伝統工芸は未来をつくるチャレンジ──用の美を追求する金網職人の生き様
辻徹
“PEOPLE” by NEUTRALWORKS.
PEOPLE
さまざまな分野で活躍する人々への「READY」な状態を紐解くインタビューを通じて、日々の活動のマインドシフトをサポートするメディア“PEOPLE” by NEUTRALWORKS.。平安時代から続くと言われる京金網の人気店「金網つじ」の2代目として、21年以上金網製品の製作を行う辻徹さんにインタビュー。受け継いできた伝統技術を守りながら、時代に寄り添う新たなモノづくりに挑戦し続ける辻さんの思想や、ココロとカラダに対する考え方についてお話を伺いました。
CHAPTER
01 職人は作家ではなく、社会の想いに技術で応える仕事
02 工芸品の美しさや実用性を知る「入り口」をつくる
03 自然の中に身を置き、波を整える
04 モノを売るだけでなく、誰もが活躍できる環境をつくりたい
05 辻さんにとっての「READY」な状態とは
06 「READY」を作るための具体的なアクション
01 職人は作家ではなく、社会の想いに技術で応える仕事
02 工芸品の美しさや実用性を知る「入り口」をつくる
03 自然の中に身を置き、波を整える
04 モノを売るだけでなく、誰もが活躍できる環境をつくりたい
05 辻さんにとっての「READY」な状態とは
06 「READY」を作るための具体的なアクション
01
職⼈は作家ではなく、
社会の想いに技術で応える仕事
職⼈は作家ではなく、
社会の想いに技術で応える仕事
── 京金網の世界で取り組まれている辻さんですが、子供の頃から実家を継ぐことを意識されていたのでしょうか?
小さかった頃、金網つじの売上は今の10分の1もありませんでした。僕の親父と母親の時代はバブル期だったので、生産を効率的に行うために途中までは海外で行い、最終処理だけ日本で行うといったことが盛んでした。そんな中でも、親父は真摯にモノづくりに取り組み、京都から出ずに金網を作り続けていたんです。当時は下請けの立場だったので、今から考えると非常に低い値段で売られていたと思います。ずっとその様子を見ていたので、この仕事は絶対にやらんとこうと思っていました。
── そこから家業を継ぐ決意をすることになったきっかけは何だったのでしょうか?
ある時誘われて、洋服屋をやることになったんです。有難いことにお店は順調だったんですが、僕に洋服を仕入れる権利はなく、与えられたものを売ることしかできませんでした。その中でも色々なことに挑戦させてもらいましたが、どこまでいっても仕入れた物を売ることに違和感を感じていたんです。その時、両親が軸をブラさずに仕事に取り組んでいる姿を見て、やっぱりこの仕事をやってみたいと思うようになりました。洋服屋で得たノウハウは、今の金網の仕事や経営に大いに役立っていると感じています。
職人として家業を継ぐ決意をした際、親父から「職人は作家ではないから、同じクオリティの物を作り続けることが大事だ」と教えられ、今でもその考えを大切にしています。僕にしか作れない工芸品を目指すのではなく、作り続けられるようなものを作る必要がある。その中でも、この仕事を本気でやっている人間じゃないとシェアできない感覚や見れない視点があるということ。伝統工芸は、“手仕事”なんです。僕ら職人は、世の中や社会の「こんなものがあったらいいな」という思いに技術で応える存在です。僕は経営者でありながらも、やっぱり現場で手を動かす職人でいたいですね。両親からの遺伝なのか使命感なのか分かりませんが、ずっと金網を作り続けたいと思っています。
02
⼯芸品の美しさや実⽤性を知る「⼊り⼝」をつくる
⼯芸品の美しさや実⽤性を知る「⼊り⼝」をつくる
── 京金網の枠を超え、これまでにランプシェードやパン焼き網など数々の新たな工芸品を生み出していらっしゃいますが、受け継いできたものを活かしながら変化させ、進化させようと思ったきっかけは何ですか?
