私たちを宇宙へ連れて行ってくれるのは、ロケットではなく風船だ。

岩谷圭介と岩谷技研が目指す有人宇宙旅行計画

  • FEATURE
  • 2022.3.31 THU

2011年、宇宙に風船を飛ばし、地球を撮影したいと思い立った青年、岩谷圭介さんの好奇心と想像力、知識と技術は、2022年人を乗せて宇宙に飛び上がろうとするところまで進化してきました。1台のカメラを載せて高度約10,000m(10km)まで飛んだ最初のふうせんから、人を載せて高度25,000万メートル(25km)まで旅する“宇宙船”の開発まで。

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“岩谷技研が目指す NearSpaceからの宇宙旅行とは、単に地球の大気圏外に広がる空間(Space)に人を運ぶこと(Travel)ではなく、調和と秩序のとれた宇宙(Cosmos)へ行くことによって人々の意識や視野が広がる旅(Journey)を意図しています”
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と理念を掲げる岩谷圭介と岩谷がはじめた気球による宇宙旅行のサービス化を目指す岩谷技研は、「高高度ガス気球」と「旅行用気密キャビン」で、宇宙飛行士ではないわたしたちをどんな宇宙、どんな未来に連れて行ってくれるのでしょうか。

宇宙へ行くことへの情熱よりも、作り上げることに対する情熱のほうがずっと大きい

最初に宇宙へ飛ぶのは自分じゃなくていい

岩谷 「自分自身で宇宙まで到達してみたい」と宇宙工学、ロケットについて学ぶ中で、「自分にできる手法を探してみよう」とバルーン開発を始めたのがそもそもでした。二、三年と経つと、初めて飛ばした100g未満の装置から、いつの間にか10〜20kgくらいの装置まで飛ばせるようになりました。それをさらに10〜20倍にできれば、「もしかして人がいけるんじゃないか?」と思い始めたのが2016〜17年くらい。もともと明確に「人が行こう」と考えていたわけではないんですが、潜在的にはおそらくあったんだろうと思います。

—— 「人が宇宙に行く」と最初に思った時、いちばん最初に自分が行くことを考えていたんですか?

岩谷 そこについては、わたし自身はまるでこだわりはなくて。最初は特にわたしではないほうがいいと思っています。

—— というのは?

岩谷 最初に行く人は様々なリスクを背負っていくことになるので、リスク回避が得意な人が行くべきだと思っています。例えば高高度からのパラシュート降下の可能性も考えられます。そうした訓練は数年間はかかるので、わたしは飛ぶよりも早く装置を作ったほうがプロジェクトとして利益が最大化できます。

—— 自分が「宇宙へ行ってみたい」という気持ちはあるんでしょうか。小さい頃からの気持ち、今の気持ちも含めて変化はありますか?

岩谷 よくご質問を受けるのですが、いちばん最初に行きたいとはまったく考えていないんです。おそらくエンジニア的な考えと、宇宙に憧れる人の考えとで違いがあるのかもしれません。「できる限り早く」というこだわりはなく、むしろ「空いていたら」「都合が合えば」くらいの感覚。行きたくないわけじゃないです(笑)。自分自身で作った装置が、世界でいちばん安全な装置であると確信してやっていますから安全についての疑問はないです。

ただ宇宙へ行くことへの情熱よりも、作り上げることに対する情熱のほうがずっと大きいんですよ。「そこに行く」経験は乗りものがあればできる。「その乗りものを作り上げる」経験のほうが、わたしにとっては非常に大きい。とはいえ、先々週、外での有人実証試験を初めてやって、最初の試験としてわたしが乗っているんですけどね。

—— (笑)

岩谷 技術者として言っている話と、その場での本能的な行動とでは、何か違いがあるのかもしれないという矛盾を抱えていたりします(笑)。

—— あはは! 「抗えないものがある」ということですね。

岩谷 あるようですね。

(宇宙を見に行く方法として)わたしたちがやっている気球はおそらく世界の中で最も現実的な手法になるでしょう

宇宙を見て、感じる最も有力な方法

—— 宇宙との距離は「手に届く」とまでいかなくても、「かなり近づいてきている」という感覚ですか。

岩谷 もう「手に届く」に近いですね。それほど宇宙までの距離はなくて、たかが数十キロです。宇宙ステーションで考えてもせいぜい数百キロ。これは北海道内を車で日帰り運転する距離よりも短いので。

—— (笑)そうですね。

岩谷 そのくらいの話なんですよね。それを大ごとじゃなくできる手法を知っているので、それを実現させたいなと思っているわけです。

—— ここ数年、お金を出せば民間人でも宇宙旅行ができる環境が整ってきました。宇宙が「未知の場所」から「手の届く場所」になっていくときに、宇宙はみんなの認識の中で今度はどんな場所になっていくのでしょう。

岩谷 なかなか難しいご質問ですね。

—— 冒険の世界では「地図上の余白はなくなった」とも言われますが、その先のフロンティアは宇宙なんだろうと思うんです。宇宙が民間人にとって未踏の地ではなくなっていくとき、みんなはどういう目線で宇宙を捉えはじめるのだろうと。

