風はどうやって生まれている?
平地から陸と海、山と谷まで、風の発生の仕組み
- FEATURE
- 2021.12.1 WED
太陽があれば温かくなり、雲の中の水分が集まり重くなれば雨が降るけれど、風はどうやって生まれてくるのだろう。ある方向から、ある方向へ。風が吹くのはちゃんと仕組みがあります。山で遊ぶにも、海で遊ぶにも、風からより多くの情報を読みとれたら、遊び方はもっと柔軟でもっと有意義になるかもしれません。
気圧(密度)が高い方から気圧(密度)が低い方へと空気は移動しようとする。これが風となる。
風が運ぶ海や森の香り
生活を営む場所から海や山に出掛けると、心がときめくものだ。日常を脱して、自然の中にいると改めて生きていることを実感する。目に映る空は大きく、光景は色合いを増し、耳に聞こえくる波の音や山間の鳥の鳴き声は心に安らぎを与えてくれる。そして、顔や肌に感じる風も都会と比べて透明感を増しているようで、身体の表面に付着した無用なものを吹き飛ばし清めてくれるような気持になる。
アウトドアに身を浸すとき、風はなくてはならないものだ。風が吹くからこそ、海岸で潮の香りを満喫し、山の尾根に出ても麓の森林から香りに安らぎを感じる。潮風が持つ磯の香りは海洋プランクトンが発する「硫化ジメチル」に由来するもので、海上の大気に漂った後、風によって陸地へと運ばれる。ちなみに、この硫化ジメチルは大気に雲(水の粒)ができるときにその種になる働きを持っている。
森林の香りは植物が発する「フィトンチッド」で、森林浴という言葉があるように心を癒す効果があるとされ、アロマテラピーにも用いられている。人類は約700万年前にチンパンジーとの共通祖先から分かれて直立二足歩行を始めたが、300万年前までは樹上生活を続けていたと考えられている。私たちは、はるか昔の祖先が過ごした森林を心地よいと感じるのかもしれない。ちなみに、日本人にはヒノキの香りが圧倒的に好まれるとされており、700万年前のアフリカ大陸の森林だけでなく、気候が温暖であった縄文時代の日本列島の植生にも関係がありそうだ。
密度が高ければその中の空気は外に出ようとする
このように、風は海辺にあって磯の香りを、森林にあって樹木の癒しを運んでくれる。風が吹かなければ、自然の環境も随分と平板なものになるに違いない。では一体、風はどのような仕組みで吹くのだろうか。
空気は透明であり、私たちは見ることができない。目に見えないのであれば、昼も夜も、夏も冬も同じ空気が目の前にあるかのように思ってしまう。けれども、空気は場所によって密度が異なる。空気がどれほどの密度で詰まっているかという尺度を、気圧という。密度が高ければその中の空気は外に出ようとするので、外に向けて圧力ができる。まるで、駅で満員電車のドアが開き、車内に詰まっていた乗客が意図せずホームに飛び出してしまうようなものだ。気圧という言葉そのものも、空気の圧力という意味だ。そして、二つの場所で空気の密度が異なると、気圧(密度)が高い方から気圧(密度)が低い方へと空気は移動しようとする。これが風となる。
気温と空気の動きが気圧を変化させる
では、どうして場所によって空気の気圧が異なるのか。その第一の理由は気温にある。①気温が高いと空気が膨張して気圧は低くなり、②反対に気温が低いと空気が収縮して気圧は高くなる。もうひとつの理由は地上から上空にかけて、垂直方向に空気がどう動いているかがポイントで、③上空から地上へと空気が降りてくると、地上では空気は圧縮され高気圧ができる。④反対に地上から上空へと空気が上昇すると地上では空気が薄くなり低気圧となる。
気温が低く空気の密度が高いことでできる高気圧①の代表例は、「冬のシベリア高気圧」だ。地上で零下40℃になる極寒の場所では、気圧は1040hPaにもなる。ここから強い風が吹き出すと寒気が日本列島を襲う冬将軍となる。一方、上空から空気が下降して気圧が高くなる高気圧③の代表例は「夏の太平洋高気圧(別名、小笠原高気圧)」だ。ちょうど、フィリピン付近で上昇した空気が上空を北上し地上に降りてくる亜熱帯の地域で発生する。高気圧を回る風は時計回りであり、太平洋高気圧は太平洋沿岸に温暖な南西風をもたらす。
海沿いで毎日のサイクルのように起きるのが、海風と陸風
