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ロング・ディスタンス・ハイキングがもたらすのは、トレイルを造り、守り、育てる意識。

THE NORTH FACEの2024SSシーズンテーマは「EXPLORATION OF CURIOSITY-好奇心の探求-」だ。クライマー、トレイルランナーからアーティストや研究者まで、好奇心が向かう先は人それぞれだが、人々が好奇心に突き動かされて何かを探究する素晴らしさを伝えようとしている。 このテーマを体現するアクティビティの一つとしてTHE NORTH FACEが注目するのが、大自然のなかを自分の足で歩き、まだ見ぬ自然や風景、人や文化と出合うロング・ディスタンス・ハイキングだ。2013年ごろから“次なるアウトドア・アクティビティ”として注目が高まっていたロング・ディスタンス・ハイキングだが、コロナ禍を経て再び、多くのハイカーが国内外のロングトレイルに熱い視線を注いでいる。アパラチアントレイル(以下、AT)をスルーハイクした経験をもつ、「NPO法人信越トレイルクラブ」の鈴木栄治さんと、パシフィッククレストトレイル(以下、PCT)ほか数々のロングトレイルを踏破している、トレイルカルチャー・ウェブマガジン『TRAILS』の利根川真幸さんとともに、ロング・ディスタンス・ハイキングの魅力をひも解いてみよう。

ロング・ディスタンス・ハイキングを日本に広めた、加藤則芳さんのこと

THE NORTH FACEを展開する株式会社ゴールドウインは、国立公園の持続可能な保護と利用の実現に向け「National Parks of Japan」というプロジェクトに取り組んでいます。この取り組みのパートナーである環境省が、近年長距離自然歩道の整備やPRに力を入れていること、また、アメリカ発祥のブランドとして、この地で産声を上げたロングトレイルにまつわるカルチャーにあらためて光をあてたいという思いがあり、THE NORTH FACEではあらためてロング・ディスタンス・ハイキングというアクティビティに向き合おうと考えています。ロングトレイルに魅せられたお二人は、すでにアメリカを代表するトレイルであるATとPCTをそれぞれ踏破されていますが、まずはロング・ディスタンス・ハイキングの魅力を教えてください。

鈴木 日本のロングトレイルを語るなら、このカルチャーを日本に紹介してくれた、作家の加藤則芳さんのお話から始めなくてはいけませんね。加藤さんは2005年におよそ半年をかけて14州にまたがる約3,500kmのATをスルーハイクされ、ロングトレイルに息づくカルチャーに魅了されました。その後、ロングトレイルや自然保護をテーマにした数々の著作を発表、代表作に『ジョン・ミューア・トレイルを行く-バックパッキング340キロ』、『メインの森をめざして-アパラチアン・トレイル3500キロを歩く』(ともに平凡社)などがあります。加藤さんの本に影響を受けてトレイルを歩くようになったというハイカーは少なくありません。

利根川 僕がまさにそうしたハイカーの1人です!加藤さんの本をきっかけに、ロングトレイルに興味を持つようになってPCT(約4300km)を歩きました。日本人で初めてPCTを歩いた日色健人さんも、『ジョン・ミューア・トレイルを行く-バックパッキング340キロ』を読んで歩いたんですよね。

鈴木 僕が考えるロング・ディスタンス・ハイキングの魅力は、長距離をスルーハイク(全行程を一度で歩き切る)することでトレイルのある地域全体を楽しむという、加藤さんが授けてくれた新しい旅の視点だと思っています。というのも、長距離を歩くとなると途中で食料や物資を補給するために里に降りる必要があります。里に降りることで地元の人たちとの交流が生まれるんですね。地元の人と出会い、その文化や風土に触れ、また山に戻る。ロングトレイルはいくつもの地域をまたいでいますから、それを幾度も繰り返す。このように、歩く旅を通じて自然と町をまるごと体感できることがロング・ディスタンス・ハイキングの醍醐味なんです。

利根川 「スルーハイクする」というとハードルが高いように感じるかもしれませんが、セクションごとのハイキングを積み重ねてもいいんです。要は、自分にフィットする歩き方を模索しながら長距離を楽しもうというのが、ロング・ディスタンス・ハイキングですから。(鈴木)栄治さんがおっしゃるように、地域の人や同じ目的を持つハイカー同士というような、人と人とのつながりが生まれるのもロング・ディスタンス・ハイキングのおもしろさですね。