岩谷 「宇宙を見てくる」ということに関して、いろんな手法が提案されています。その中で、わたしたちがやっている気球はおそらく世界の中で最も現実的な手法になるでしょう。「宇宙を感じる」というところまでは、わたしたちは作ることができると思うんです。そこから先、「宇宙に人の領域を広げていこう」ということに関しては、わたしたちの作っている装置では力になれません。

「宇宙がどういった場所になるか」については、ロシアの物理学者ツィオルコフスキーが『地球は人類の揺籠である、しかし、誰も揺籠の中で永遠に生きられはしない』という言葉を残していますが、『新しい国境探しになるのかな』と。植物は種を撒きますが、地球から撒かれる種の一つを届けるのがわたしたち人間の証明になるのかなと思います。ただ、ずっと遠くの話です。今の科学技術では到底到達できないので。おそらく100年か、もっと先の未来かもしれませんね。

「わたしたちがどうやって生まれたか?」の答えは、おそらく宇宙にあるんですよ

宇宙に行ってわかることがある

—— 今、岩谷さんの中で見えている最も遠い未来のイメージは、どんなものですか?

岩谷 これはSFチックな話になってしまうので、書き留める価値があるかどうかわかりませんが。銀河系にある星の数だけでも数千億はあると言われています。地球と同じような星だけで約百億あるらしいんですよ。わたしたちの科学技術の急速な進展を見ている限りは、まあ100年、200年あれば別の惑星に行けるだろうと想像ができます。もしかしたら隣の惑星系にも行けるくらいの未来もあると思います。そこからまた更に1000年もあれば、光の速度の十分の一で運航する宇宙船で銀河系全部に植民できるかもしれません。

一方でそんな未来に至っても「銀河系には宇宙人がいないの?」ということになれば、わたしたちの存在意義にも関わってくる。そんなことを考えたりしているんです(笑)。他の惑星系まで達する中で「何か種族の幸福なテーマを見つけて、そこで人類は終焉を迎えるのかな」とか。そこがゴールになるのかなぁと。

—— 「気持ちとしては自分が宇宙に率先して行きたいわけじゃない」と思いつつも、そういう遠い未来のことは想像したりするんですね。

岩谷 不思議なことだと思うんですよ。わたしたちがいることの証明がわたしたちはできないっていうのが。

—— 確かに。それは宇宙に行くことが現実になってくることによって明らかになることですよね。

岩谷 そうですね。「わたしたちがどうやって生まれたか?」の答えは、おそらく宇宙にあるんですよ。

—— 気球を宇宙まで飛ばすことより先に、そういう想像を子どものころからされていたんですか。

岩谷 そうですね。想像するのが大好きでしたね。

—— いわゆるSF少年的な感じということですか。

岩谷 いや、そうでもないんですよ。わたしは「理屈屋さん」なんですよ。例えば、「観測できないものに関してはあるかどうかかわからない」っていうことを基本的な概念として考えたりします。みんな、当たり前のこととして「自分の人生が過去にありました」ということを前提に話をします。でもそれって証明のしようもないですし、観測のしようもない。本人がそう思っているだけで、過去が本当にあったかどうかはわからない。

だから、実存主義でいろんなことを考えているんです。そういう理屈屋さんにとって、宇宙というテーマは、わたしたちが自然だと思っていることをかなり根底から考え直すことができる。これはエンジニアリング的な宇宙ではなく、哲学とか概念的ですが。

—— 哲学とエンジニアリングが両輪で回っている状態なんですね。

岩谷 はい。理屈屋さん的には物理や数学はとっても簡単な勉強なんですよ。物理なんて覚える公式が二つか三つくらいで、非常にわかりやすい。自然現象を数式に落とした、わかりやすい言語なんですね。そういう意味でも、先ほどの宇宙の概念的な話もやっぱり言語なんです。そういった意味では共通するところがあって。モノづくりするのにあたっての理屈、概念はすごく重要だったりします。

—— なるほど。いわゆる「挑戦する」「ロマン」のような話では全然ないんですね、イメージでいうと(笑)。

岩谷 そうです。頭の中でできあがっていることを、現実に起こしているんですよ。

「わたしたちは命を扱っているんだ」という意識

人を乗せて飛ぶという責任

—— 岩谷技研さんのサイトを見ると、2022年以降の開発ロードマップは具体的な時期が書かれていません。実際どのくらいのタイムスパンで事業化を考えてらっしゃるんですか。

岩谷 いやぁ、可能な限り早く実現したいんですけどね(笑)。2021年度の有人試験はクリアしました。2022年度からは「有人での高度を上げ、より安全に安定して飛んでいることを証明していこう」というステージに変わってきています。早ければ2022年度で、宇宙が見える景色まで人を上げることが実現できるんじゃないかと思っています。気象条件もありますが、それほど遅くなることは考えていません。

—— 懸念されているのは天候以外にもあるんでしょうか?