工芸品は修理の文化が強く、長く使い続けられるのが大きな強みです。京金網は料理道具として現代まで長年愛されてきましたが、逆に言えば、日本人が使いやすい道具だから海外では受け入れられにくい。代表的なものに“豆腐すくい”がありますが、海外に豆腐を食べる文化はありません。それならば、文化が違う海外で売るためにはどうすれば良いのか、と考え始めたのがきっかけです。
模索している過程で、“照明”は世界中の人が使うものだと気づきました。金網を用いて照明を製作し始め、今ではホテルをはじめ多くの場所で使用いただいています。また、お茶は世界中で愛されている飲み物であることにも気づきました。例えば、ヨーロッパでは紅茶を楽しむ文化が根付いていて、中国でもお茶の文化は根強い。意外かもしれませんが、今一番売れているのは“茶こし”なんです。
この茶こしの大きな特徴は、茶葉を入れてお湯を注ぐと茶葉が開く様子が見れること。急須だと蓋を閉めた瞬間に中の様子が見えなくなり、どの状態がベストなのかを見失ってしまう。でも、これを使えば茶葉が開く様子が見え、お茶の色の濃さや薄さを把握することができます。まずは「茶こしで淹れたお茶が美味しい」と感じてもらえる瞬間を作ることが大事だと考えています。僕たちは「伝統工芸品=使い慣れた人が使うもの」という意識を変え、たとえ日本の文化や作法を知らなくても、手軽に美味しいお茶が飲めることを知って欲しいんです。それが「入り口」となって、もっと色んなお茶や湯呑みを選ぶ楽しみを知ることや、様々な淹れ方を楽しんでみたいと思ってもらえたらと思っています。
── そのインスピレーションはどこから来るのでしょうか?
これまで父親と母親が行ってきたことに加えて、僕自身の経験やお客さんの声からですね。異業種の方々との関わりの中で気付かされることもあります。職人なので、「持ち手は銅で作ろうか」、「手はどんな感じがいいか」など、経験による引き出しが沢山あるんです。自らの手で作ってきたからこそ、「これがいい」という感覚が出来上がっているイメージですね。
03
⾃然の中に⾝を置き、波を整える
⾃然の中に⾝を置き、波を整える
── 忙しい日々をお過ごしだと思いますが、仕事においてご自身の生活環境がどのように影響していると思いますか?
普段は工房に11時間ほど籠って作業しているのですが、常に集中しているので自分自身と向き合う時間はほとんどないんです。でも、休みの日に滋賀の比良に行くようになってからは、自分自身がリラックスできる方法を知りました。僕は睡眠時間さえ惜しいと思うほどの仕事人間なんですが、一人の空間でゆっくりする時間を作るようになってからは、フラットな状態で仕事と向き合えるようになりましたね。
比良へ向かう時は山道を進むことが多いのですが、その道中からココロとカラダがオフに切り替わっていく感覚があります。休むために来るというよりは、自分の心をフラットに、ゼロにするためです。意識的に切り替えるわけではなく、波を整えるという感覚ですね。
── なぜ滋賀県の比良を選ばれたのでしょうか?
ここには比良山からの風が吹き抜けていて、空気がとても良いからです。これまで出会った豊かな暮らしを送る人たちは、「風が流れている場所がいい」と口を揃えて言っていて。長い間京都にいると、人の目を気にしてしまったり、観光に来る人々のパワーに圧倒されて心が疲れてしまうことがあります。そんな時は自然の中に身を置き、人の目を気にせずに過ごすだけでリラックスできるんです。この場所を選択したことは、僕の人生において正しい選択だったと思います。
実は今年の秋、ここに民泊「比良工芸生活研究所(CRAFTSMATIC HOUSE)」をオープンする予定です。金網のランプシェードやスピーカーなどの工芸品を散りばめているので、訪れる人々には自然と工芸品の調和を楽しみながら、自分だけの時間をゆったりと過ごしてもらいたいですね。また、少し歩けば琵琶湖を一望できる場所があり、そこで琵琶湖を見た瞬間に、ココロとカラダがリフレッシュされます。湖特有の穏やかな波の音に耳を傾けると、自然の音楽を聴いているような心地良さがあり、自分の心をフラットにしてくれます。
04
モノを売るだけでなく、
誰もが活躍できる環境をつくりたい
モノを売るだけでなく、
誰もが活躍できる環境をつくりたい
── 金網職人、経営者として道を切り拓いてこられた辻さんですが、今後はどんな未来を見据えていらっしゃいますか?