もう一つ付け加えるなら、ロング・ディスタンス・ハイキングを語る際にはウィルダネスへの向き合い方も大切だと思っています。ウィルダネスの中を歩いて、泊まって、を繰り返すことで、ハイカー自身が自然の素晴らしさに気づき、自らトレイルを守ろうとする意識が芽生える。これも、ロング・ディスタンス・ハイキングに欠かせない要素ではないでしょうか。

長距離トレイルをスルーハイクした実感

お二人ともアメリカを代表する長距離トレイルを歩いたことで、これをライフワークになさっています。数千キロを歩いて旅するという経験はなかなか想像しづらいのですが、思い出に残るエピソードはありますか?

鈴木 ロングトレイルがある地域の住民はトレイルを誇りに思っていて、トレイルの維持・管理活動にも関わっています。自分たちが整備するトレイルを歩くハイカーに対してもリスペクトの気持ちを抱いてくれ、ハイカーを積極的にサポートしてくれるんです。僕がATを歩いたときのことですが、マサチューセッツ州のダルトンという町に差し掛かった時、マダニの感染症で寝込んでしまったんです。心配した町の人が大きな町の病院まで連れて行ってくれ、診察にも付き添ってくれました。こうしたサポートを、ハイカーは感謝の気持ちを込めて「トレイルマジック」、サポートしてくれる人を「トレイルエンジェル」と呼んでいます。ダルトンのトレイルエンジェルのサポートは、いちばんの思い出ですね。

半年後にATを無事、踏破したときに感じたのは、たくさんのトレイルエンジェルやハイカーほか、いろいろな人に助けてもらったな、という感謝の思いでした。今度は自分が恩返ししたいという気持ちが生まれ、日本で恩返しできる場所を探したら信越トレイルに行き当たった。トレイルがある飯山の里山の風景も、どこかATに似ていたんですね。じゃあ、このトレイルで恩返ししようと思って、今に至ります。

利根川 先ほどお話したように、僕は加藤さんの本を読んでロングトレイルを知りました。もともとアメリカ西海岸のカルチャーに憧れを抱いていたこともあり、その全てが詰め込まれているPCTを、30歳の節目の挑戦としてスルーハイクしようと思いました。3年の準備期間を設けてスタートしたんですが、仕事も辞めたし3年分の思いもあるし、なんとかスルーハイクしなきゃ、と気負ってしまったんでしょうね。いざ歩き始めてもなかなか自分のペースをつかめないし、怪我もするし、言葉は通じないしですっかり落ち込んでいたんです。そのとき、一緒にスタートしたアメリカ人ハイカーが、「なんも気にすんなって。オレたち同じハイカー同士じゃないか。言葉なんて関係ないよ。オレはお前の気持ちや思っていることは十分わかるぜ!」って声をかけてくれたんです。ああ、ハイカー同志のつながりが生まれるってこういうことなんだって腑に落ちて、それですごく気が楽になりました。

以降は存分にアメリカのウィルダネスに浸り、そのダイナミズムに触れました。この旅で得られた自然への敬意や、人と人のつながりがもたらすものへの感謝をたくさんの人に伝えられたらいいなと思い、国内でいち早くロング・ディスタンス・ハイキングのカルチャーを発信していた『TRAILS』に加わることになったんです。

数十年先の維持管理を見据えて組織された、信越トレイル

そんなお二人の接点が信越トレイルなんですね。前述の加藤さんが構想段階から参画し、トレイルの理念や維持・管理の仕組みづくりに携わった信越トレイルは、日本のロングトレイルの原型を築いたと言われています。『TRAILS』は信越トレイルとどのような関わりをしているのでしょう?

