語らない岩がこっそり教えてくれる物語
クライマーであり研究者でもある中嶋徹の岩との対話
- FEATURE
- 2022.4.28 THU
ロッククライマーであり、地殻変動の歴史を研究する地質学の研究者でもある中嶋徹さん。大きな岩の塊でもある地球を調べ、登り、愛する人は、岩を登るとき岩に何を見て、岩を見るときどんなクライミングを想像しているのか。クライミングと地質学のハイブリット的視点を教えてもらった。
仕事中にも登りに行く岩の事を考えている
ロッククライマーと花崗岩
突然だが、これを読んでいる皆さんに問題を出したい。
「火成岩のうち、地下深くでゆっくり冷えて固まった酸性の岩石を何と呼ぶか?」
いきなり難しい文言が並んで面食らうかもしれない。しかし、火成岩の分類は誰もが中学校の理科の時間に習ったことがある。そう言われたらそんなのも習ったような気がする。名前も漢字も難しい岩石が6つほど一覧表になって理科の資料集に載っていたっけ。確かに酸性ー塩基性と冷え方で分類されたな。これを真面目に暗記しようとすると少し骨が折れるが、こういうものには語呂合わせがつきものだ。「刈り上げ新幹線はやーい」が有名だが、僕は「りかちゃん焦って○○吐いた」で覚えた。(り)流紋岩(か)花崗岩(あ)安山岩(せ)閃緑岩(げ)玄武岩(は)斑レイ岩。意味は良くわからないが、これで明日の小テストは安心だ。
地学は実験をあまりやらないし、相当熱心な先生でもなければ野外に連れて行ってくれることもない。高校に入ると理系では選択できない場合が多いし、初めから地学がないところも多い。恐竜好きはいても、石好きの友だちはなかなか居ない。そもそも岩は見た目が地味だ。印象に残りづらい上に使う機会のないこれらの名前は、記憶の隅に追いやられてしまいがちだ。
最初の問題の答えは「花崗岩」だ。写真を見せられてもあまりピンと来ないかもしれないが、ピンと来る人たちが一定数いる。ロッククライマーだ。近年メジャーになったスポートクライミングの栄華を尻目に、彼らは週末ともなると車を何時間か走らせ、何の変哲もない岩を登りに行くし、何なら仕事中にも登りに行く岩の事を考えている。四六時中岩のことばかり考えている彼らは、一般人に比べてやけに岩の種類とその見た目、触感に関して詳しい。特に花崗岩はしばしば切り立った地形を成すため、ロッククライマー達の恰好の遊び場になりやすく、故に馴染み深い存在なのだ。ロッククライミングの聖地と呼ばれる、アメリカのヨセミテ国立公園の岩は花崗岩だし、日本のロッククライミングの聖地である小川山の岩も花崗岩だ。そういえばスコーミッシュもジョシュアツリーもパタゴニアもカラコルムも花崗岩だ。
人間と同じように、花崗岩にもある種の「団塊の世代」が存在する。
花崗岩が生まれてきた時代
僕は岩を分析して、過去の地殻変動を明らかにすることを生業としている。しかし、僕は岩を目の前にするとどうしても、研究者としての視点ではなく、クライマーとしての視点で岩を見てしまう。幼少期からロッククライミングの虜として生きてきた僕にとって、岩は研究するものというよりも、むしろ登るものだった。学術的に面白い岩にも惹かれるが、やはり普段登っている山や、岩に心惹かれる。博士研究のテーマにヒマラヤ山脈を選んだのも、学術的というより、むしろロッククライマーとしてヒマラヤ山脈に興味があったからだった。そんな僕が好きな岩が花崗岩だ。学術的に興味深いというのもあるが、何と言っても花崗岩は登るのに適している。凹凸に乏しく、適度な摩擦を持った岩肌は、パワーだけでは解決できない絶妙なルートを形作る。白っぽい岩肌は写真にも良く映える。あと稀に水晶があって綺麗だ。今回はロッククライマーにとって馴染み深い花崗岩という岩について、少し研究者の視点で物語を書いてみたい。
花崗岩はマグマが地下深く(およそ5〜20 km深)でゆっくり冷えて固まった岩である。マグマというのは火山から出てくるドロドロした、あの液体である。つまり、現在の火山の地下では、今もマグマがゆっくり冷えて花崗岩ができているはずだ。実際多くの火山の地下にマグマが滞留している場所が見つかっている。火山には色々な種類があるが、花崗岩ができているのは雲仙普賢岳や昭和新山のような爆発的な噴火を起こす火山だとされている。
現在火山の下で生まれている花崗岩があるように、昔の火山の下で生まれた花崗岩もある。ごく最近できた若い花崗岩がある一方で、恐竜が闊歩していた時代や、そもそも多細胞生物すらいない太古にできた非常に古い花崗岩もある。日本には様々な年齢の花崗岩があるが、人間と同じように、花崗岩にもある種の「団塊の世代」が存在する。
日本の花崗岩の約80%が9,000万〜7,000万歳
日本の団塊の世代と同じように、花崗岩には2つの世代がある。一つ目は現在約1,500万歳の世代。いきなり数字の桁が大きすぎて面食らってしまうが、これでも花崗岩の中では比較的若い世代だ。国内の有名な岩場でいえば、小川山(長野)、瑞牆(山梨)、熊野(三重)、大堂海岸(高知)、大崩山(宮崎)、大隅(鹿児島)、屋久島(鹿児島)の花崗岩がこの世代に当たる。もう一つが約9000万歳世代。飛騨、木曽山脈(長野)、豊田(愛知)、御在所(三重)、王子が岳(岡山)、三倉山(広島)などがこの世代だ。実はこの世代には世界的に大物が多く、ヨセミテ、ジョシュアツリー、スコーミッシュ、パタゴニアなどもこの世代に属する(パタゴニアには1,500万歳世代もいる)。実は日本の花崗岩の約80%が9,000万〜7,000万歳とされている。人間界の団塊世代は戦後のベビーブームによるものだが、80%はいくらなんでも多すぎる。一体なぜこんなにも多くなってしまったのだろうか?
