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挫折をプロセス化することで道が拓ける──
科学者兼トレイルランナー・ケイトリンが挑戦し続けられる理由

2020年『トランスグランカナリア』で優勝、ワシントン州・マウントレーニアで行われる『ワンダーランド・トレイル95マイル』でのFKT樹立など、トレイルランナーとして世界を舞台に活躍しているKaytlyn Gerbin(ケイトリン・ガービン)。一方で、ケイトリンはワシントン大学で生物工学の博士号を取得するなど、科学者としての一面も持っている。 前半記事では女性のエンパワメントをテーマに話を聞いた。後半の本記事では、The North Faceとのコラボレーションを通じて起きた変化とは何か、ケイトリンにとって「冒険・探求」とは何かを聞いた。

The North Face(以下、TNF)とのコラボレーションによって、私生活、そしてアスリートライフのバランスについてどのような変化がありましたか?

TNFのアスリートになったのは、2020年からです。 コロナウィルスが広がり始める前は、新しい機会を探究するために1年くらい科学から離れて過ごすつもりでいました。男性中心社会であるSTEM(理数系の学問)分野で女性としてキャリアを持つのは、精神的にも体力的にも、非常にきついです。また、体の変化も年を重ねるごとに徐々に実感しはじめていて、そのうち家族を持つようになったり、いまみたいに速く走れなくなる時のことを考えるようになったりしました。だから1年間かけて様々なことを「リセット」をしようと年明けにはその準備をしていましたが、パンデミックの影響ですべてが変わってしまった。だから、今年(2020年)TNFと一緒に仕事ができたのは本当に幸運だったと感じています。特にVECTIVの発売に合わせて製品開発に深く携われたことが印象的でした。何度も実験を重ねてフィードバックのやりとりを行うのは、科学の研究と似たようなプロセスで楽しかったです。

実は、トレイルランニングチームには、スポーツ以外のキャリアを持っている(別の仕事をしている)選手が結構います。 私はまだTNFと関わるようになったまだ日が浅いですが、これからは研究の仕事を一旦休みつつ、アスリートとしてブランドに携わることを含め、TNFとより多くの活動に携わることも視野に入れています。私は大学や大学院を含めて、科学者になって10年ほどになりますが、アスリートとしてはまだ数年の経験しかありません。だからこそすべてが新しく感じられるし、いつもワクワクさせられています。この先どうなるか、本当に楽しみです。

サポートしてくれる仲間は、どのようにして見つけることができたのでしょうか?

私が以前勤めていた研究室は非常に厳しい環境で、ワークライフバランスもあまり良くなく、私生活について人に話す機会もありませんでした。当時私は、研究室の外では暗闇のなかでランニングをしたり、山に登ってレースをしたりと、別の生活を送っていました。だから、怖くて、かなり孤立していたと思います。

でもいまはまったく違う、健全な職場環境にいます。学問やキャリアを追求することは、特に女性として、本当に孤立しているように感じることもあります。私にとってランニングは、他にもたくさんの幸せなことがあることを思い出させてくれるし、自分を奮い立たせてくれるし、息抜きにもなる、本当に大切なものなのです。

どんな業界でも、常に仕事を最優先にして、献身的でなければならないと感じる人が多いと思います。しかし、「仕事とどう向き合うべきか」の解を画一的に決めつけるのは間違っているし、同じように感じている人はたくさんいると思います。

私生活を職場に持ち込むことのスティグマは、社会に強く存在していると思います。現在、ワークライフバランスを保ち、目標に向かって活動するためには何を大切にしていますか?“Listen to your body”(体の声に耳を傾ける)ためにどうしていますか?

私が自分自身に言い聞かせていることのひとつは、柔軟性と寛容さを持ってトレーニングに臨むことです。厳密なトレーニングスケジュールを組んでも、うまくいかないことはある。人生は忙しくなる時もあるから、いつもうまくいくとは限りません。

だから年間を通して、自分にとって本当に重要なレースを把握し、その前後に時間を確保するために仕事の締め切りをできるだけ調整します。大きなレースに向けたトレーニングの場合、数週間の回復とテーパリング(徐々にトレーニングの負荷を減らすこと)が必要です。数週間はとっても忙しくなりますが、大きなレースの後には仕事に追いつき、プロジェクトのために時間を割ける。職場でサポートをしてくれるような同僚には「今週は本当に忙しい一週間になりそうで、通常の勤務時間以外には時間がありません」と伝えることにしています。

また、本当にストレスの多い仕事がある週や、私生活で忙しい場合は、そのストレスを覚えておくようにもしています。トレーニング起因だけでなく、仕事で遅くまで起きていたからかもしれないし、緊張して心拍数が上がっていたからかもしれない。あらゆることが体に影響を与えていることを記憶しておくのです。ストレスで走る気力がなくなるとがっかりすることもありますが、人生で起きているすべてのことがトレーニングに影響を与えていることを意識するようにしています。

研究も長距離走も、どちらも「生産性」では測ることができず、自己のモチベーションと内なる原動力が必要です。 どのようにして目標を設定し、それを追求し続けることができるのでしょうか?

