石川将也の>失敗から始まる #3
光源から始まる
- 失敗から始まる
- 2021.12.2 THU
この連載「失敗から始まる」では、身の回りの現象について、私(石川将也)がやってしまった失敗を通して、気づいたことやわかったことを紹介していきます。
忙しい一週間を過ごしたあとの、とある日曜日。
その日私は、朝から少し落ち込んでいました。
こういう時は、よく寝て、美味しいものを食べて、元気が出るのを待つに限ります。
昼までたっぷり寝て、まずはいきつけのコーヒー屋さんにでかけました。
ここはコーヒー屋さんでありながら、おいしいお惣菜もあり、
かつ花屋さんでもあるという、ちょっと変わったお店です。
コーヒーとお惣菜でお腹を満たした後、
ふと思い立ち、店長にお願いして、飾ると元気が出そうな花を何本か見繕ってもらいました。
赤が強くて、元気が出そうです。
そして帰りにデパ地下のちょっといいお肉売り場で、真っ赤なステーキ肉を買いました。
家に帰り、キッチンに買ってきたものを並べます。
……
心なしか、花も、肉も、さきほどよりも、なんだかくすんで見えています。
まだ気持ちが落ち込んでいるのでしょうか。
でもこの写真、落ち込んでいない、いまこれを読んでいる読者であるあなたの目から見ても、くすんで見えているはずです。
これ、悪いのはキッチンの照明なのです。
……
肉と花を、私が写真や映像の撮影に使っている部屋(スタジオ)に持ってきました。
そこで写真を撮ると…
どうでしょう。元気も、食欲も、さっきよりわいてくる気がしませんか。
キッチンの照明も、スタジオの照明も、どちらも白っぽいLEDの光です。
にも関わらず、このような色の違いが生まれるのには、訳があります。
スタジオの照明がでかくて、キッチンの照明が小さなスポットライトだから
というだけではありません。実は、大事なのは「光の質」なのです。
それを調べることのできる機械がこれです。
これは「分光方式カラーメーター」といって、
撮影現場などでその環境の照明を計測するのに用いられる道具です。
この機械についている白いピンポン球のようなところを、スタジオの照明に向けて計測すると、こんな数字とグラフが出ます。
CCTと書いてあるところは「色温度」を示す数値です。
私たちの身の回りの明かりには、朝方の青みがかった光もあれば、昼間の光のように白っぽい光、そして夕方の太陽のように赤みがかった光もあります。
これはそれを示す数値で、単位は(K=ケルビン)です。
この数字が大きければ大きいほど、青みがかった光。小さければ赤い光を示します。この場合は「4962K」。
そして大事なのが、Ra と書いてある横の数字です。
これは演色性といって、その光源がどれくらい正確に物体の色を再現できるかを示す数字です。
「Ra96.2」。最大は100.0で、高ければ高いほど演色性が高く、太陽の光(自然光)に近い性質の光です。
その下にある、色でできたグラフは、測った光のなかにどんな色(光の波長)がどれだけ含まれているかを示しています。
一方、キッチンの照明はこう。
見比べてみると、色温度は「4703K」。
スタジオは「4962K」で、どちらも一般的に「昼白色」として売られている電球(4600〜5500K)と同じくらいの白さの光です。
にもかかわらず、照らされた物体の印象はだいぶ違います。
演色性を示すRa値は「81.6」で、スタジオの「96.2」に比べるとだいぶ劣ります。
グラフを見比べると、グラフの右側、赤色の領域に違いがあります。
つまりキッチンの照明は、赤色の波長がスタジオと比べると、物体の色を正確に表現できない光ということになるのです。
これが、肉や赤い花の見え方の違いに影響しています。
ちなみに、外で太陽光を測るとこう。
演色性は「96.4」と、スタジオよりもさらによく、またグラフの形もだいぶ違い、青色から赤色にかけて広い範囲の色が含まれていることがわかります。
色温度は「5547K」なので、やはりこれも「昼白色」の白い光に相当します。
太陽の光(自然光)の中には、このように実はさまざまな光の波長が豊かに含まれており、それが合わさって白い光に見えています。
LED電球も、含まれている光の波長は異なるものの、合わさった時のバランスによって、同様に白い光になります。
極端な話、赤、青、緑の3色しか含まれていない照明でも、合わされば白い光に見えます(パソコンの画面はこの仕組みです)。
