登山やアウトドアアクティビティでは、なぜ、レイヤリング(重ね着)が効果的なのでしょうか。気温が下がるこれからの季節は特に重要性を増す秋冬のレイヤリングについて、あらためて基本から振り返ってみましょう。
■レイヤリングとはなにか
「異なる機能の3枚を重ね着する」
レイヤリングとは「重ね着」のこと。肌寒い季節になると、上着や中間着を着たり脱いだりしながら、気温の変化に対応すると思います。普段は感覚的に行なっているこの重ね着を、意識的かつ、効果的にシステム化したのが、アウトドアウエアの「レイヤリング」です。
ポイントになるのは、機能の異なる3枚のウエアを”意識的に”重ね着すること。汗を処理するベースレイヤー(肌着)、体を保温するミッドレイヤー(中間着)、雨や風を防ぐアウターレイヤー(上着)という3つのレイヤーの機能を意識して組み合わせます。これが基本中の基本。
そのうえで、状況に応じてこれを補完するサブ的なレイヤーが加わる場合があります。
この基本システムを理解すれば、天候や気温、運動量の変化に応じた安全で快適なウエアリングが可能で、行動中の脱ぎ着も必要最小限に抑えることもできます。
また、ウエア開発の視点からいっても、アウトドアウエアは基本的にはこのレイヤリングシステムのセオリーに則ってデザインされています。したがって、レイヤリングの基本を意識することで各ウエアの機能の理解度も増し、必要に応じた適切なウエア選びにもつながります。
■レイヤリングの目的
「どんな条件下でも適切な体温を維持するために」
街着を選ぶときはスタイルやカラーが重視されるかもしれませんが、アウトドアウエアで最優先されるのは機能性です。体の動きを妨げない運動性、雨や風を防ぐプロテクション性、寒さから身を守る保温性、汗に対応する汗処理など多岐にわたります。
なかでも適切な体温を維持することはアウトドアウエアの基本的な機能です。
登山中は標高や時間帯、天候によって、体感温度は変化し続けます。肌寒い朝は厚着で歩き出したとしても、数分も歩けば体は暖まって上着を脱ぎたくなります。また、樹林帯を抜けて稜線に上がれば、今度は風を止める防風ジャケットが欲しくなるでしょう。
そこでレイヤリングシステムの出番です。たとえば、秋の登山ではミッドレイヤーで歩き出し、暑くなればベースレイヤー1枚になり、稜線で風があればアウターを着込む。保温をミッドレイヤー、防風をアウターレイヤーと役割を分担し、それぞれの組み合わせによって山行中のさまざまな気温変化に対応するわけです。
適切な温度を維持することに加え、レイヤリングにはもうひとつ大事な機能があります。それは汗をどう処理するかという点です。
人間は常に発汗しており、運動量の増加にしたがって発汗量も増えます。そのまま汗をかき続ければ、ウエアは濡れて体温を奪い、引いては危険な低体温症に陥ります。そこで、行動中の発汗に対する備えは重要です。実はレイヤリングを取り入れる一番の意味は、ここにあります。
次の項では、それぞれのレイヤーの役割を明確にすることで、保温と汗処理の機能性をみていきましょう。
■各レイヤーの役割
「汗処理・保温・プロテクション。役割の違いを理解する」
1st ベースレイヤー「汗処理」
素肌に着るのがベースレイヤーで、ファーストレイヤーという呼び方もあります。「ベース」「ファースト」という言葉からもわかる通り、レイヤリングの土台となるレイヤーです。
第一の役割は、汗を素早く吸収して肌面をドライに保つこと。吸収した汗は生地の表面に拡散するか、あるいはミッドレイヤーを通して乾燥を促します。
秋冬モデルは生地に厚みを持たせるなど保温性を高めていますが、基本的には汗処理能力にフォーカスしている点には変わりありません。
素材は、水分を吸収しやすく乾きやすい化学繊維のポリエステル素材か、天然素材のメリノウールの2つが主流。さらに両素材のメリットを生かしたハイブリッドや、ポリプロピレンや撥水加工を施した素材など肌面が疎水性を持つものも増えています。
ポリエステル素材の特徴は、速乾性、軽量性、耐久性と、コストパーフォーマンスの良さ。一方、メリノウールは湿気を含んでも保温性を維持し、肌に冷たさを感じないこと。さらに天然の抗菌防臭効果があります。
逆にアウトドア用ベースレイヤーとして適さないのは、コットンやレーヨンといった水分を吸収しやすく乾きにくい素材。汗を吸って濡れた素材は体を冷やし、不快なだけでなく、低体温症にも結び付く危険性もあり、登山やトレッキングには不向きです。
2nd ミドルレイヤー「保温」
フリースやダウン、化繊中綿などミドルレイヤーの種類は多岐にわたります。いずれも、ニットやロフトにデッドエアを溜め込み、それが体温で温まることで保温性を発揮します。
3つのレイヤーのなかで最もバリエーションが豊富なのがミドルレイヤーで、素材や仕様、スタイルの違いなどによって、コンディションや季節の違いに対応できるほか、体感温度や発汗量などに個人差があっても自分に合ったチョイスが十分に可能です。
この「保温」という点については、静的保温(スタティックインサレーション)と、動的保温(アクティブインサレーション)という2つの考え方があります。