工芸品が技術として認められたり、作品として崇められるのではなく、普段の生活の中で「使い勝手がいいからずっと使っている」と選んでもらえるものが金網つじの商品だったら嬉しいし、そういうものを作っていきたいと思っています。使い続けた人が振り返った時に、「これが工芸だな」と思ってもらえたら嬉しいですね。
伝統工芸は、「未来をつくるチャレンジ」だと思っています。僕は昔から行動力だけはあって、やろうとしたことに対して協力してくれる人に恵まれていたりと、いい人生を歩んできました。そんな中で自分がやりたいことは何かと考えた時に、物を作って売るだけではなく、多様性のある未来を作りたいと思ったんです。僕は金網を世界中に知ってもらい、金網で雇用を生み、誰もが活躍できる場所を作りたい。そういう仕組みができた時に、「辻さんって、社会に新しい風や空気を残したんだな」と思ってもらえたら嬉しいですね。
── 多様性のある未来とは、どのようなものでしょうか?
家業を継ぎ始めた頃は、僕のタトゥーを見て「店の前を歩くな」などと言われていたんですが、活躍し始めてからは「辻くんのような人には突破力がある、やっぱりすごいわ」と言われるようになりました(笑)。僕自身が色んな経験を経て思うことは、職人という仕事においては、年齢も性別も学歴も関係なく、一生懸命自分の世界を作り続けることが何よりも大事だということです。世の中では、まだまだ「職人=年配、男性」という考え方が一般的で、僕のようなタトゥーがある人はイメージしにくいかもしれません。でも、うちで働いている人は僕以外若い女性ばかりですし、僕は職人としての自分に誇りと自信を持っています。
今、会社には16歳の子が金網を学びたいと訪ねてきてくれたり、重度障害を抱える子にはマドラー作りなど、可能な作業をお願いしています。職人の仕事はシンプルだからこそ、頭で考えることが苦手でも、体を動かすことや物を作ることが好きな人が活躍できる場所を作ることができる。これらのように、今までの当たり前にこそ、ビジネスチャンスやパラダイムシフトを起こせる可能性があると思っています。伝統工芸の会社だからこそできる社会貢献を、これからも続けていきたいです。
05
辻さんにとってREADYな状態とは、
どのような状態ですか?
辻さんにとってREADYな状態とは、
どのような状態ですか?
