光は時に害になる?

『本当の夜をさがして』を読み、著者ポール・ボガードに聞いた

  • FEATURE
  • 2021.9.29 WED

コロナ禍で飲食店の夜の営業時間が短縮され、オフィスからも人が減り、時に人が消えた街は、いつもより照明の光が減っていました。イギリスではロックダウン中、照明が引き起こす環境への害である「光害」が大幅に減少したとも言われています(https://www.bbc.com/japanese/video-56645569)。つまり夜の空にいつもより多くの星が見えたということです。
特集テーマである「火」は、人間にとっての最初の照明でした。昼の日と夜の火。暗闇を照らす明かりは人間の生活を大きく変えましたが、どんどん明るくなる照明器具はすべてがプラスに働いたのか。そんな疑問を抱いたネイチャーライターのポール・ボガードは、著書『本当の夜をさがして』において、都市の明かりが人間の暮らしと環境に与えた影響を、「光害」の視点で探り、暗闇の価値を再提示しています。人は暗い夜を恐怖の対象だけなく、底知れぬ魅力とも捉えています。私たちは、ロウソクの火の心地よさもLED照明の便利さも知っています。今回、著者であるポール・ボガードにメールインタビューを行い、改めて暗闇の価値と明かりの意味について、改めて考えてみました。

Q「世界最大の影は?」

光あれば闇/影がある。

「世界最大の影は?」というクイズがあります。

答えは、「夜」です。

地球に太陽の光りが当たる明るい「昼」は半分だけ、その裏側は地球自体の影によってもう半分は「夜」になります。人間による人工的な光が生まれる以前、本来の夜/影は真っ暗でした。夜空が星で埋め尽くされるような「星降る夜」は、人が住むエリアではほとんど見ることができなくなっています。私たちが暗いと思っている夜は、かつてあった夜から比べて圧倒的に明るいということです。

火から始まった人が操ることのできる「あかり」は、暗闇を照らし、夜の恐怖を和らげ、暖を取り、食べ物を加熱し、焼き物を生み出し、エネルギーとなってきました。何かに詳しいことを「〜に明るい」と言ったり、英語の「enlightenment」が啓蒙や啓発を意味するように、何も見えない暗闇があかりによって見えるようになることは、物事を理解しているということを意味しています。

明るくなるのはよいことだという意味がそこには感じられますが、明るくなることはすべての面においてよいことだけだったのでしょうか。明るくなることで、失われたことはないのでしょうか。照明の設置方法や配光が不適切で、景観や周辺環境への配慮が不十分なために起こるさまざまな影響は「光害(ひかりがい)」と言われ、星空観察に限らず、様々な問題を引き起こしていると言われています。
(環境省「光害について」

“都市の明かりは私たちから何を奪ったのか”という副題のついた『本当の夜をさがして』は、ネイチャーライティングの書き手として注目されるポール・ボガードが、文芸作品や天文学、都市、安全や健康といった様々な側面から光と人間、光の環境の問題、そして光害について書き記した一冊です。

この国ではすべての場所が光に汚染されてしまったのだろうか?
僕はその答えを見つけようと心に決めた。一番明るい夜から一番暗い夜へ、おなじみの公共照明で華やかに照らされた都市から、クラス1の暗さがまだ残っているかもしれない土地へと、旅をする決意をしたのだ。旅の道中では、夜がどのように変貌を遂げたのか、それがどんな意味をもつのか、僕たちに何ができるのか、そもそも何か行動すべきなのかといった疑問について考え、記録していくつもりだ。
とくに理解を深めたいのは、人工照明が否定しようのないほど素晴らしく、美しくさえありながらも、依然として多くの代償と懸念をもたらす危険性をはらんでいることだ。旅の出発地には、NASAの衛星写真で世界一明るい光を放っているラスベガスや、光の都パリがふさわしいだろう。それからスペインを訪れて『霊魂の暗夜」を体験し、マサチューセッツ州にあるウォールデン池を訪ね、『森の生活 ウォールデン』の著者ソローを偲びたい。暗闇の価値を押し広め、光害がもたらす脅威への関心を高めようと日々努力を続けている科学者、医師、活動家、作家たちにも会いに行く予定だ。夜間の人工灯とがん発生率を初めて結びつけた疫学者、光害規制を求める世界初の「ダークスカイ」団体を設立した元天文学者、未知なるものの必要性を説く聖職者、夜に渡りを行う鳥をさまざまな都市で数え切れないほど救ってきた活動家―このような人たちを通じて、本書の物語を進めていきたいと思う。
『本当の夜をさがして』P18