同じように白く見える光。でも、その光を何かに当てて照明として使おうとすると、含まれている色が異なるため、見え方が違ってきてしまうことがあるのです。
光が物体に当たると、その物体の性質によって、一部の色は吸収され、一部の色は反射します。
この、反射した色が私たちの目に「その物体の色」として見えます。
そして、その光源に含まれていない波長の色は、その照明では表現できないし、写真を撮ってもカメラにうまく写らないのです。
キッチンの照明は、私が全く料理をしないこともあり、100円ショップで買ったLED電球を使っていました。
実は Ra 81.6 は、JIS規格で屋内での作業に推奨されている数値 80 以上なので、それほど悪くありません。
でも色が重要になってくるような作業には「 Ra 90」以上が推奨されています。
なので、料理とかお化粧とか、最近増えている自宅からのウェブ会議に使う部屋の照明も、演色性のよい照明に変えるとよさそうです。
カラーメーターのような専用の機材を使わずとも、電球のパッケージに Ra 値が書かれていることがあります。
そこで、「Ra90」以上を謳っている演色性の高い電球を買ってきて、キッチンの照明を入れ替えてみました。
いかがでしょうか。
どちらの写真も、カメラの設定は全く同じにして撮影しています。
どちらも昼光色で、ほぼおなじような白色のため、肉と、花の赤の違いや、安いLEDの緑がかった印象は、演色性の違いによるものです。
グラフはこんな感じです。
ここまできたら、肉売り場の演色性も計りたくなって来ました。
さぞかし、良い照明を使っているに違いありません。
デパ地下を再訪し、肉のケースの照明をカラーメーターでそっと測ってみると、、、
「Ra61.7」。
驚きました。
今までで1番演色性が低い数値です。
このスーパーは、演色性に気を遣っていないのでしょうか。
そんなことはありません。野菜売り場の明かりを計測すると「Ra89.1」。
つまり、肉のケースに使われている照明だけ、演色性が悪いのです。
ケースの照明のグラフをもう一度よくみると、赤の山が極端に大きく、そして青や緑の山はありますが、中間の色がありません。
つまりこれは、赤を見せることに特化した照明なのです。
どうしてそんなことをするのか。それは、肉の赤みをより赤々と見せるためだと考えられます。真っ赤なお肉の方が、美味しそうに見えるから。
言われてみると、撮影用照明で撮った花は綺麗でしたが、肉は、スーパーの照明のほうが美味しそうです。
スタジオの光では、肉に含まれるの赤色以外の色(例えば黄色とか)も見えているからかもしれません。
つまり、特定の波長しか含まれていない「演色性の悪い」照明を、敢えて使う場合もあるということです。
私は今まで、演色性は高ければ高いほど良いと思っていたので、正直驚きました。
今回は、「さすが、食品売り場で使われている照明は演色性がいいですね!」で締めようと思っていたのですが、思わぬ結果でした。
そもそも、こんなに真っ赤な肉は自然な光の下では存在しないはずのに、なぜ私たちは赤い肉を「おいしそう」と感じてしまうんでしょう?
この肉のショーケースに、肉以外のもの、例えばパプリカとかを入れたら、どう見えるんでしょう?
お肉の照明とお刺身の照明だと違いはあるんでしょうか?
ふつふつと、新たな疑問もわいてきます。
みなさんも、スーパーにいったら、おいしそうに見える食材を照らしている光のほうも、観察してみてください。
ーーーーーーーーーー
さらに知りたい方のために:
生鮮食品売場用LED照明シリーズ FOODEE
https://www.irisohyama.co.jp/led/houjin/products/foodee/
アイリス・オーヤマの、生鮮食品売り場に特化したLED製品です。
赤身肉や霜降り肉に特化したものもあります。
今回登場したスーパーでも、こういうものが使われているのかもしれません。
NIMS × ユーフラテス
未来の科学者たちへ「#05 サイアロン蛍光体」
https://www.nims.go.jp/chikara/index.html#movie5
LED電球がどうして様々な波長の光を含んでいるのか。それを可能にしている「サイアロン」という材料を紹介している映像です。
取材協力:
B.H.R COFFEE & FLOWERS
〒153-0043 東京都目黒区東山3-18-9
ーーーーーーーーーー
イラスト:言乃田埃(cog)