカップ挑戦など、競技セーリングの世界でプロセーラーとして活動をしていますが、2005年に愛・地球博という万博があり、日本セーリング連盟がその応援イベントをいくつか企画して、私は、「夏休み子どもセーリングキャンプ」を立案し実施するよう指示されました。その時にセーリング中の小学生たちの輝くような笑顔を見て、日本人の次世代にセーリングを体験してもらう活動をこの後も続けなければいけない、と強く思うようになりました。
セーリングの世界をあまり知らない方にはどんなお話をされていますか?
いつも自分の周りで自然に吹いている「風」、心地よく吹く風は気持ちがいいですが、風が強いと傘が飛ばされたり、波が高くなったりと嫌なことも多いですよね。でも、そんな風の方角をうまく読んで味方につけられたら、船を風で進めるセーリングができるようになるんだよ、という話をしています。また、サンフランシスコから横浜までを13日間という記録でヨットで横断したときの話をしたりして、風の力だけで走るヨットで、数万トンの大型コンテナ船を追い抜くスピードで太平洋を渡ることだってできたりするよ、とかいう話ですかね。
風は直接、目には見えないけど、例えば、空に浮かぶ雲が動いていく方向を見れば、その高さの風の方向がわかるし、海面にできる小波の形や大きさを注意深く見たら風の方向や強さがわかる。カモメは海面に浮かんでいるとき、いつでも飛び立てるように体を風上に向けているから、浮かんで休んでいるカモメを見ても風の方向がわかる。そんな小さなヒントを教えて、風を探していくような体験をしてもらいます。目に見えない風が間接的に見えるようになってくると、セーリングの技術は急速に上達します。
「風」を意識することで、自然全体に興味が湧いてくるんですね。
そうですね。風が見えるようになると、次は、「そもそも風ってなに?」という興味が起きて、地球の自然そのものに興味が湧き、興味の対象がどんどん広がっていきます。昔の人たちもきっとそうして自然や宇宙に興味を持つようになったんでしょうね。夜の空に浮かぶ星もその一つで、太平洋の航海民たちは数千年前から星を見ながら正確に目的地へと船を走らせる技術を持っていました。そうした祖先たちの知恵を、次世代たちが一つひとつ取り戻して、自然や地球、宇宙について知識を深めていく。セーリングを通してそのお手伝いができればいいなと思います。
西村さんが考えるセーリングの魅力を教えてください。
小さな子どもが初めて自分で操船するヨットは一人乗りです。一人で船に乗って、一人で海に出る。まずは、その恐怖を克服しなければなりません。それを乗り越えたら、一人乗りのヨットは、片方の手で舵を操作して、もう一方の手で帆を調節しなければならないという次の壁があります。両手で違うことをしながら一人でヨットを走らせていく。それができるようになっても、次にまた小さな壁が、って感じで、なかなか自分が望む完璧なセーラーまで辿り着けない。でもそんなふうにプチ成功体験を積み上げていった結果、いつの間にか自分が思ってもいなかった場所まで到達している、みたいな奥深さがセーリングの魅力の一つだと思います。
また、スピード記録を狙う太平洋横断など、極限の集中力を持って操船するセーリングでは、ミスをしたら即時に転覆したり沈没したりする生死の境にいる状況です。そんな極限状態で操船していると、ふと、この光景を見たことがあるような既視感を覚えることがあります。祖先が昔、見た海の光景なのかな、と自分なりに解釈していますが、祖先の記憶が自分の中にあるということは、その祖先は生き延びたわけで、自分も無事にこの海から帰れるかもしれないと思ったり。極限状態でのセーリングに限ってですが、祖先と心で繋がるようなこうした不思議な経験ができるのもセーリングの魅力だと思っています。
ヨットレースを観戦してみよう!
西村一広Kazuhiro Nisimura
東京商船大学(現・東京海洋大学)航海科卒業。ヨット専門誌『舵』編集部、ノース・セール社セール・デザイナーなどの職歴を経て、プロのセーラーとして独立。ジャパンカップ優勝、全日本マッチレース優勝など国内のレースだけでなく、トランスパシフィック・レース、シドニー~ホバート・レース、アドミラルズ カップなどの国際外洋ヨットレースに多数参戦して好成績を収める。また、ヨットレースの最高峰といわれるアメリカズカップにも、日本代表チームのメンバーとして挑戦。現在、ヨット建造コンサルタントやセーリングスクールなどのセーリング事業一般を取り扱うコンパスコース社代表取締役社長として、ヨットの普及にとどまらず、日本の海洋民族としての歴史や誇り、文化などを伝えるために活動中。
Points & Tips楽しみ方のポイント
- 風を感じてみよう
- 風が吹いてくる方角や強さを観察しよう
- 雲の動きを観察しよう
- 船の構造を知ろう
- ロープワークにチャレンジ!
- ※「もやい結び」、「エイトノット(8の字結び)」、「ツーハーフヒッチ(ふた結び)」、この3つの結び方を覚えておくと、セーリングの楽しさが広がります!