海風と陸風の発生の仕組み
風は日本列島やアジア大陸といった大きなスケールで吹くばかりではない。むしろ、アウトドア・ライフにとってより重要なのは局地的な風の動きかもしれない。海沿いにおける海風と山風、そして山岳における谷風と山風が代表例だ。
海沿いで毎日のサイクルのように起きるのが、海風と陸風だ。双方とも陸地と海上での気圧の違いで発生するもので、ポイントとなるのは気温の動きだ。日中、太陽の熱が海と陸を暖めるとき、陸の方が海よりも暖まりやすい。反対に夜になって太陽の熱が届かなくなると、陸の方が海よりも冷めやすい。このため午後になると陸上の気温が海上の気温より高くなっていき、とりわけ午後1時過ぎにはその気温差が最大になる。このため、気圧は陸上が低く、海上が高くなり、この頃から海上から陸地に向かって風が吹くようになる。これが「海風」で、その強さは最大で毎秒6メートル程度だ。
反対に、夜になると太陽からの熱が途絶え、陸の方がより多くの熱が上空に向かって逃げていく。明方前になると陸地は気温がもっとも低くなり、今度は海上の方が温かい形で気温差が最大になる。このため、気圧は陸上が高く、海上が低くなり、陸上から海上に向かって風が吹く。これが「陸風」で、その強さは最大で毎秒3メートル程度だ。
サーフィンを楽しむのに最適な時間は明方と言われるが、これは陸風が関係している。早朝の陸風(オフショア)であれば、沖合から寄せてくる波は風を受けてめくりあがり大きくなる。反対に午後となると、海風(オンショア)が吹き、沖合からの風が波をつぶすため、波が小さくなり、波待ちをしていても、いつ大きな波が来るのかわかりにくくなる。サーファーが早朝の次に狙う時間は、海風が弱くなる日没前後だ。
海風や陸風の強さは、海上と陸地の気温の差に由来するため、晴れた日に顕著になりやすい。昼間は太陽の熱で陸地がより暖められるし、夜は雲がないと放射冷却により陸地の気温がより上空に逃げやすいからだ。また、一年の中でどの季節に強まるという統計結果はない。もっとも、風は海風や陸風だけではない。シベリア高気圧や太平洋高気圧、前線を伴う低気圧、あるいは夏から秋にかけての台風により広い地域で吹く風があると、局地的な海風や陸風は判別できなくなる。海風や陸風が顕著になるのは、大きな気圧配置に影響されないおだやかな天候の日だ。
水蒸気が、山岳の天気の悪化をもたらす主人公だ
山風と谷風の発生の仕組み
山岳では、日の出から午前中は晴れることが多く天気が安定しているが、午後になると怪しくなるとの注意を聞くことが多いだろう。昼過ぎには霧(ガス)がでてきて、午後3時を過ぎると雨が降ることが少なくなく、ひどいと雷まで鳴り始める。この現象は谷風によるものだ。
山岳での谷風と山風は、海岸沿いでの海風と陸風の動きと似ているが、その発生理由は少し異なる。日中、高度が高い山岳でも、高度の低い麓でも同じように太陽から熱を受けるが、同じ高度を水平に見てみると、山岳の地表近くよりも、麓の上空の方が気温は低くなる。このため、同じ高度では麓の方が山岳よりも気温が低くなり、麓から山岳へ谷に沿って風が吹く。これが「谷風」だ。一方、夜は放射冷却により山岳の気温が麓よりもいっそう低くなるため、山岳地帯の低温で重い空気が麓へと流れ下ることになる。これが「山風」だ。
谷風を考える場合、やっかいなのは水蒸気というもうひとつの目に見えないものが主役として登場する。この水蒸気が、山岳の天気の悪化をもたらす主人公だ。
気体である水蒸気は地球上の全ての水の中で「1%の1000分の1」程度の量しかない
地球は水の惑星と例えられるように、地表から大気まで水が液体・固体・気体の形で存在している。水全体の97%が海水で、その他に地下水や河川、淡水湖がある。固体は氷で、全体の2%がグリーンランドや南極、そして高山にある万年氷だ。人為的な温室効果ガスによる地球温暖化でこれらの氷が融解すると、液体の水となり海に流れ込むため、海水面が上昇すると懸念されている。そして、気体である水蒸気は地球上の全ての水の中で「1%の1000分の1」程度の量しかないものの、このわずかな量が気象を大きく動かす要因となる。
