睡眠の未知を研究する「READY」な姿勢 柳沢 正史
“PEOPLE” by NEUTRALWORKS.
PEOPLE
さまざまな分野で活躍する人々の「READY」な状態を紐解くインタビューを通じて、日々の活動のマインドシフトをサポートするメディア“PEOPLE” by NEUTRALWORKS.。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)機構長を務め、2017年よりAIを活用した睡眠検査サービスを提供するベンチャー企業「株式会社S’UIMIN」をスタートさせるなど、睡眠に関して世界トップレベルの水準でさまざまな活動を行う柳沢正史教授にインタビュー。自身のココロとカラダとの向き合い方や、睡眠から捉えたコンディションの考え方についてお話を伺いました。
CHAPTER
01 コンディションと睡眠は減点方式
02 スケジューリングよりもタイムシェアリング
03 変える勇気、受け入れる冷静さ、区別できる知恵
04 ひらめきではなく、観察の連続
05 柳沢先生にとってREADYな状態とは
06 READYを作るための具体的なアクション
01 コンディションと睡眠は減点方式
02 スケジューリングよりもタイムシェアリング
03 変える勇気、受け入れる冷静さ、区別できる知恵
04 ひらめきではなく、観察の連続
05 柳沢先生にとってREADYな状態とは
06 READYを作るための具体的なアクション
01
コンディションと睡眠は減点方式
コンディションと睡眠は減点方式
—— ご自身のコンディションとの向き合い方や、それを整えるための睡眠はどのようにされていますか?
私の場合、コンディションの判断基準は減点方式かもしれないです。それは睡眠についても同じで、睡眠を悪くする要因は沢山知られていて、それを一つ一つ取り除くことはできますが、誰でもこうすれば睡眠が良くなる、という万人に通用する方法は殆ど存在しない。私の場合、入眠を促すために、雑務の処理や読みたくない論文(笑)を読むことをルーティンとしてやっています。それですぐに眠くなるので。また、朝起きた時の儀式は、朝食を食べない代わりに、ミルクをたっぷり入れたコーヒーを2杯ほど飲みます。それによって体内時計に朝のシグナルを送り込むんです。
眠るときの寝室は暗く静かにしています。当たり前に聞こえるかも知れませんが、これを守っていない人は多い。寝室を適温に保つこともとても大事です。私がおすすめしているのは、夏も冬もエアコンを朝まで切らないこと。自分の好みの寝具との兼ね合いで適温が変わってくるので、自分が就寝中に快適な室温を見つけて、それを朝まで保つことです。
皆さん「睡眠の質を良くするにはどうしたら良いですか」と問われますが、睡眠の質で最も重要なのは実は睡眠時間、つまり睡眠の量なんです。睡眠時間が足りていなければ、質を論じる意味がない。必要な睡眠時間には個人差があります。自分にとって必要充分な睡眠量を決めるには、休日も同じ時刻に寝て起きるという条件下で、昼間に眠くなく十分眠れたと自覚的に感じることができるような睡眠時間を試行錯誤しながら決めて行くしかない。私の場合は今のところ0時から7時まで眠るのがベストです。充分に眠れた時は、休日も含め朝7時頃に自然と起きられます。中には6時間で十分な人もいるし、8時間は寝ないと、という人もいる。年齢によっても必要な睡眠量は変わってゆきます。いずれにせよ、働き世代の日本人は大多数の方が、多かれ少なかれ睡眠不足です。
02
スケジューリングよりもタイムシェアリング
スケジューリングよりもタイムシェアリング
—— 忙しい日々の中で、眠ること以外に行われているリカバリーの方法はありますか?
私は地元のスーパー銭湯に行くのが大好きで、「ちょっとリフレッシュしたいな」と思った時によく行きます。科学的にも睡眠への「温泉効果」というものがあって、その晩はものすごくよく眠れるんです。数少ない、万人に通用する睡眠の加点法ですね。人と話したり論文を読んだり書いたり、あるいはアイデアを捻り出す頭脳労働が私の仕事なので、「休む」というと、リフレッシュしたりと気持ち的な部分が大きいです。アイデアは、何もせずボヤッとしている時にこそ生まれるという研究もあります。そういう意味では、私の中でココロとカラダはかなり強く結びついているかな。体調が悪いと本当にダメです。肩こり体質なので自分でストレッチはするけど、人に触られるのが苦手で揉み返しも逆に辛いので、マッサージはほとんど行かないですね。明らかに寝不足の時は応急措置として、昼過ぎくらいに20分ほど仮眠します。
—— 仕事中の気持ちの切り替えはどのようにされていますか?
