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スポーツ界のジェンダーギャップについて考えよう。Vol.2:小野塚彩那 × 志村裕貴「大人も子どもも、ジェンダー視点を」
3月8日は国際女性デー。この機会に、スポーツ業界のジェンダー格差について考える企画を2回に渡ってお届けします。第一回は、ソチ五輪の女子スキーハーフパイプ銅メダリストで、2021年に第一子を出産後も現役(2018年にフリーライドに転向)として活躍する小野塚彩那さんと、競技トレイルランの選手として2019年アメリカ・コロラド州で開催された「OURAY100」で4位入賞、2022年Swiss Alps100では7位入賞を果たし、普段は現役の小学校教諭でもある志村裕貴さんが登場。ともに指導する立場でもある二人が、スポーツ業界のジェンダー平等の実現に向けて、学び続けることの大切さについて語り合いました。
小野塚:実は、私がスポーツ業界のジェンダー不平等について問題意識を持ち始めたのは、最近なんです。自分が母親になったことも大きいと思いますが、ニュースなどでもジェンダーという言葉を聞く機会が増え、自分でも学ぶ中で、確かにそうだな、と気づきました。それまでは、自分が小さな頃から過ごしてきた世界だということもあり、それが当たり前だと思っていたんですが、男女で賞金額が違うとか、女性の指導者が極端に少ないのは、女性にその力がないからじゃなくて、社会の構造がそうなっているからなんだと気づいたんです。
志村:僕も同じです。例えば子どもの頃から、スポーツ少年団の野球には女子は入れないというような不平等に対して、「そういうものだから」と無条件に受け入れさせられてきた。でも、自分が教育する立場になり、教育現場でもジェンダーについて研修を受ける機会も増え、当たり前だと思っていたことが実はそうじゃなかったんだ、と意識が変わりました。そうしてジェンダー視点で物事を見るようになると、「あ、ここにもジェンダーバイアスがある」というように、世の中にあるさまざまなジェンダー不平等に気づくことが増えたんです。
疑問を声に出すことの大切さ
小野塚:昨秋、自分が出場する大会のミーティングの席で、男女の賞金額が違う理由を主催者側に聞いたんです。すると、男性の方がエントリー数が多いから賞金額も自ずと多いんだ、という回答でした。確かに競技人口的にも男性の方が多いですが、納得がいかず、やっていることもリスクも同じなのだから再考して欲しいと伝えました。それまでは、声に出すこと自体、タブーというような雰囲気がありましたが、言っていいんだ、声に出さないといけないんだ、と思うようになりました。
志村:タブーということで言うと、教育現場って、そうした社会に蔓延るジェンダーバイアスを子どもたちに植え付けている最たる場所だと言えるかもしれません。世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数で、日本は世界116位(146カ国中)ですが、教育機会という視点ではほぼ男女平等。けれど、教育現場を見渡すと、校長先生は大抵男性だとか、理系の先生は男性が多くて文系は女性の先生、それに付随して子どもたちの進路も理系は男性、文系は女性というような偏りが多くあります。教科書にもバイアスがあって、登場人物は男性の方が圧倒的に多いんです。見直すべき点が多数ありますね。
小野塚:ジェンダー視点を得たことで、子どもたちへの接し方にも変化はありましたか?
