折り紙から宇宙の暮らしを想像する
子どもの遊びから考える月面居住計画
- FEATURE
- 2022.3.4 FRI
折り紙の先に月面の暮らしがある、と言われたら何をイメージするでしょうか。紙ひこうきで飛ぶわけでも、折鶴ややっこさんが宇宙船になるわけでもありません。
折り紙の折り方による様々な特徴や機能、構造の違いを工学的に応用していく折り工学という分野が、最近になって盛んに研究されています。様々な折りの中でも小さく折り畳んだものを持ち運び大きく広げることができる「折り」は、運搬と設置が課題である宇宙建築にとって様々な可能性を秘めているそう。
折りで宇宙建築を実現すべく研究、開発を続ける株式会社OUTSENSEが考える、折りで実現する宇宙生活。
背景には着陸船「オリオン」とルナ・ローバーが見える。(NASA Images より)
2025年以降に有人月面着陸を目指し、2028年までに月面基地の建設開始を目指すNASAのプロジェクト「アルテミス計画」
子どもが遊ぶ折り紙の先に宇宙がある
重力は地球の6分の1、大気はほとんど存在しない月。1969年にアポロ11号で人間が月に降り立ってから50年を超えました。2025年以降に有人月面着陸を目指し(計画当初は2024年)、2028年までに月面基地の建設開始を目指すNASAのプロジェクト「アルテミス計画」によって、人類が月面に降り立つだけでなく、物資を運び、拠点を建設して持続的な活動を行っていくことが目標に掲げられています。
アルテミス計画実現に向けて開発が進むいま、現実的な月面居住の手段が様々に検討されています。その中のひとつに、子どもたちが大好きな「折り紙」が関係しています。折り紙の考え方、技術を応用した「折り工学/構造」が使われているのです。折り紙構造は、平らな紙から立体物をつくるように、「平面(2次元)を立体(3次元)に展開する構造物」のこと。つまり、子どもが遊ぶ折り紙の先には、宇宙があるということ。
といってもただの折り紙とは少し違います。
たとえばかつてNASAに勤務していた宇宙構造物の研究、設計者であった三浦公亮が開発した「ミウラ折り」と呼ばれる折り方。
ミウラ折りは対角を引っ張ると力を入れずに一気に展開することができます。展開、収納の簡単さ、繰り返し使える強度に優れた「ミウラ折り」は、宇宙空間の太陽光パネルとしても採用されています。地図やフェスなどのイベントMAPで見たことがあるかもしれません。
移動しながら使う地図もそうですが、ちょっとした物を運ぶのにも大きなコストがかかる宇宙では、運搬と展開、収納のエネルギー効率を最大限高めなくてはいけません。「折り」はそうした時に、最適な方法と期待されているのです。
この折り紙の構造を使った月面居住を考え、実装に向けて日々研究を続けているのが株式会社OUTSENSE。”宇宙で暮らすを実現する”ための学生建築団体TNL出身のメンバーが立ち上げた、折り工学を専門とする研究、開発チームです。創業メンバーのひとりでCOOの堀井柊我さんに、いくつかの折り方を見せていただきながら、折り紙 meets 宇宙について話を伺いました。
氷結で使われている「吉村パターン」
「ミウラ折り」から「ソガメ折り」へ
OUTSENSEは、月面居住をはじめ宇宙時代に向けた折り技術によるプロダクト開発を手掛ける「宇宙事業」と、宇宙事業での知見を生かし、地上での輸送性、生産性に優れたプロダクトを開発する「地球事業」を行っているとのこと。
宇宙建築を志す学生団体TNLに所属していたメンバーが起業した会社ですが、TNLメンバーと折り工学との出会いは、TNLの顧問であり、日本で唯一宇宙建築を専門的に研究している東海大学十亀昭人(ソガメ・アキト)准教授によってでした。
「十亀先生は、ミウラ折りを改良して、自身の名前の付けたソガメ折りを開発しています。ソガメ折りは宇宙ゴミであるデブリをキャッチして回収するシールドのための研究だったのですが、それを居住施設に応用することができるんじゃないかと僕らが十亀先生のところに飛び込んだんです」