問題は光ではなく、その使い方なのです


人は闇を恐れ、光を求める


技術的には、あかりは石油からガス、電気、そして電子照明へと発展してきました。しかし、残念なことに、私たちは思慮深く知的な照明を学んでこなかったのです。特に、電気照明から電子(LED)照明への移行の際には、新技術を光害を軽減するために利用するのではなく、単に明るい光(LED)として利用しています。ここで重要なのは、人間は基本的に暗闇が怖く、できるだけ明るい光を当てれば、怖いもの(人)を遠ざけることができると考えていることです。人工の光自体は良いものです。私たちはその恩恵をいろいろな形で受けています。問題は光ではなく、その使い方なのです。

ポール・ボガードは、何がきっかけで人間は明るさを求めたのかという私たちからの問いにこう答えてくれました。

ーーー 私たちは明るい光のある生活に慣れています。我々はいまの都市の明るさに慣れることで、何を得て、何を失っていると考えられるでしょうか?

私たちは、「本当の闇」や「本当の夜空」を知りません。世界のどこかの都市に住んでいる人は、上を見上げたときに何を失っているのかを知りません。私たちは、宇宙と向き合い、前の世代の人々が感じていた畏敬の念や驚き、インスピレーションを感じる機会を失っているのです。夜の雲は白いなど、夜は明るいのが当たり前だと思っています。もちろん、私たちは夜の照明からさまざまな恩恵を受けていますが、だからといってそのように光を使わなければならないわけではありません。必要以上に光を使う必要はないのです。

「本当の夜の雲は、白くない」。確かに夜の雲の色を聞かれたら、頭に浮かべるのは白味がかった色です。ロードサイドに立つ商業施設は物を売ることとは関係のない、空へと向かう強い光で人を誘い込みます。他との差異化のためだけに。

ーーー なぜ都市はこんなにも明るい光を求めるのでしょうか。郊外や田舎でも同様に明るさは求められる傾向にあるのでしょうか?

暗いのが怖いからです。本当に単純なことです。貧困や犯罪などの真の原因に対処する代わりに、照明を明るくして問題を解決しようとする方が簡単なのです。

ポール・ボガードは本の中で、明るさと犯罪の関係について、様々な統計やデータを示しながら明るくすることが解決ではないと何度も言います。

電灯によって僕たちは驚くほど自由になり、日が沈んでからも長い時間、仕事をしたり遊んだりできるようになった。電灯がなければ、いまのような安全と治安が享受できなかったことには、誰も異論はないだろう。だが、照明の後ろに身を隠すことで犠牲になっているものが、何かしらあるようにも思えるのだ。
『本当の夜をさがして』P122

とはいえ、暗闇に比べ、明るさに安心を感じるのも事実。もし明るさが問題の解決にならない場合の安全と安心のバランスはどこかで誰が確保してくれるのだろうかとも思ってしまいます。

私たちはまだその不思議な感覚「センス・オブ・ワンダー」を見つけることができると信じています。


子どもにどんな光と闇の環境を与えるか

ポール・ボガードには3歳になる娘さんがいるそうです。まだ世界の明るさも暗さも比較できるものを知らない子どもに、闇の価値を訴える著者としてどんな環境を与えようとしているのでしょう。

ーーー お子さんが生まれ、小さな子の子育て中だと思います。子どもにはどんな光と闇の環境を与えたいと考えていますか?