子どもも大人も、皆で問題解決を
志村:明らかに変わったと思います。例えば以前よりも、自分の言葉を意識するようになりましたし、子どもたちから学ぼうとする意識も強くなりました。自分が何気なくかけてしまった言葉に対する子どもたちの反応により敏感になって、男性だから、女性だからとどこかで自分で線を引いていたことに気づいたんです。それはジェンダーという意味だけでなく、一人ひとり違う人間なのだからという気づきにも繋がりました。
小野塚:確かに先生って、すごくデリケートな仕事ですよね。私も昨年、地元の複数の小学校で特別授業を行ったのですが、先生たちの子どもたちの態度に明らかな変化を感じました。男女共通して児童を「さん付け」で呼んでいたり。
志村:そうですね。そんなふうに言葉を選ぶということも大切ですが、ジェンダー論について語るときには、教師である自分自身、学ぶ姿勢が本当に大事だと痛感します。子どもたちと開いた対話をしていくためには、先生たちにも変わるチャンスが必要で、研修などを通じて学び続けることが重要です。そして、子どもたちがジェンダーだけでなくさまざまな違いについて考える機会を作ること。そうして、大人も子どもも安心して間違いを自然と指摘し合ったり、みんなで問題解決していくことができる環境をつくっていくことが大事なのかなと思います。
小野塚:教育機関からSDGsについて話してください、と依頼いただくことがあるんですが、そういう時には、ジェンダー平等について取り上げることにしているんです。例えば食事の席で、男性の方が多く払ったりご馳走してあげるのはなぜだと思う? それは男女の賃金格差が背景にあるんだよ、というように、なるべく子どもにも身近な例を挙げる工夫をしています。あるいは、なぜ女性と男性のアスリートでは賞金に差があると思う? などというふうに、私自身の経験を話したり。そうすると、子どもたちは純粋なので「へえ!」とびっくりして、そういった不平等があることを全然知らなかった、と感想を寄せてくれる子も少なくありません。
スポーツ業界に女性指導者が少ない理由
志村:すごくわかります。実体験を話してあげること、そして、子どもたちが自分自身で考えることができる環境をつくることが重要だとぼくも思います。例えばぼくのクラスに前髪をすごく長く伸ばしている女の子がいて、ある日、あるクラスメイトの男の子がその子の前髪をバッとあげてからかったんです。その後3日間くらい彼女は学校に来なくなってしまいました。彼女自身、皆に自分の気持ちを知ってほしいということだったので、彼女が休んでいるとき、クラスみんなでなぜ嫌だったのか考えたんです。そうすると、子どもたちから本当にいろんな視点、意見が出てきて、みるみるうちに変わっていったんです。からかった子も彼女の気持ちに気づいて、「俺はひどいことしてしまった」と泣き始めて、放課後に自ら謝りに行ったらしいんです。次の日、二人とも登校しました。自分達で動いて、自分達で変わっていく。波紋が広がっていくように、子どもたちの意識が変わっていく姿を目の当たりにして、本当に嬉しかったですね。
小野塚:めちゃくちゃいい話! 涙が出ます。ちなみに志村さんは、男性の先生として、女の子たちと接するときに難しいと感じることはありますか?
志村:めちゃくちゃあります!
小野塚:そういう時はどう対処するんですか?
志村:例えば女の子たちがグループを作って、友達の取り合いみたいなことをするとしますよね。そういうことを、ああ、女子特有のあれね、で流すんじゃなく、自分自身の実感としてわからないこともたくさんあるということに自覚的でいたいんですね。あとは、僕1人でどうにかしようとしないことも大事だと思っていて。わからないことは女性の先生に聞いてみるとか、その子が心を開いているほかの先生に聞いてみるとか。男女の違いだけでなく人の数だけいろんな考えがあるので、その意味でも、チームで解決していくことを大切にしたいと思っています。小野塚さんは、女性の指導者が少ないことを問題提起されていますが、それによって困ったことはありましたか?
小野塚:私は幸い、男性の指導者にでもなんでも話せるタイプでしたし、そういうチームに恵まれてきたので困った経験はあまりないんですが、今、自分が指導する立場にもなって気づいたのは、私みたいなタイプばかりではないということと、チームの中に頼れる存在が少ないと感じている選手も少なからずいるということです。そんなふうに、女性のアスリートが心から頼れる女性の指導者が少ないことはやはり問題ですし、教える立場に女性が増えれば、もっとチームは強くなれるのかもしれないと思うこともあります。でも、じゃあ私自身がその立場にフルでコミットできるかといえば、その時、自分の子どもの面倒は誰がみるんだっけ? という壁に直面するわけです。私の家族は協力的ではありますが、それでも、アスリートである自分と母親である自分とを両立するには、制約がとても多いと感じています。それは子育てだけではなく、介護といったこともあると思いますし、アスリートだけじゃなく働く女性たちの多くが共通して感じている問題。時短勤務にしても、結局それを選択せざるを得ないのは「お母さん」の方が多くて、社会の中でケアをする人=女性という考え方が根強くあるんですよね。だからスポーツ界においても女性の指導者が少ないんだと思います。
ジェンダー格差是正に欠かせないブランドの力
志村:なるほど。海外も同じような状況ですか?
小野塚:いえ、海外に視点を移すと、子どもを連れて大会や撮影に行く女性のアスリートも多いし、女性のコーチも普通に活躍していますね。ではなぜそれが可能なのかというと、ベビーシッターなどのサポート体制がしっかりしていることもあるし、社会通念的に、サポートし合って当たり前だという共通理解があるから。日本もそういうふうになっていけば、より女性のアスリートが活躍しやすく、また女性の指導者も増えていくんだろうと思います。先日、ある人に「スポンサー契約の中で『子どもを帯同してOK』というふうにしてもらったら?」と言われて、確かに言う権利はあるな、と思いました。でも、私を含め、子どもを帯同すると仕事に集中できない選手もいると思うので、さまざまな選択肢があるべき、とも感じています。加えて、子どもは母親だけがケアすべきというわけではないのに、一般的に、そういう感覚の人が男女ともにとても多い。たとえ選択肢はあっても女性が安心してそれを選択できなければ意味がないので、周囲の認識も変わっていく必要がありますよね。
志村:先ほどスポンサー契約の話が出ましたが、実際に女性のアスリートが働きやすくなる環境を積極的に用意しようというブランドや企業は増えつつあるのでしょうか?