先述した「アルテミス計画」以来宇宙事業へのリアリティが増し、宇宙旅行をはじめコロニーや惑星居住などいろいろな可能性が実現に向けて研究されています。
そうした可能性を検討されている「折り」は、そもそも折り紙以外どんなところで使われているのでしょう。
「日常的なところでは、お酒の氷結で使われている”吉村パターン”は知っている方も多いと思います。他にもダンボールのハニカム構造にも使われていますし、強度と素材、コストの関係を追求した先の可能性として選択されています。」
「NASAの太陽光パネルとして使われているミウラ折り以外にも、ソーラーセイル(太陽帆)と呼ばれる太陽光の圧力で進むJAXAのイカロス(https://twitter.com/ikaroskun)の帆にも折り構造が使われています。帆は“ポリイミド樹脂”という非常に頑丈な素材なのですが、厚さは7・5マイクロメートルしかないんです(髪の毛の太さが約100マイクロメートル)。それを展開するために、円柱に巻きつける形で正方形が丸まっていく折り方がなされています。」
何が起こるかわからない宇宙で安定した挙動がとれることや様々な素材が検討できるということに、何より折りの優位性がある
宇宙に最適なのは、風船か折り紙か
宇宙でこうした膜状のものを展開する際に、毎回同じように安定して展開できて、折って戻すことも可能な折り構造は非常に便利。
一方で折り以外にも宇宙建築や宇宙構造物の方法として検討されているのもあるのでしょうか。
「小さく持っていって大きくする展開構造物で比較されるのが、『インフレータブル』という空気を入れてふくらませる風船のようなものがあります。」
浮き輪やカヌーなど空気でふくらませるもの全般をインフレータブルと言いますが、建築や構造物では、東日本大震災支援のために作られ、六本木の東京ミッドタウンでも使われた建築家の磯崎新とアーティストのアニッシュ・カプーアによる移動式コンサートホール「Ark Nova(アーク・ノヴァ)」もそのひとつ。
大きな重機で吊ったりと大変そうです。
「インフレータブルは空気でふくらませる分、宇宙空間で安定した挙動をとるのが難しくて。折りは、一方向に力を加えると想定していた理想の形になります。ミウラ折りも対角斜め方向に開くことによって展開するわけですが、対角斜め方向に開く力だけで、XY方向に対して両方開くことができるのが折り構造のすごいところ。XY方向に広げるのを空気で実現するとなるとかなり難しい。インフレータブルよりもコストはかかるかもしれませんが、何が起こるかわからない宇宙で安定した挙動がとれることや様々な素材が検討できるということに、何より折りの優位性があると思っています。」
インフレータブルは実際、現在ISSでモジュールのひとつとして使われています。折り構造よりも現時点で実現性が高いと言えるかもしれませんが、一方で宇宙ではものすごく大事な存在である空気の運搬という問題もあるそうです。
「折り構造は部品が多くなるというデメリットがありますが、一方でインフレータブルも空気を入れた大きなタンクが必要になります。どっちもどっちでどっこいどっこいなところもある。ならばリスクの低い展開構造物でいこうという方向で進むこともあります。」
spaceX社が製造中の巨大なロケットに入れられる大きさと形で八角形のものを想定
月面住宅はこうなる
OUTSENSEがアルテミス計画をテーマに、折り構造を使った月面居住プランを計画。そのイメージがこのCGです。大きなドーム型の建物を中心に、いくつかの施設が隣接しています。
「数人の研究者が行く未来を想定して、彼らが展開構造物の中に住んだら、どういう間取りや居住環境、施設の発展性が考えられるかを考えています。放射線や真空状態など月面環境に対して折りを使った展開構造物をどう適応させていくかを検討しています。」
ここで使われている折りは、「イシマツ折り」というソガメ折りを独自に発展させたOUTSENSEだけの折り構造です。
「イシマツ折りは、弊社CTOの石松の名前から取っています。ドーム型の内部には八角形のモジュールが入っていて、ドームの左には6メートル直径の六角形のモジュールがあります。今spaceX社が製造中の巨大なロケットに入れられる大きさと形で八角形のものを想定しています。六角形のものは現行の小型ロケットにも入るモジュールです。」