自然の中に身を置き、積み重なった経験をゼロにできた時。
06
辻さんの「READY」を作るためのアクション
辻さんの「READY」を作るためのアクション
01. ルーティンを決めない
ルーティンを決めてしまうと、もしできない日があった時にモチベーションが下がってしまう気がしていて。あえてルーティンを決めずに日々を過ごすことが、心の健康にとっても大事だと思っています。
02. 積み重ねた経験をゼロにする
経験があることで引き出しが増える一方で、その範疇でしか考えられなくなることでイノベーションが起こせないこともあるんです。そんな時に一人の空間でゆっくりする時間を作って、積み重ねてきた経験を一度ゼロにすると、新たなアイディアが生まれます。
03. 自然の中に身を置く
人の目を気にしてしまったり、周りのエネルギーに圧倒されて心が疲れてしまうこともあるんです。そんな時に美しい自然の中に身を置き、誰の目も気にせず伸び伸び過ごすだけで、すごく休まる感覚があります。
04. 琵琶湖を見に行く
別荘から少し歩くと琵琶湖を一望できる場所があり、そこで一面に広がる琵琶湖を見た瞬間に、ココロもカラダもオフになることができます。
辻徹 Toru Tsuji
金網職人、1981年生まれ。
平安時代から続くと言われる京金網の老舗店「金網つじ」の2代目。21年間、一つひとつ手づくりで金網製品や曲げ輪製品の製作及び修理に日々尽力している。2012年に「GO ON」を結成し、2017年ミラノ・サローネでGO ON×Panasonic DesignのElectronics Meets Crafts が「Milano Design Award」を受賞。2018年ルイ ヴィトン×GO ONでスペシャルお茶セットを「TIME CAPSULE」展にて発表。現在は「新しいライフスタイルにとけ込む商品」をコンセプトに、海外に向けた金網製品を制作するなど、受け継いできた技術を守りながら現代のライフスタイルに合った新しいものづくりに挑戦し続けている。
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平安時代から続くと言われる京金網の老舗店「金網つじ」の2代目。21年間、一つひとつ手づくりで金網製品や曲げ輪製品の製作及び修理に日々尽力している。2012年に「GO ON」を結成し、2017年ミラノ・サローネでGO ON×Panasonic DesignのElectronics Meets Crafts が「Milano Design Award」を受賞。2018年ルイ ヴィトン×GO ONでスペシャルお茶セットを「TIME CAPSULE」展にて発表。現在は「新しいライフスタイルにとけ込む商品」をコンセプトに、海外に向けた金網製品を制作するなど、受け継いできた技術を守りながら現代のライフスタイルに合った新しいものづくりに挑戦し続けている。
WEB SITE
金網つじ Kanaami Tsuji
編集後記
今回は京都の高台寺一念坂にある「金網つじ」の店舗と工房を訪れ、辻徹さんにお話を伺いました。多くの観光客で賑わう通りの中に現れる店舗は凜とした佇まいで、店舗内に足を踏み入れた瞬間、ずらりと並ぶ美しい金網製品に圧倒されました。辻さんは、一つひとつの製品の特徴や用途、魅力を丁寧に教えて下さりました。普段は笑顔が印象的な辻さんの姿からは一変、工房で真剣に金網を編む眼差しは、まさに職人そのものでした。用途に合わせた編み方や計算された緻密な構造に、目も心も奪われました。取材後半は、滋賀県比良に位置する別荘にお邪魔しました。少し足を伸ばすと琵琶湖が一望できる場所があり、「ここへ来るとフラットになれる」と語る辻さんの感覚が分かるような心地がしました。ユーモア溢れる人柄はもちろん、軸を持って社会のため、工芸のためと常にチャレンジを欠かさない辻さんの精神性や思想を、記事や写真から感じとっていただけますと幸いです。
今回は京都の高台寺一念坂にある「金網つじ」の店舗と工房を訪れ、辻徹さんにお話を伺いました。多くの観光客で賑わう通りの中に現れる店舗は凜とした佇まいで、店舗内に足を踏み入れた瞬間、ずらりと並ぶ美しい金網製品に圧倒されました。辻さんは、一つひとつの製品の特徴や用途、魅力を丁寧に教えて下さりました。普段は笑顔が印象的な辻さんの姿からは一変、工房で真剣に金網を編む眼差しは、まさに職人そのものでした。用途に合わせた編み方や計算された緻密な構造に、目も心も奪われました。取材後半は、滋賀県比良に位置する別荘にお邪魔しました。少し足を伸ばすと琵琶湖が一望できる場所があり、「ここへ来るとフラットになれる」と語る辻さんの感覚が分かるような心地がしました。ユーモア溢れる人柄はもちろん、軸を持って社会のため、工芸のためと常にチャレンジを欠かさない辻さんの精神性や思想を、記事や写真から感じとっていただけますと幸いです。
Publication date: 2023.10.13
Photographer: Tetsuo Kashiwada
Interviewer & Writer: Yukari Fujii
Photographer: Tetsuo Kashiwada
Interviewer & Writer: Yukari Fujii