「静的保温」は休憩時やテントサイト、山小屋などで過ごすときの、いわゆる防寒着で、ダウンや化繊中綿ジャケット、ハイロフトフリースなど保温性の高いものがこれに当たります。着て行動するには少々暑すぎる場合があり、移動中は主にバックパックのなかです。
一方、「動的保温」は行動中に着用するもので、適度な保温性と通気性を両立させることで、汗や熱気の抜けを実現。着ただけで暖かいというウエアではありませんが、行動がともなうことによって保温性を発揮し、暑くもなく、寒くもないという適切な温度帯を維持します。ベースレイヤーが吸収した汗を受け継ぎ、拡散させて乾燥を促すのも、アクティブインサレーションの役割です。
また、表面に薄手のナイロン素材を貼ることで、多少の防風性を持たせたものは、冬山登山やバックカントリースキー&スノーボードなど、風が吹く条件下での登行に対応します。
3rd アウターレイヤー「防水・防風」
広義の意味でのアウターには厚手のダウンジャケットや中綿入りオーバージャケットなども含まれますが、登山など行動的なアウトドアアクティビティでは、「シェル」と呼ばれる中綿なしのジャケット&パンツを差します。シェルとは貝殻のことで、文字通り、「殻」によって雨や雪、風を遮断し、ウエア内を守る役割。
ナイロンやポリエステルを使った高密度素材で保温性ミッドレイヤーごと包み込むわけで、当然、着用することで保温力はアップしますが、あくまでもシェル自体には保温性は持たせず、防水透湿性と防風性に徹しています。そのぶん、軽量性と運動性能を追求しています。
素材はナイロンかポリエステルを表地(基布)に使った防水透湿素材。基布に貼り付けた極薄メンブレンの働きで、外からの水分をシャットアウトし、ウエア内の熱気と水蒸気を排出します。
防水透湿素材は構造によっていくつかの種類あり、秋冬時期の登山やアウトドアアクティビティによく使われるのが、3レイヤーと2レイヤー素材。メンブレンを保護する裏地を貼り付けた「表地+メンブレン+裏地」が3レイヤー(または3層)、裏地の代わりにライナーや中綿構造になった「表地+メンブレン+ライナー(中綿)」が2レイヤー(2層)。レインウエアや冬山用シェルには、軽量性と耐久性に優れた3レイヤーが採用されています。
また、防水透湿メンブレン自体にも数多くの種類があり、たとえば、GORE-TEX素材は防水性と防風性、耐久性に優れ、THE NORTH FACE独自のFUTURELIGHT素材は、通気性の良さと素材のしなやかさに特徴があるといったように、それぞれのメリットを生かした製品が開発されています。
防水透湿素材の透湿性には限界があるため、冬期でも気温が高かったり、運動強度が高い場合など発汗量が上回るときは、脱いだまま行動することが少なくありません。そのため、バックパックに収納したり、外付けしてもストレスにならないよう、軽量性やコンパクトに折りたためることも大事な要素です。
■サブ的レイヤー
「より細やかな設定で安全性と快適性をアップ」
0.5th 疎水性レイヤー「汗冷え対策」
水分を吸収も保持もしない疎水性素材のポロプロピレン(PP)製メッシュレイヤー。これをベースレイヤーの下に着込むことで、汗を吸収した生地と肌面との緩衝材として働き、多量の汗をかいても濡れた生地が肌に当たらないというもの。ベースレイヤーと肌面の間に着ることから「0.5レイヤー」とも呼ばれています。
PP素材以外にも、撥水加工を施したポリエステル素材や、肌面には疎水性素材、表面は吸汗速乾性に高いポリエステル生地を使ったダブルフェイス生地を使った製品もあります。
特に気温の低い中での、発汗量の多いアクティビティでの汗冷え対策としては非常に効果的で、アクティブな人には愛用者が多いウエアです。
4th オーバージャケット「シェルの外に着る保温着」
シェルを着たまま、その上に着用する化繊中綿インサレーションジャケットです。たとえば、冬期アルパインクライミングやアイスクライミングで欠かせない「ビレイジャケット」が代表的で、バックカントリースキー&スノーボードでも登りと滑りのモードチェンジ時や休憩時によく使われています。
ダウンジャケットを選ぶこともできますが、ダウンは湿気を含むとロフトを失って保温力が低下するため、湿気に強い化繊中綿インサレーションがお勧めです。
基本的には、行動中は薄手のミッドレイヤーや、汗抜けの良いアクティブインサレーションを選ぶことで発汗をできるだけ抑え、そのぶん、停止時に足りない保温力を、オーバージャケットで補うという考え方です。
■次回は「実践編」と題して、レイヤリングの実際を深掘りします。
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寺倉 力
CHIKARA TERAKURA
ライター+編集者。高校時代に登山に目覚め、大学時代は社会人山岳会でアルパインクライミングに没頭。現在、編集長としてバックカントリーフリーライドマガジン「Fall Line」を手がけつつ、フリーランスとして各メディアで活動中。登山誌「PEAKS」では10年以上人物インタビュー連載を続けている。
2021.10.20
WRITER : CHIKARA TERAKURA
PHOTOGRAPHER : -