夜の家の中では、彼女はとても暗い部屋で寝ています。これは子どもにとって(そして私たち全員にとって)重要なことです。健康のために(光の面で)できる最善のことは、暗い部屋で寝ることなのです。外では、できるだけ頻繁に月や星を見せています。大きくなったら、星を見られる場所に連れて行って、星座を教えてあげます。本当の夜には星があり、闇があることを知ってもらいたいのです。

ーーー 子どもにとって暗闇は恐怖の対象であると同時に、何かわからない魅力を持ったものでもあると思います。暗闇が明るくなることで、子どもにとって暗闇での遊びや過ごす時間に何か変化はありましたか?

暗闇は確かに恐怖の対象になりえますが、親が暗闇を怖がって、その恐怖を子どもに伝えていることが大きく関係しているのではないでしょうか。例えば、親が子どもの部屋に「常夜灯」を設置して、子どもが暗いところで寝ないようにするのは、どんなメッセージがあるのでしょうか? また、夜になると夜空を見せずに急いで家の中に入れてしまうのは、どのようなメッセージでしょうか。統計があるわけではありませんが、子どもが暗闇で遊ぶという点において、大きな変化があったと言えるでしょう。昔は暗いところで遊ばせていましたが、今は私たち親が何もかもが恐れて、子どもを明かりのついた家の中に入れて鍵をかけています。

ーーー 農薬などが環境へ与える影響を告発した生物学者のレイチェル・カーソンは、子どもの持つ「(自然における)神秘さや不思議さに目を見張る感性」を「センス・オブ・ワンダー」を呼びました。暗闇という目で見ることのできない環境で、子どもはどんなセンス・オブ・ワンダーを発揮するのでしょうか。

私たちはまだその不思議な感覚「センス・オブ・ワンダー」を見つけることができると信じています。すべての場所が他の場所と同じように明るいわけではありません。私たちの住んでいるところは、まだ明るすぎるくらいですが、外に座って夜の虫の声を聞いたり、月を眺めたり、静かなところを散歩したりするのを楽しむのに十分な暗さがあります。重要なのは、夜に外に出る時間を作り、それに慣れること、そして恐怖心から光の中に閉じこもらないようにすることです。

空を守る「星空保護区」

ポール・ボガードは本の中で、失われてしまった真の夜、真の闇を取り戻そうと世界で行われている様々な活動を紹介しています。

例えば「国際ダークスカイ協会(IDA)」。IDAは2001年から、光害の影響のない、暗い自然の夜空を保護・保存するための優れた取り組みを称える制度「ダークスカイプレイス・プログラム=星空保護区認定制度」を始め、世界に残る美しい夜空として「星空保護区」の認定を行っています。
ユネスコも2007年、「暗い夜空と星を見る権利を守る宣言」を採択し、夜空の質と、文化的、科学的、天文学的、自然的、景観的に関連する価値を保護するスターライト・リザーブというプログラムを始めています。

2021年4月28日、岡山県の井原市美星町がIDAに日本で三箇所目となる「星空保護区」の申請を行いました。美星町は1989年に全国初となる光害防止条例を制定した町でもあります。沖縄の西表島にある、日本最南端の国立公園「西表石垣国立公園」と東京都の伊豆諸島にある神津島村に次いで、日本で三箇所目、自治体を認定対象とした「ダークスカイ・コミュニティ」としては日本初の登録が期待されています。

ーーー 本の中で夜空を守る様々な活動を紹介してくれていましたが、いま気になっていることはなんですか?