基本的に、自分がやっている数多くのタスクはお互いに関わり合っている部分も多いので、気持ちの切り替えをする必要はないです。私が代表取締役CEOを務めているベンチャーの株式会社S’UIMINでは、社内コミュニケーション用のツールとしてSlackを使っているんですが、自分に関係のある連絡にはレスポンスをしなければいけないので、適宜返信をして、その後に大学関係やラボ関係のEメールに戻る。その間にも部屋に大学院生たちや研究員の方々が来て判断を仰いだりするので、まさに5〜10分毎のタイムシェアリング状態です。切り替えの粒度がすごく細かいんです。元々一日の業務を事前にしっかりプランニングするのが得意ではないので、自分の中で綿密に予定を立てることは敢えてしないようにしています。
03
変える勇気、受け入れる冷静さ、区別できる知恵
変える勇気、受け入れる冷静さ、区別できる知恵
—— 研究に対するモチベーションは何ですか?
睡眠の研究に取り組むきっかけは計画したことではありませんでした。約25年前にテキサス大学で研究に取り組んでいた際に、オレキシンという新しい脳内物質を発見したのですが、当初はその物質が脳内でどんな役割を担っているのか、良く分かりませんでした。そこで、オレキシンが欠乏したマウスを作り、夜行性であるマウスの行動を夜間に赤外線カメラで観察することで、このマウスが急に眠り込んでしまう異常を示すことを発見しました。最終的にオレキシンが覚醒を正しく維持するために必要な物質であることが分かり、そこから自分の研究を睡眠にシフトさせたのです。当時、「睡眠」については遺伝子レベルで解明されていることがほとんどなく、未開拓の領域だったので、自分で新しい道を切り開いていけるという探究心がモチベーションとなりました。それは今も同様です。
—— 研究以外でのチャレンジにも取り組まれていますが、「株式会社S’UIMIN」はどのような経緯で発足されたのでしょうか?
その後の研究で、数千匹・数万匹のマウスの睡眠を厳密に測定する必要が生じました。睡眠を正確に測るには「脳波」を測ることが必須で、そこが大変なのです。そこで多数のマウスの脳波を効率的に均一性を保ちつつ測る技術を開発したのですが、そこで単純に、ヒトでも同じことができないか?と思い立ったのが創業のきっかけです。株式会社S’UIMINでは、誰でも在宅で手軽に、脳波によって正確に睡眠を測れるデバイスとクラウドシステムを開発しました。薄く柔らかく軽いシート状の電極を額と耳の後ろに貼るだけで、自動的に脳波データがクラウドに飛び、クラウド上のAIで測ることができるというものです。ビジネスとしては二つあって、一つはヘルスケア、もう一つは企業への研究開発支援です。実際、ここ10年で睡眠への社会的な興味関心は非常に高まっていると感じます。私は睡眠学の研究をしているので、皆さんが睡眠に興味を持ってくれるのは嬉しいし、それを発信するのも自分の使命だと思っています。
—— 色々なチャレンジをする中で、不安な気持ちなどとの向き合い方はどうされていますか?
私にとっては「開き直ること」でしょうか。クリスチャンであるということが自分にとって大事な要素で、じつはかなり真面目な信仰者でもあります。キリスト教の教えの一つは、「開き直り」なんです。自分でできることはやるけれど、自分で背負い込もうとしない。できないことはできないから。その意味で、「ニーバーの祈り」を大切にしています。これは、「神よ、変えることのできないものを受け入れる静穏さを与えてください。」「変えるべきものを変える勇気を、」「そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください。」という3行なのですが、自分ができることはやるというモチベーションを持つ一方で、なかなか想いが届かないことが多い世の中で、その現実を受け入れること。そして大事なのは、それを区別する知恵です。もちろん専門的な分野になれば知識がないと区別できないのですが、この「開き直り」が私にとってのストレスマネジメントになっていると思います。
04
ひらめきではなく、観察の連続
ひらめきではなく、観察の連続
—— 良い発見を生み出すために必要だと思われていることはありますか?
僕にとって新たなものを見つける時のひらめきや発見は、一瞬で起こるものではありません。一つのアイデアが出るまでに色んなことを試しているし、やってみないと分からないことが多い。単なる思いつきというよりは、「準備したうえでの偶然」に近いですね。日々の研究のなかで、何か奇妙なことは起こっていないかと虚心坦懐に観察すること、そして何が重要で何が重要でないか、背景を調べたうえで見極めること。そして何よりも、その研究課題を自分自身が「真に面白い」と感じていること。
—— 人生100年時代とも言われていますが、これからの目標などがあれば教えてください。
仕事に関しては、自分の身体と頭脳が健康である限りは続けようと思っています。とりあえずこの状態で行けるとこまで行く。自分で健康寿命を自ら損なうようなことはしないと決めていますし、今はリタイアした後の自分を想像することはしないですね。
05
柳沢先生にとってREADYな状態とは、
どのような状態ですか?
柳沢先生にとってREADYな状態とは、
どのような状態ですか?
