標高4000mのバレーボーラーたち

シェルパと遊び

  • FEATURE
  • 2021.7.21 WED

 これまで幾度となくヒマラヤに登ってきた石川直樹。彼の登山はたくさんのシェルパたちによって支えられてきた。石川が見てきたのは、荷物を持ち、山を登るシェルパの姿だけではない。彼らは登山の合間でも、暇があればバレーボールをして遊んでいるという。高度4000m超、きっと世界最高高度のバレーボーラーたち。

シェルパの遊びと聞いてすぐに思い浮かぶのは、このバレーボールである。

エベレスト街道のバレーボール

 「エベレスト街道」と呼ばれる一本の山道が、エベレストのベースキャンプまで続いている。道は、ネパールのクンブー地方にあって、飛行場のあるルクラという村から先はシェルパ族の暮らす集落が点在する。有名なトレッキングルートなので世界中から観光客や登山者がやってくるけれど、何よりこの道は、古くからシェルパの交易路でもあった。

 街道を歩いていると、たまに目にするのがバレーボールコートである。ヒマラヤ地域において、サッカーや野球よりもバレーボールが盛んな理由は今もってわからないのだが、シェルパの遊びと聞いてすぐに思い浮かぶのは、このバレーボールである。

クライミング・シェルパと呼ばれる実際にがしがしと山に登る連中は、運動神経が抜群にいい。

小石など物ともしない回転レシーバーたち

 以前、シェルパたちにまじって、バレーボールの試合をしたことがあった。場所は、マナスルという山のベースキャンプで、標高は4,700メートル。岩が剥き出しになったキャンプサイトの空き地になぜかバレーボールのコートが作られ、二本の木のあいだにネットがピンと張られていた。
シェルパの中でもクライミング・シェルパと呼ばれる実際にがしがしと山に登る連中は、運動神経が抜群にいい。バレーボールにおいてもセンスが良く、足もとに小さな石ころがごろごろしているコートにも関わらず、跳ねるように動き回っていた。

 彼らが回転レシーブや鋭いブロックなどの技を披露するので、自分も負けじとヘディングを繰り出すなどして、観客を沸かせた。しかし、そこは富士山より1,000メートル高い場所である。高所に慣れたシェルパ軍団に一人まじってバレーボールをしたものだから、酸欠ゆえの高度障害によってすぐに頭が痛くなった(もしかしたらヘディングのせいもあったかもしれない…)。

 マナスル登山の合間にも、シェルパたちは日々バレーボールに興じていた。一日に一回どころか、暇があれば試合をしている。上部キャンプに荷揚げをしてベースキャンプへ帰ってきた日も、ザックを降ろすと、突然コートに集まってバレーボールをし始めた。チームごとにユニフォームまで揃えているからあきれる。どう考えてもクタクタだろうに、その情熱たるや、自分の想像を遙かに超えていた。

遊びが生と直結する場所

遊びこそ無意識だけど最大効果のトレーニング

 こんな大人たちを見ているから子どもたちもバレーをするかというとそうでもない。小学校の休憩時間を見ていると、球技はクリケットが盛んなようだ。学校が終わると、ヤギの子どもをこねくりまわしたり、石を投げて輪っかに入れるようなゲームをしていた。子どもはどこもそうだが、三人くらい集まればじゃれあって笑い転げている。それはヒマラヤでも日本でも変わらない。

 昭和初期の写真などで自転車の車輪のようなものを棒で転がしながら走っている子どもの姿を見たことがあるが、ネパールの村でもそうやって遊んでいる子どもがいた。彼ら彼女らは緑の鼻水をたらし、頬を赤くしながら、粗末な服を着て走り回っていて、自分の知らない昔の日本の日常を想起させた。

 こうした子どもたちの多くがいつか荷運びの仕事をはじめ、ついには山登りのガイドを生業にするときがくるのだろう。そして、息切れひとつせず、高所でバレーボールをするようになるのかもしれない。

 ネット環境が悪く、何よりテレビやゲーム機もないので、家に閉じこもっているような子どもはほぼいない。みんな野外で遊ぶからこそ心肺機能が鍛えられ、薄い空気にも耐えうる頑強な身体をもつにいたる。遊びが最大のトレーニングであり、その先に登山があるから、彼らは高所においてもナチュラルな強さを発揮する。遊びが生と直結する場所、それがシェルパたちの暮らす、ヒマラヤという特別な環境である。