イシマツ折りは折った状態から展開すると、たとえば「2m ☓ 3m」のものは「6m ☓ 6m」に展開されるそう。様々な展開効率が考えられるそうですが、イシマツ折りの特徴は高さ方向に大きくなること。住居など縦方向に長さが必要な時に意味が出てきます。
イシマツ折りで八角形の内部空間を作るとして、ドーム自体はどのようにつくっていくのでしょう。
「月面で取れる金属の材料を使った金属の3Dプリンターで現地生産することを想定しています。金属の3Dプリンターは最近盛んに研究開発されていて、近い未来には、月面の材料から金属だけ抽出して金属のプリンターとして出力できる技術が確立されているであろうと予想して考えました。居住施設は設備が必要なので、機械類など地球である程度作って持っていった方が効率がいいと考え、展開構造物の構造上必然的に生まれる真ん中のスペースをつかって、設備を積んでいこうとしています。設備類と一時施設になる居住施設を作って持っていき、それを守るように3Dプリンターで外枠を作るという形で恒久的な施設を作ろうという計画です。」
これまで宇宙に行った宇宙飛行士のなかに建築家はいませんし、映画でも宇宙建築家の役は見たことがありません。ということは、施工に建築的な専門知識を求められたら途端に難しくなってしまいます。つまり宇宙飛行士であれば誰でも作れるようになっていなければいけないということ。
「そうなんです。建築家として僕が行けるなら行きたいんですが(笑)、任せられるようにできるかは大事です。最初の施工はもちろん、施設を維持管理していくコストをどれだけ減らせるかも、僕たち居住を考える人間に求められています。できるだけ現地の材料を使ってメンテナンスできたほうがいい。壁面には月の砂で作る“ルナ・コンクリート”を使ったり、展開構造物もフレームだけ持っていって、現地の3Dプリンターでパネルや膜のようなものを作ってはめ込めむという世界観も考えています。」
風船と折り紙で月面の居住環境をつくる
話を聞いていて、折り構造とパネルでは空気が漏れてしまうのではと少し心配になってしまいました。気密性はどうやって保てるのでしょうか。
「気密性についてはインフレータブルとのハイブリッドになるかなと思っています。ヒンジ部分はどうしても隙間が生じてしまうので、内側にインフレータブルで膜を張ることを考えています。空気で展開していく時、同時に折りの展開構造物が空気圧で展開していくようなものが一番理想かなと。インフレータブルと折りのデメリットを互いに補完しあえる。インフレータブルは薄い膜なため、外部からの物理的な攻撃に弱くて隕石などが当たればすぐに破けてしまいます。そこに折りのハードな展開構造物で守れたらいいなと。」
インフレータブルはつまり風船。風船と折り紙で月面の居住環境をつくるなんてとても不思議に聞こえますが、すごくワクワクもします。畳んだ折り紙の構造に風船を入れて膨らまし、そのまま紙が展開して立ち上がれば、OUTSENSEがイメージするような宇宙の家を想像できるかもしれません。
潰してみてから考える
ちなみに、
新しい折り方を考える時、どうやって考えていくのか不思議に思い聞いてみると。
「まずは潰してみます」とのこと。
「ある形を折りたたみたいと思った時、元々の形状を実際に潰してみると、必ず折り目(皺)が入ります。例えば1枚の筒状の紙をピシャッと潰しても、折り皺がたくさん入って潰れると思うんですが、何度か試して一番きれいな折り目が入ったパターンをそのまま描き写して、幾何学的な模様にしてみると、意外にそのままきれいに折りのパターンになったりするんです。たとえば、理想的なかたちで真上から球を紙の円筒に落とすことができれば、かなりきれいな折り皺ができるはずなのでやってみてください。」
計算ではなく偶然できた形の美しさに驚き、そこにある秘密を解き明かしていく。子どもがハマる何気ない遊びの先に宇宙があることの不思議。折り紙を見る目も変わりそうです。