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プロスキーヤーが自給自足キャンプで訴える、
循環する自然の営みとグリーンシーズンの挑戦

プロスキーヤーとして国内外のさまざまなフィールドでアグレッシブなライディングを見せる一方、スタンドアップパドルボードのブランド運営、スキー・スノーボードブランド「VECTOR GLIDE」のマーケティングマネージャー、さらにはアウトドアアクティビティのツアーの企画・運営を行う「nozawa green field」の代表と、多彩な活躍を見せる河野健児。昨年には新たに「LIFE FARMING CAMP」と名付けた、水と山をテーマに掲げた自給自足キャンプをスタートした。アスリートとして世界を転戦するなかで培った視野とアイデアで挑む、新たな挑戦とは。

昨年スタートした「LIFE FARMING CAMP」はどんなものですか? 始めた経緯を教えて下さい。

スキーに際して雪山でキャンプをすることもあるので、もともとキャンプというカルチャーは身近にありました。キャンプとはつまり屋外での食住であり、火を熾す、薪や食料を調達する、快適な住空間を設営する……「生きる力」を問われるコンテンツだと思っています。「生きる力」に注目してこれを紐解くことで、いままでになかった新しいキャンプのあり方を提案できるのではないか。そう考え、「nozawa green field」を舞台にした「LIFE FARMING CAMP」をスタートしました。

開催する時期によってコンテンツの内容は変わりますが、イベントの柱として通年で行うのはブナの森の散策です。また、「野沢菜発祥の地」とされる健命寺のご住職にこのエリアの歴史や文化のお話をしていただきます。一方、アクティビティとして湧き水を汲みに行ったり、森の中で薪を集めて火を熾したり、畑で野菜を収穫したり。こうしたキャンプ体験を通して、野沢温泉村に古くから息づく自給自足的な暮らしの一端を体感してもらおうというものです。

「自給自足」というとハードルの高いものに感じるかもしれませんが、実はとてもシンプルでクリエイティブな行為。豊かな自然に恵まれた野沢温泉村では、自分たちが必要とするものを自分たちで調達することが当たり前のように行われてきました。僕自身、選手として大会に出るようになったころから、口にするものはなるべく自分たちの手で育てるようにしていましたから。昨年から電気も自給するようになり、自分でなにかを一から作り出すことの面白さをあらためて噛み締めています。

「LIFE FARMING CAMP」を通して伝えたいことはなんですか?

「野沢温泉村=スキー」のイメージを持つ方が多いと思いますが、実はグリーンシーズンにもたくさんの魅力が詰まっています。野沢温泉村は標高600〜1000mのエリアに位置する豪雪地帯で、冬に降り積もった雪は、春になると雪解け水としてブナの森の地下にしみこんで蓄えられ、豊かな森を育みながら、数十年後に温泉や湧き水として地表に現れます。この水は土中のミネラルを取り込んで川から海へと流れ込み、海の生態系をも支えています。

この自然のサイクルを体験できるのがグリーンシーズンの野沢温泉村です。僕たちの暮らしは森、川、海が織りなす大きな循環システムの、ごく一部に過ぎないということを感じてもらい、自然とともにある豊かな暮らしを考えるきっかけになればいいと考えています。

多くのアウトドアマンが気候変動を肌で感じ、それに対してアクションを起こしています。様々なメッセージを発するよりも、まずは自然のなかに連れ出して自然に触れるきっかけを作ること。それが自分の役割だと思っています。

「LIFE FARMING CAMP」における新たなチャレンジはなんですか?

今年から小学生を対象にした「LIFE FARMING CAMP for KIDS」を開催予定です。もともと野沢温泉を舞台にサマーキャンプを開きたいという思いがありましたし、自分たちが口にする野菜がどこからくるのか、畑ではどんな姿かたちをしているのか、それを知らない子どもたちが多いと感じていたからです。そこで子どもたち向けのコンテンツを作ることにしました。

運営しているTREE CAMPに訪れる子供達が畑で大興奮する姿をたくさん目にし、「生き方を耕す」というコンセプトを具現化できていると感じました。周りに大人が少ないことで、自分も子どもの気持ちを持ったまま、純粋にキャンプを楽しんでいます。僕も気持ちはいつまでも小学生のままですから、こういう大人もいるんだよということを子どもたちに見てもらうことにも意義があるのかな。

以前よりも一年を通しての活動が増えたということですが、自然やフィールドへの向き合い方はどう変わりましたか?

30代後半になったいまは価値観や考え方も全く変わったと感じます。20代は、競技者として冬にだけ焦点を当てた暮らしを送っていましたから。もちろんいまでもスキーをしに山に入るけれど、それはあくまでも季節のサイクルの一つに過ぎず、むしろ移ろう四季に合わせて自分の生活スタイルが形作られています。そうすると面白いもので、見えるものが変わってくるんですね。たとえば、遠くから山の色を見るだけで、そろそろあの辺りの山菜が良い時期だぞ」とわかる、とか。

ここ5、6年、THE NORTH FACEと一緒にウィンターアクティビティ以外の取り組みも積極的に行うようになり、スキーヤーという肩書を超え、アウトドアマンとして活動するようになったと感じます。そのおかげか、これまで交流のなかったジャンルの方々と出会うことができました。自分の視野が格段に広がり、それにより自分のアクションも変わってきました。