専門分野における深い知識と関連領域での広い知識の両方を備えた状態で、
新しいことにチャレンジし、何が起きても対応できる状態です。
新しいことにチャレンジし、何が起きても対応できる状態です。
06
柳沢先生の「READY」を作るためのアクション
柳沢先生の「READY」を作るためのアクション
01. 緑の中を散歩をする
仕事の合間に研究所の前に広がる庭を散歩するのがリラックス方法。春夏秋冬の季節ごとに植物がさまざまな表情を見せるようにと、先生自身が建築家や造園家の方と相談しながらデザインを決めたそうです。
02. スーパー銭湯(サウナ)に⾏く
リラックスするために一人で足繁く通っているのが近所のスーパー銭湯。一度行くと数時間は滞在し、さまざまな種類のお風呂に浸かったり、サウナに入ったりして心身共に整えることによる睡眠へのポジティブな影響は、科学的にも証明されている数少ない睡眠改善方法です。何もせずボヤッとしている時こそアイデアが生まれます。
03. ルーティンでカラダに信号を送る
インタビュー中でもお話があった朝ご飯の代わりに飲む大量のミルクコーヒーのように、日々のルーティンを持つことで、カラダにスイッチを入れる方法もREADYになるためのアクションの一つだそうです。
04. ⽴ち返る⾔葉を持つ
困難に直面したり、悩んだりした時に、柳沢先生の財布の中にはいつも立ち返る言葉として「ニーバーの祈り」が刻印されたコインが入っています。
柳沢 正史(Masashi YANAGISAWA)
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長・教授。株式会社S’UIMIN代表取締役CEO。
筑波大学医学専門学群・大学院医学研究科博士課程修了。31歳で渡米、 テキサス大学サウスウェスタン医学センター教授とハワードヒューズ 医学研究所研究員を2014年まで24年にわたって併任。2010年に内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択され、筑波大学に研究室を開設。 2012年より文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム 国際統合睡眠医科学 研究機構(WPI-IIIS)機構長・教授、現在に至る。 紫綬褒章(2016年)、朝日賞、慶應医学賞(2018年)、高峰記念第一三共賞、茨城県民栄誉賞、文化功労者(2019年)、ブレークスルー賞 生命科学部門(2023年)など受賞・顕彰多数。趣味はフルート演奏。
WEB SITE
株式会社S’UIMIN
筑波大学医学専門学群・大学院医学研究科博士課程修了。31歳で渡米、 テキサス大学サウスウェスタン医学センター教授とハワードヒューズ 医学研究所研究員を2014年まで24年にわたって併任。2010年に内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択され、筑波大学に研究室を開設。 2012年より文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム 国際統合睡眠医科学 研究機構(WPI-IIIS)機構長・教授、現在に至る。 紫綬褒章(2016年)、朝日賞、慶應医学賞(2018年)、高峰記念第一三共賞、茨城県民栄誉賞、文化功労者(2019年)、ブレークスルー賞 生命科学部門(2023年)など受賞・顕彰多数。趣味はフルート演奏。
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株式会社S’UIMIN
編集後記
今回は東京から車を走らせ、柳沢先生が機構長を務める筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構へとインタビューに伺いました。世界でも最先端の睡眠の研究が行われているラボは、一体どんなところかとワクワクしながら現地に到着。キレイな緑に囲まれ、睡眠にまつわるアート作品が構内の至る所に飾られている素敵な建物がお出迎え。自由な発想とフラットな関係で多くの人が研究に取り組めるようにと、柳沢先生の監修でアメリカ式の環境を取り入れた建築デザインを採用されたそうです。構内の色々な場所でインタビューをさせていただく中で、私たちが知らない睡眠の科学的なお話や、自分に合ったペース、自分ができることとできないことを知ることの重要性など、思慮深いお話をたくさんお聞きすることができました。世界トップクラスの睡眠研究の権威である柳沢先生から語られる睡眠習慣のお話だけでなく、言葉の節々から滲み出る探究心や、天命を受け入れる人生観など、明日からすぐに実践したいお話をお楽しみいただけたのなら幸いです。
今回は東京から車を走らせ、柳沢先生が機構長を務める筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構へとインタビューに伺いました。世界でも最先端の睡眠の研究が行われているラボは、一体どんなところかとワクワクしながら現地に到着。キレイな緑に囲まれ、睡眠にまつわるアート作品が構内の至る所に飾られている素敵な建物がお出迎え。自由な発想とフラットな関係で多くの人が研究に取り組めるようにと、柳沢先生の監修でアメリカ式の環境を取り入れた建築デザインを採用されたそうです。構内の色々な場所でインタビューをさせていただく中で、私たちが知らない睡眠の科学的なお話や、自分に合ったペース、自分ができることとできないことを知ることの重要性など、思慮深いお話をたくさんお聞きすることができました。世界トップクラスの睡眠研究の権威である柳沢先生から語られる睡眠習慣のお話だけでなく、言葉の節々から滲み出る探究心や、天命を受け入れる人生観など、明日からすぐに実践したいお話をお楽しみいただけたのなら幸いです。
Photographer: Tetsuo Kashiwada
Interviewer: Yusuke Nishimoto(SUB-AUDIO Inc.)
Writer: Yukari Fuji
Interviewer: Yusuke Nishimoto(SUB-AUDIO Inc.)
Writer: Yukari Fuji