Notes on Islands
HELLY HANSEN Island Project Spring Summer 2019
Vol.1 Oki Islands Dozen
Notes on Islands
SCROLL DOWN
ESSAY
島へ渡る 吉田修一

島へ渡る。
たったこれだけの言葉が、
なぜこれほどまでに
人の心を躍らせるのだろうか。

CHAPTER_1
HELLY HANSENと旅する島々 HELLY HANSENと旅する島々

 リゾートで過ごす優雅な旅も良いけれど、時には自分の感覚だけを頼りに巡る旅もいい。その土地に根を張る人々とより深く関わりながら、五感を解放するような自由な時間を過ごす。そんな旅にぴったりのフィールドは、日本に点在する個性豊かな島々。周りを海に囲まれ、壮大な自然が広がる土地は、ブランド発祥の地、ノルウェーの風土をも彷彿とさせます。創設から140年。海から山まで、どんな環境でもストレスなく過ごせるウェアを生み出し続けるHELLY HANSENだからこそ“島”は特別な場所なのです。

「HELLY HANSEN Island Project」では、おおよそ7000にも迫る日本の島々のなかから、毎シーズン、HELLY HANSENが特に注目するひとつの島・諸島にフォーカス。ブランド独自の視点で現地の魅力を紹介します。第一弾は、島根県隠岐諸島の島前へと向かいました。

HELLY HANSEN Island Project Spring Summer 2019

隠岐の島前へ

 島根半島から北へ、およそ50キロメートル。日本海の荒波に洗われた島々がある。隠岐諸島。大小二百弱の島や岩礁からなり、大きくは島前と島後というふたつのエリアに分けられている。
 この旅は隠岐の島前を目指したものだ。古代より人々の暮らしがあり、日本の神話にも登場する。近世には北前船の風待ち港として繁栄もした。あるいは流罪の地として語られることも多いだろう。
 ずいぶんと歴史は長い。しかし知りたいのは今の島々のことだ。ユネスコ世界ジオパークに認定された大地の姿や、新鮮で豊かな海産物の味わい、そこに住む人たちの言葉に出会いたい。港はあるが空港はない。まずはフェリーから旅は始まる。

Ferry Kuniga

フェリーくにがに
揺られている

 九時半ちょうど、島根の七類港を発つ。2等の運賃は3240円也。ちなみに船室の貸し毛布は30円、貸し将棋がひとそろいで300円。行く先の隠岐諸島、西ノ島の別府港まで、およそ2時間半。対局にもちょうどいいが、早めの午睡にはさらにもってこい。迷わず毛布を一枚所望する。
 2等の船室はジュータン敷きの大部屋だ。乗り合いの客に観光客は少なく、作業着にアウターを羽織った男たちがほとんどだった。この日はシーズンオフの月曜日。本土から島へ働きに出るのだろう。旅情よりも日常の延長。静かな船室はそんな気配が漂う。出航の汽笛を聞いてわずかに昂ぶった心も、靴を脱いで腰を据えた頃には醒めている。窓の先は日本海。さっきからずっと変わらない。仕方なく男たちと同じように寝転がり、目を閉じた。なるほど緩慢な揺れが心地いい。隅に置かれたテレビを見ていた時は、気づかなかったのに。
 たちまち眠ってしまったようだ。およそ1時間。体を起こしてデッキに出る。一面の群青色の海が広がり、ブンブンと唸るエンジンと波を切る音がして、重油と潮の匂いがする。それから、やっぱりさっきと同じ景色。少しだけ違うのは、向かう先の水平線にうっすらと島影が見えた。風は滑らかに吹く。隠岐はどうも遠い。

Matengai

摩天崖で
馬の奥歯の音を聞いた

 別府港から車を飛ばした。坂道をひたすら登り、やがて峰の上。駐車場に車を停め、それから先は徒歩で行く。隠岐の代表的な景勝地、国賀海岸だ。背の低い痩せた木のほかには遮るものは何もなく、波打つように起伏のある草の原が続き、海岸線は断崖となって海に落ち込む。西ノ島の北西、約7キロにわたってそんな景色が広がっているらしい。その真ん中あたりに、「摩天崖」という名がついた絶壁がある。海抜257メートル。知床よりも東尋坊よりもぜんぜん高い。足がすくむ。
 海からの風は強い。草が揺れてなびき、波が崖に砕ける音がする。それから、ゴリッゴリッゴリ。耳を澄ませば、馬が奥歯で草をすり潰す音も。海岸では馬と牛が放牧されていた。潮風をたっぷり受けたミネラル豊富な草を食み、険しい地形が足腰を鍛える。だからここで育つ牛馬は美しい。
 勾配と海風に弄ばれるようにしてルートを歩いた。「摩天崖」の先には、通天橋という自然が造った岩のアーチへと続いている。しだいに足は重くなり、呼吸は乱れる。そのまましばらくすれば、思考は止まり、言葉も風に飛ばされていくだろう。あとに残るのは、美しい景色と額に浮かぶ汗だけ。

Sakuraya

晴釣雨読なんて
言葉はないけれど

 不思議なお店があった。別府港から歩いてしばらく。入り口には、海産物をはじめとした土産物がずらりと並んでいる。それから右手の奥には釣り用品がみっちり置かれ、ずいっと奥へ行くと、雑誌と本が目に入る。店名は「さくらや土産釣具店」。1976年の創業。当初は土産物屋として始まったが、ずいぶん前に釣り具が加わり、近年は書店も兼ねるようになったのだとか。理由はそれぞれあって、たとえば本を置くようになったのは、別府地区唯一の書店が閉まることになり、その営みを本棚ごと引き継いだから。釣りはこの島の人にとって、素潜りと同じくらい欠かせぬ愉しみでもある。
 島の暮らしに欠かせぬ店。これは言い過ぎだろうか。でもどうだろう。雨が降れば本を開いてページを繰り、晴れた日の朝には防波堤から釣り糸を垂らす。そんな長閑でまっとうな暮らしぶりが、そのまま形になったようでもある。