若い頃の目標は、そのシーズンにどういう成績を残すかというようなものでしたが、いまの目標はいつまでも自然に寄り添って豊かに生き続けること。豊かさとはなにか、自然にどう寄り添うのか。あいまいだからこそ、それに思いを馳せながら、日々、自然のなかに身を置き続けることが大事なのかな。それを続けることで誰かをインスパイアできたらいいなと思っています。

昨年、野沢温泉村の観光協会の会長に就任されました。河野さんが考える野沢温泉村のチャレンジについて教えて下さい。

「LIFE FARMING CAMP」は僕以外にオンライン農学校の「The CAMPus」の井本喜久さん、クリエイティブ・プロダクション「WATOWA」小松隆弘さん、東京から野沢温泉村に移住してきたアルペンスキーヤーの八尾良太郎さんの4人でスタートしたプロジェクト。現在、このメンバーでさまざまな地方が直面する問題を解決し、地域創生に取り組んでいきたいと考えています。

野沢温泉村が抱える課題は、グリーンシーズンの使い方にありました。1993年、野沢温泉村にはウィンターシーズンの4ヶ月だけでおよそ110万人が訪れました。冬だけで1年の収入を賄うこともできたように思います。冬季にツーリストが集中することで繁忙期の事業者の心の余裕もなくなることも考えられます。仮にそうなった場合、サービスの質の低下を招いてしまう可能性もあります。

そこでグリーンシーズンの魅力を打ち出すことで観光のピークを平準化できれば、一年を通じて余裕を持ってお客様にサービスを提供できるように思います。それがサービスの質の向上へと繋がりますし、地元の事業者のワークライフバランスも改善するように思います。

野沢温泉観光協会では、「ココロもカラダも豊かに健康に」という旅のあり方を提案しようという方向へ向かっています。これは新しいモノを作るのではなく、既存の資源を組み合わせ、心身ともに豊かになれる旅を提案するというものです。スキークロスの選手時代に、栄養、運動、休息の3本柱こそが心と身体の健康に寄与することを、身をもって実感しましたから、この3つの柱と野沢温泉の観光資源を組み合わせようと考えています。

例えば、運動はウィンターシーズンに代表されるスキー・スノーボード。グリーシーズンにはトレッキング、サイクリング、スタンドアップパドルボードや農作業。栄養は、グリーンシーズンにとれる山菜、野菜、お米、そして250年の歴史を持つ野沢温泉を代表する発酵食品の野沢菜。休息は、この地の良質な温泉を巡ってもらいます。こうやって例をあげると、グリーンシーズンのほうがより魅力的なコンテンツが揃っていると思いませんか? 「グリーンシーズンのチャレンジ」といいつつ、要は自分たちが冬にスキーをしたい一心でグリーンシーズンの取り組みを始めたのですけれどね(笑)。

僕のいとこで、スキークロスやハーフパイプの選手として活躍した上野雄大も村議会議員となり、「パワー・オブ・スポーツ」を掲げた村作りに取り組んでいます。自分たち世代が動き出して、村づくりの方向性も少しずつ変化してきていると感じています。

自分自身のチャレンジは何でしょうか?

僕たちは外からツーリストをお迎えする立場ですから、つまり「プロの遊び人」でなくてはならない。地域の人が誰よりも地域の資源で遊んでいなければ、どんなに魅力を発信したところで薄っぺらく聞こえてしまう。「プロの遊び人」として誰よりも豊富な知識と経験を備えているからこそ、説得力があり深度が増す。そこを大事にしていきたいと考えています。そう考えると、仕事、遊び、家庭のバランスを探ることがいちばんのチャレンジになるのかもしれません。

スタンドアップパドルボードのブランドを一緒に立ち上げた仲間が今年からEバイクを開発、発売しました。村内の観光施設でレンタルやEバイクツアーなども始まっているのですが、観光資源として活用するのはもちろん、野沢温泉村の生活の足としてEバイクを活用できないか、というのが僕のプランです。坂の多い地域なので村民の足は車やバイクが中心ですが、これがEバイクに変われば、エコビレッジとしての一面も出せるなという構想もあります。5年後、10年後を見据えて村民のモビリティの意識を変えていきたいと考えています。

長野県では小布施町が小水力開発事業に力を入れていることで知られていますが、僕たちも「LIFE FARMING CAMP」をきっかけに再生可能エネルギーの分野の方々ともおもしろい関係性を築きつつあります。個人的には村の電力自給率、食糧自給率を上げていけたら面白い展開になると期待しています。災害に強くなることはもちろん、いまある資源を最大限に活用するオフグリッドシティとしての魅力をアピールすることで、これまでとは違った観光の目玉が作れ、違ったジャンルの方が訪れてくれるようになるでしょう。

とにかく野沢温泉の豊かな自然に寄り添いながら、その恩恵を受け、仕事をし、遊び、日々の生活を送る。そうすることで今ある環境に対しての感謝の気持ちがより強くなる。それが次へのアクションのきっかけや原動力になるように思います。野沢温泉村の次のアクションを楽しみに見守っていてください。

河野 健児
KENJI KONO

長野県野沢温泉村出身のスキーヤー。スタンドアップパドルボード「PEAKS5」ファウンダー、「VECTOR GLIDE」マーケティングマネージャー、「nozawa green field」の代表。スキークロスの選手として世界を転戦し、選手引退後は地元を拠点にさまざまな活動に取り組む。昨年には野沢温泉観光協会会長に就任、新たな村づくりに挑んでいる。TNF ATHLETE PAGE
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河野 健児 / KENJI KONO
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