小野塚:海外のブランドなどでは、例えば「妊娠や出産を理由に契約金を下げない」というような条項を契約に盛り込み、またそれを一般消費者に向けても宣言するところは増えてきました。でもその背景には、妊娠して活動ができないから契約金を下げる、といったことが過去に実際にあったからです。こうした問題に取り組みます、是正します、という姿勢を公に表明することが、ブランドの価値向上にも繋がっていると思いますし、スポーツ業界全体にもいい影響をもたらしているのは事実です。また、そうしたブランドの取り組みを知ることで、問題意識がより広く社会に伝わって、変化を促すきっかけにもなるんじゃないかと期待しています。
志村:そうですよね。これから競技の世界に入ってくる子どもたちをエンパワーするという意味でもそれは大切ですし、あと、やはり女性アスリートのロールモデルをたくさん子どもたちに見せてあげることも重要だと感じますね。例えばスキーのジャンプって長らく男性競技でしたが、ソチオリンピックから女性部門ができて、大活躍する女性選手が出てきましたよね。女子サッカーも同じで、少し前までは全然注目もされていなければプロとして食べていける選手なんてほとんどいなかった。そんなふうに、スポーツ業界は非常にバイナリーな世界だったんですよね。だからこそ、女性アスリートの活躍をどんどん伝えることが必要で、そうすれば、男女の分け隔てなく、より多くの子どもたちにスポーツの魅力を伝えられるんじゃなかと思います。
スポーツを「見る」人の視点を変える
小野塚:例えば東京オリンピックのスケボーがいい例で、ニュースなどで女子選手の活躍を知った女の子たちがどんどんスケボーをやり始めて、競技人口が一気に増えた。それだけメディアの力は大きいわけで、だからこそ、女性の選手たちの活躍を意識的にどんどん報じて欲しいし、報じ方にジェンダーギャップがあってはならないと心から思います。広告にしても、長らくスポーツの広告は男性選手がフィーチャーされることが多かったですが、最近、海外のスノボブランドの中には、広告に起用する女性選手の比率を40%まで上げると公言しているところも出てきて、女性選手の露出を増やしていこうという機運の高まりを感じます。それが業界の当たり前になっていけば、賞金や賃金におけるジェンダー格差も是正されていくんじゃないかと思います。
志村:トレイルランニングって、競技者のジェンダーだけでなく年齢も人種も関係なく、みんなで一斉にスタートするんです。もちろん最終的には、男女それぞれで順位が着くんですが、実際にぼくより早い女性選手はたくさんいます。僕自身、そういう観点からトレランを考えたことはあまりなかったんですが、そうしたトレランのリベラルさ、自由さに気づいてから、たとえば地元の人たちを対象にしたイベントなどでも意識的に話すようにしていると、聞いてくださった方々の意識がちょっと変わったかもしれないな、と感じられる瞬間があるんです。それは全体からすれば小さな変化かもしれないけれど、同じトレランを語るにしても、「平等」という視点を与えてあげることの価値を実感できた経験でした。そんなふうに、ちょっと見方を変えてみることを促す場を作っていくことも重要だと思います。
Editorial Direction & Text: Maya Nago
Photos: Yurie Nagashima
小野塚彩那
AYANA ONOZUKA
1988年、新潟県生まれ。2014年のソチオリンピックでスキー・フリースタイル女子ハーフパイプで銅メダルを獲得、17年世界選手権優勝。18年平昌オリンピック5位入賞後、フリーライドスキーに転向。2021年に女児を出産後も、ジャパン・フリーライド・オープン(21/22シーズン)で優勝するなど第一線で活躍。TNF ATHLETE PAGE
志村裕貴
HIROKI SHIMURA
1986年、山梨県生まれ。小学生の頃から山を走り始め、現在は地元山梨県で小学校教諭をしながら、競技としてのトレイルランニングを行う。2018年「HURT100」(ハワイ)で総合7位、19年「OURAY100」(アメリカ・コロラド州)で4位入賞。2020年、八ヶ岳往還FKTで30時間52分26秒の記録を樹立。TNF ATHLETE PAGE