理系研究やランニングでは、小さな目標を設定することで最終的な結果にたどり着くので、全体のプロセスを理解し、尊重することが本当に重要です。しかし、その間には多くの失敗もある。理系研究では実験を設計し、失敗することで学びます。トレーニングやランニング、レースでも同じ。すべてのランが完璧になるわけではないことを忘れず、そして、自分に合ったパターンを探して続けるようにしています。

挫折はつきものだし、前に進む道は決して一直線ではない。しかし、それが起こることを期待して、それをプロセスの一部とすることで、小さなステップや挫折があったとしても、大きな目標に到達するのが少しだけ楽になるのです。

トレイルランニングにおけるアスリートとしてのいまの目標、そして研究者としての研究における目標を教えてください。

アスリートとしてのキャリアと、科学者としてのキャリア、それぞれのバランスを考えているところです。2020年は大きな国際レースに出走する計画の多くがキャンセルされてしまったので、いまはまだ柔軟性を持って環境に適応し、物事がどのように変化していくかを見極めようとしています。

アスリートとしてのキャリアはまだ比較的短いので、チャンスが来たらイエスと言って、自分がどこまで行けるか見極めたいですね。日本で開催されるULTRA-TRAIL Mt.FUJI(以下UTMF)はとっても楽しみにしていたレースのひとつでしたし、私にとって夢のようなレースです。昨夏の目標のひとつは、レーニア山を一周するワンダーランド・トレイルと呼ばれるコースを走ることでした。美しく完璧な火山の周りを回るもので、UTMFを思い起こさせるコースだからです。

これからどんなバランスを選択するにせよ、研究もランニングも、どちらも私の冒険心・探究心を満たしてくれる存在です。何が起こるかわからない未知の世界に足を踏み入れ、結果を受け入れること。これからもそのプロセスを楽しんでいきたいと思います。

あなたにとって、冒険・探求とは何でしょうか?そして、チャンスを掴むために挑戦し続ける原動力はどこから来るのでしょうか?

「チャンスを得る」ことに関しては当然、経済的、社会的な障壁などさまざまな要因があるので、十人十色だと思います。私の場合は、家族のコネクションで進学や就職ができるような立場ではなく、自らチャンスを探しに行かなければならなかったし、時にはやりたくないことも我慢して受け入れました。大学院に進学したのは家族の中で私が初めて。父は大学に進学していませんでしたし、親戚の中で大学院の学位を持っているのは私だけです。家族全員が弁護士や医者で、それが当たり前のような家庭ではありませんでした。

私は、機会を得るためには、目標に対して意欲的かつ献身的であり続け、自分にとってのセーフゾーンから踏み出して機会を「要求」することがとても重要だと思います。 これは科学やランニングの世界で学んだことですが、自分から要求しなければ、基本的には何も起こりません。何もしないで昇進させてくれる人はいないし、スポンサーになってくれる人もいません。「要求」をすることは簡単ではありませんが、その結果としてチャンスが巡ってきたときには、それを最大限活用して、たとえ少し怖くてもイエスと答えること。それが、私にとっての冒険です。

新しいことや難しいことに挑戦することは、道を切り拓くために重要です。 似たような境遇の人や次世代の人々に対して、周りから「できない」と思われていたことを成し遂げることによって、どのような可能性があるのか示したり、インスピレーションを与えたりすることができるのです。

ケイトリン・ガービン
KAYTLYN GERBIN

トレイルランナーとして数々のレースに出場。トレイルランの世界大会で10位ランクインをはじめ、国内外で数々の優勝経験を誇る。一方で、ケイトリンはバイオエンジニアリングの博士号を保有。シアトルにある「アレン細胞研究所」にて心臓細胞を研究するバイオエンジニアでもある。TNF ATHLETE PAGE

ケイトリン・ガービン / KAYTLYN GERBIN

text by Daniel Takeda, edit by Ryutaro Ishihara

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