岩谷 社員の教育、意識作りですね。これは本当に大事なところで、「わたしたちは命を扱っているんだ」という意識と安全管理を徹底しないといけません。そうしたことをしっかりとやっていくことが、ここから先わたしたちにいちばん大事なことだと思っています。

—— 確かにこれまでの技術開発とはまったく違う意識が求められてきますね。

岩谷 はい。

—— 気球で行ける宇宙の限界値はどこですか?

岩谷 人を乗せて飛ぶ気球に関しては、どんどん高く飛ばすという意思はないんです。この気球の目的は、乗る人々に宇宙から地球を見下ろす経験を提供すること。それを実現するにあたって、必要な高さは高度25kmなんです。技術的な限界ではなく、最適解としての高度でもあります。もしこれが今後の運行上もっと上げる必要があれば上げます。気球のスペックで言えば倍くらいまでいけるでしょう。ただ、高く上げるには安全面含め様々な負担が増えてきます。提供価値と負担やリスクのバランスを考えての25kmなのです。

誰にでも開かれた宇宙にはまだなっていません。選定基準が変わっただけ

まだまだ宇宙は近づいていないかもしれない

—— 岩谷さんが子どもの時に夢見てきた宇宙と、宇宙飛行士じゃなくても宇宙に行ける時代になった今の子どもたちの思う宇宙。そこに違いはあるのか。今後、子どもたちは宇宙にどんな夢を思い描くことができると思いますか。憧れであり続けるのか。「子どもの宇宙に対する価値観にどう影響してくるのかな?」と。

岩谷 難しい質問です。前澤さんが行き、ヴァージン・ギャラクティックでも民間人が宇宙に行きました。でも物理的な距離以外で「宇宙が近くなった」かというと、正直わたしは実感がないんです。

これまで数百人の宇宙飛行士が宇宙に行っています。宇宙飛行自体が最初になされたのが約70年前。そのタイミングでみんな「宇宙は近くなった」と思ったんです。でも技術的にその当時と現在のロケットは大きくは何も変わってなくて、ほぼ一緒。67年以来改良はされながらもロシアのソユーズが現役で飛行しているわけです。「ソユーズよりもスペースXのほうが優れている」と大々的に謳われましたが、打ち上げコストはソユーズのほうが安い。だからベースは同じところにまだいます。

なので、今まで国家が1000億円払っていたのに対して、個人が200億払えば宇宙に行けるようになりました」という違いなだけで、誰にでも開かれた宇宙にはまだなっていません。選定基準が変わっただけで「選ばれた人しか行けない」ことに関しては。今までは国家に認められた、求められたミッションを行う人が行けた。それがお金を払ってもらえたら、ミッション枠を空けますよという状況になったんです。

岩谷 「お金を払えば宇宙に行けますよ」というのは一部には夢を与えてくれたと思います。ただ、子どもの時に自分が将来「100億なり、1,000億なり払えるようになる」ということは、わたしは考えられませんでした。だから「子どもに影響があるか?」と言われると、ちょっとわからないです。ヴァージン・ギャラクティックの料金は5,000万円と言っていますが、5,000万円払える人はそういないと思うんです。そういう宇宙のリアルを、子どもは感じると思うんですよね。だから「宇宙はまだまだ開かれていないんじゃないかな」と。気球による宇宙旅行が一般的に行けるようになると、年間で数千人を宇宙に連れていけると思うんですよ。

—— おお〜!

岩谷 そうすると近くの人にも「地球を見下ろしてきた」人が出てくると思います。飛行機に乗ってきたというのと同じ感覚で、「宇宙行ってきたよ。外が真空の世界で地球を見下ろしてきたよ」と言えるようになって初めて、新しい価値観が芽生えてくるのかなって思います。

—— そのための風船プロジェクトなんですね。

岩谷 そうです。

—— 実際、費用はいくらくらいになりそうなのでしょう。

岩谷 開発のステージによって金額が変わります。初期は一人乗りか二人乗りで、パイロットが一人付きます。一人乗りであれば、一人につき一機になるので約二千万円前後です。初期は「こういうサービスがある」という点で唯一無二のものなので、値段で勝負する必要はないと思っています。もうすこし開発を進めて、2024、5年頃に6人乗りが作れるようになる予定です。これは一人あたり1,000万円を切るようになります。その先より大きな20人乗りができ上がると、一人あたり250万円くらい。さらに大きなものが作れれば一人100万円代もそう遠くはありません。

—— 乗る人数が多いほど、ワリカンで値段が下がるということですね。

岩谷 そういうことです。250万円くらいだと世界一周の船旅と同じくらいの金額になります。「将来百億円作りましょう」という現実離れした話より、1年間働いて貯めましょうくらいにまで近づいてくる。

—— 急に現実味が出てきました。

かたちにしていくことの大切さ

—— 規模も大きくなり、有人飛行が見えてきた今のフェーズになって、改めて子どもたちに伝えたいことは何かありますか。

岩谷 わたし自身が大風呂敷を広げて、まだかたちにできていないことがいっぱいあるので、背中を見せるためにさらに頑張っていかなきゃいけないと思います。口で言うことは簡単ですけど、そこからかたちにしていくことの大切さ伝えたいですね。