気体の水蒸気は目に見えないが、空気が冷えると液体の水の粒(水滴)になる。霧の粒は半径0.2ミリ以下と小さく軽いため、地表に落下せずに空中を漂っている。遠くから見ると、これが雲の正体だ。谷風が吹いて空気がさらに山の斜面に沿って上空に運ばれると、気温が下がり霧の粒は増えていく。霧の層が垂直方向で1000メートル程度まで厚くなると、その中の霧の粒は大きなものにまとまっていく。粒の半径が2ミリほどまで大きくなると、雨として地上に降ってくる。
山登りでの谷風に注意
山小屋など安全な場所で谷風が吹いて霧が発生する現象をみたら、霧から雨が降るまで様子を観察するのもいいかもしれない。だんだんと霧が濃くなっていき、上空を見上げて霧が黒くなってたら、雨が降り出してくる。ただし、谷風が強く、霧が速いスピードで上空へと斜面を滑昇しているときは強い注意が必要だ。水蒸気は水の粒として凝結したり、再び水蒸気へと蒸発したりと、気体と液体の相変化を繰り返す。大気と水蒸気(水滴)の変化の過程で熱の出入りがあり、このエネルギーが雷雨をもたらす悪天候を引き起こす。
このように谷風は山でのアウトドア・ライフで歓迎できない現象ではあるが、その発生を事前に予想することもできる。天気予報で山岳と麓の気温差を比較し、これが大きければ大気は不安定であり、谷風の吹く可能性が高いからだ。最近は山小屋でもインターネットにアクセスできるため、移動する前などこまめに確認するのがいい。
もっとも、山岳でのアウトドア・ライフの基本は、早朝から活動し、午後は早めに移動をやめることだ。山風の時間は空気が上空から平野に流れ下るため水滴は蒸発し、雲一つない天気になる。夜明けとともに起床して迅速に移動を開始し、午後になれば宿泊地近辺に留まって散策するのが理想の形であるのは間違いない。
(気温が)1℃上昇すると(水蒸気量は)7%ほど増加する
気候変動と風
今日、気候変動が話題にならない日はない。人為的な温室効果ガスによる地球温暖化とそれに起因する気候システム全体の変容というもので、Climate Changeは「気候変化」と訳した方が適切だ。それではこうした気候変動・気候変化が風にどのような影響を与えるのあろうか。
風は、もともと気圧が高いところから気圧の低いところへと空気が移動するものとお話しした。スーパーコンピューターを用いた温暖化予測モデルの結果によると、気温上昇は北極や南極の方が赤道周辺の熱帯よりも大きいことが示されている。北極や南極のもともと冷たい気温がより大きく上昇し、熱帯での気温上昇がさほど大きくないとなると、熱帯と北極・南極の温度差が小さくなる。「ジェット気流」とは、両者の温度の違いに由来するものであり、その差が小さくなるとジェット気流の吹く場所が変わったり、あるいはジェット気流が蛇行することで、日照りによる水不足や反対に大雨の降る地域といった異常気象が増えるのではないかと懸念されている。
そして、空気には気温が高くなるとよりたくさんの水蒸気を持つという特性がある。1℃上昇すると7%ほど増加する。谷風が吹いて、空気を山の斜面に沿って上空まで運ぶと水蒸気が霧になるが、温暖化していると水蒸気の量が増えるため、漂う霧も多くなる。そして厚い雲から降る雨の量も増える。温暖化すると大雨が増えると予想される理由だ。気候変動による気象・気候の実際の変化は、地球規模でもアウトドア・ライフという身近な環境でも起こり得る。
ここまで、局地的な風を中心にお話ししてきた。風がなければ、われわれが感じる自然も味気ないものになってしまうのではないか。刻々の変わる自然の動きを、われわれの視覚、聴覚、触覚、そして嗅覚を通して伝えてくれるものが、風なのである。一方で、風は循環的なものであり、海風があれば陸風があり、谷風があれば山風があり、強風が吹く日があれば凪の日もある。このリズムの中で、自然はいつも同じようにたたずんでいる。それゆえ、私たちは自然に対して安心感を覚えるのではないか。
ところが、気候変動はこうした風の動きを不可逆的に変化させてしまうかもしれない。脱炭素の取組みは政府機関だけでなく、ひとりひとりの課題でもある。今日感じる風を100年後の子どもたちに残したい。
参考資料
『季刊・森林総研』2020年No.49 特集「森の香りを科学する」(森林総合研究所)
『一般気象学(第二版)』小倉義光(東京大学出版会)