教育活動を続けています。ほとんどの人はまだ、安全と安心のためにあらゆる光が必要だと思っています。政治家は、「もっと光を」と言えば、苦情に簡単に答えられることを知っています。ですから、夜を愛し、暗闇がいかに重要であるかを理解している人々が、声を上げ、隣人と話し、地元の出版物に記事を書くことが重要なのです。私が今、特に興味を持っているのは、光害が鳥や昆虫などの生物にどのような影響を与えるかということです。私たちの仲間である生物はすでに多くの問題に直面しており、光害は不必要なものです。私たちが夜の人工的な光の使いすぎや誤用に対処することで、彼らを本当に助けることができるのです。

ーーー 光害は、明るさだけが問題でありません。多くの明かりを使えばそれだけ電力を使うことにあり、それは環境への負荷として還ってきます。気候変動の問題と光害はどういった関係にあるのでしょうか?

まず、多くの地域で石炭を燃やしてエネルギーを生産し、夜に多くの光を浪費しているという関係があります。空に向かって光を送り、隣の家に向かって光を放つために、必要以上の二酸化炭素を排出しているのです。これは本当に残念なことで、不要なことです。光害に対処する(光を少なくする)ことで、私たちは二酸化炭素排出量を減らし、プラスの影響を与えることができます。第二に、同じように重要なことですが、光害は、自然界(自分たちは別個の存在だと思いたがっていますが、私たち自身も含まれます)に対する私たちの態度を反映しています。人間にとって、光は常に非常に象徴的なものです。現在、私たちの光の使い方(光害)は、環境への影響、二酸化炭素の排出、夜空の喪失などを無視して、好きなだけ光を浪費しようとしています。私たちはそのことを気にかけていません。これは、多くの人が気候変動に対して抱いている態度と同じです。光害を抑制することができれば、将来の世代や他の創造物を大切にするという、異なる姿勢を反映することができると思います。夜の光はあってもいいのですが、それを思慮深く、賢く、美しく使うことが大切です。そうすることで、二酸化炭素の排出量を減らし、私たちが共有しているこの地球の美しさと儚さに対する意識を高めることができるのです。

ランドエシックとソラスタルジア

『本当の夜をさがして』で、アメリカの生態学者で環境保護者であったアルド・レオポルドが提唱し、その後の環境倫理学の基礎ともなった「土地倫理=ランドエシック」という考え方が紹介されています。人間同士でも、人間と動物の間だけでもない、人間とそれ以外の自然に対する倫理的な意識の拡張を著者は思い描いているのです。

「土地倫理」とは、他人を尊重するときと同等の倫理をもって、人間以外の自然を尊重すべきだという考え方で、それは「共同体」という概念を基盤にしている。「土地倫理とは、要するに、この共同体という概念の枠を、土壌、水、植物、動物、つまりはこれらを総称した『土地』にまで拡大した場合の倫理をさす」
『本当の夜をさがして』P248


夜空は誰のものか。どこまでも続き、切れ目のない空は誰のものでもなく、誰のものでもあります。照明を抑え、自然の光、限定的な炎を楽しむこと。

焚き火やロウソク、月明かりなどの自然光は、人にとっても動物や鳥、あらゆる生物にとっても、夜の最高の光源です。

もうひとつ、ポール・ボガードは、「ソラスタルジア」という印象的な概念を提唱し、これからの時代の大事なものになるのではないかと予想しています。

ソラスタルジアとは、愛する場所を失ったときの感情だ。……ラテン語のソラシウム(慰め)とギリシャ語のアルジア(痛み)を組み合わせた造語で、あとに残してきた場所ではなく、まだ住んでいる土地に対する思いだという点で、ノスタルジア(郷愁)とは異なっている。今後、この言葉はもっとポピュラーになるだろう。なぜなら、どこに住んでいようと、地球全体の気候は変動しており、それは今後も変わることがないからだ。終わらない自然破壊に対する悲しみは、自分自身や家族の死に次いで、僕が恐怖を感じる暗闇である。
『本当の夜をさがして』P233-234


自然破壊に対する恐れという名の暗闇を照らすのは、どんなあかりでしょうか。地球に住む全員が考える大きな課題です。