花崗岩の素となるマグマは岩が高温で溶けた物質だ。マグマはどんな場所でも発生するわけではなく、その発生には多くの場合水が必要になる。感覚には反するが、岩を溶かすには水が必要なのだ。しかし、地下深くのギチギチの環境には基本的に水は浸透してゆくことができない。水が地下に持ち込まれるには大規模な地殻変動が必要だ。
Takagi (2004)の図を引用改変。
9,000歳世代が生まれた白亜紀には、正に「地球スケール」の地殻変動が生じていたと考えられている。この変動は文字通り「地球スケール」で、地表から地下2,900kmのマントル全体が、風呂をかき混ぜるかのごとく大きな対流を起こしたと考えられている。海水は岩とともに対流に乗って地下に運ばれ、地下深くでマグマを発生させる。マグマは岩よりも軽いため、浮力で上昇し、周囲の岩を取り込みつつ最終的に火山から吹き出す。白亜紀には世界各地で巨大な火山が噴火していたと考えられており、ついにはその粉塵により地球が寒冷化に転じたとまで言われている。更に約6,000万年前には直径10 kmを超える隕石が降ってくる天変地異まで起きている。恐竜やアンモナイトが絶滅してしまうのも無理はないと思えてくる。太平洋沿岸で生じたこの大規模な地殻変動は「フレア・アップ」と呼ばれ、近年世界中の地質学者の注目を集めている。これは小テストには出ないので忘れていただいて構わない。
「岩は饒舌ではなく、堅物の頑固親父のように、付き合うには忍耐と集中力を要する」
地味で、わかりにくく、何を語らない石
ロッククライマーが普段夢中に攀じ登っている岩は、実は9000万年前に地球が大きくかき混ぜられたときの産物なのだと思うと、一見なんの変哲もない白黒の岩にもロマンを感じる。いや、ロマンと言うと大げさだが、なんだか面白いような気がしてくる。中学の時、「一体何が面白くてこんな岩の名前を覚えさせられているんだ」と感じた方も、山に行って岩を見た際には「これが地球がかき混ぜられた時の吹き出物かぁ」と思っていただけたら少しはその面白さが伝わるのではないかと思う。いや、きっとロッククライマーなら、僕が夢中になる気持ちを分かってくれるだろう。
上で雑に述べた物語は、人類が生まれるよりもはるか昔の出来事ゆえ、だれもその天変地異を直接見たことはない。実際は世界中の地質学者が何世代にもわたって地味な岩を徹底的に調べて、ようやくその概要が分かってきた。地質学者と聞くとインディージョーンズのようなコスチュームに身を包み、宝探しをしている様子を想像する方もいるのだが、その実、薄暗い研究室に籠って顕微鏡で岩を観察したり、小難しい機器をこねくり回している時間が殆どである。昨年、真鍋叔郎先生がノーベル賞を受賞するまで、地質学を含む地球科学はそもそもあまり脚光を浴びる機会すらなかった。しかし、僕はその何とも言えない地味さが好きなのだ。
現代は情報過多の時代で、どうしても分かりやすい物語に目が行きがちである。分かりやすさで殴りかかってくるようなコンテンツにあふれている。他方、岩を調べる地質学も、岩を登るロッククライミングも、正直地味で分かりにくいことは否めない。岩は饒舌ではなく、堅物の頑固親父のように、付き合うには忍耐と集中力を要する。それを登らない限り、調べない限り、それはただの無機質な物質だ。そこにかすかに見える道筋を辿るのがロッククライマーの、地質学者の営みなのだと僕は思う。最近は僕も涙もろくなり、感動を誘うようなコンテンツに誘われてしまうようになったのだが、やはり、地味で、分かりにくく、何も語らない岩が、たまにこっそり教えてくれる物語にこそ魂を揺さぶられるのだ。