利根川 2013年からハイキングとトレイル整備、地域の魅力を体験できるコンテンツで構成したツアーを、三鷹にあるアウトドア・ショップ「ハイカーズ・デポ」と共同開催で実施しています。始めた理由はとてもシンプルで、「自分たちが遊ぶ場所を自分たちで守っていこう」という、アメリカのロングトレイルに根づく精神を日本にも普及させたいと思ったからです。今でこそトレイル整備は一般的になっていますが、当時はハイカーがトレイル整備に協力するという仕組みはまったくありませんでした。これを広めたきっかけは信越トレイルだったと思います。

鈴木 歩き、整備し、地域の人と交流して、トレイルも含めたその地域の魅力に触れることがロングトレイルの素晴らしさだと考えており、それらを網羅するツアー内容になっていますね。そこはやっぱり、加藤さんが大切にされた理念ですから。

地域の人が作る、ボランティアが維持する」を形にするために「NPO法人信越トレイルクラブ」という組織を作って維持管理制度を整えてきたんですね。

鈴木 長野県と新潟県をまたぐ信越トレイルでは、トレイルに関係する両県と各市町村、上越森林管理署、北信森林管理署、両県の観光協会、NPO……トレイルに関係する団体同士でトレイルの維持管理、およびそれに関する情報共有や議論を行なっています。広域に広がる関係者をつなぐ組織が、僕が所属する「NPO法人信越トレイルクラブ」です。県や市町村という垣根を横断し、みんなで手を組んで維持管理をしていくという作り方は、日本のロングトレイルのロールモデルとなることを目指して整備されてきたものです。このように、民間の組織だからこそ持続的な運営ができているわけですが、一方で地元の整備ボランティア、ガイドさん、宿泊施設……トレイルに関わる人や地域全体の高齢化という問題を抱えています。地域というのはトレイルを支える屋台骨ですが、高齢化は国全体の課題でもあり、いますぐどうにかできるものでもありません。

整備に関する人材や資金の確保も課題です。2019年にはトレイル整備協力金というシステムを導入し、遠方で整備に来られない方でもなにかしらの形でトレイルに関わってもらえるような形を作りました。協力金を支払ってもらうと小さいタグを差し上げているのですが、それをつけたハイカーが全国のトレイルや山域を歩いてくれているようです。

利根川 一過性の補助金だけに依存しない維持管理のシステムをいち早く取り入れた功績は大きいですよね。補助金だけに頼ってしまうと、数十年という長期的な視点での維持管理の持続可能性が下がってしまいますよね。作って終わり、になりかねません。これは全国のトレイルづくりの参考になるのではないでしょうか。信越トレイルの開通前には、ここに関わるスタッフがATを訪れ、ロングトレイルを継続して整備するための理念や方法を学んできたといいますが、そこにも加藤さんの信念が息づいていると感じます。 鈴木 整備の仕方についても、機械を使わずに人の手でできる範囲の整備に限定しているんです。ウィルダネスを守るということが根底にあるので。

利根川 体験してもらえるとわかると思いますが、トレイル整備って「辛いけど意義がある行為」みたいなことではなく、普通に楽しめるコンテンツなんですよ。自分たちで整備するとトレイルに対する愛着も生まれますし、そこを誰かが歩いてくれると誇らしい気持ちになります。ですから、ツアーでも「自分たちの歩く道を自分たちで整備したら楽しいよね」ってところをアピールしています。

鈴木 信越トレイルが開通する以前から整備のサポートをしてくれているTHE NORTH FACEも、そういうところに賛同してくれているのだと思います。キッズ向けプログラムとして信越トレイルツアーを実施したり、ゴールドウインの社員研修にトレイル整備を取り入れたり、「信越トレイルクラブ」の法人会員として協賛いただきながらさまざまな形で関わってくれています。

成熟したロング・ディスタンス・ハイキングのカルチャーのために

開通から十数年が経過して、信越トレイルが抱える課題はなんですか?また、これからのロング・ディスタンス・ハイキングはどうなると考えていますか?

鈴木 開通から十数年を経て、道が荒廃してきているという問題はあります。登山道整備のシンポジウムも開催していますし、ATと提携を結んで技術面の情報交換も進めています。登山道を適切に維持していく方法については、今後、少しずつ積み重ねていきたいと考えています。
利根川 信越トレイルがモデルとしたATは何十年という長い時間をかけてロングトレイルとして成熟してきました。長い歴史のなかでは、ブームになったり注目度が下がったりという浮き沈みもあったはずです。大切なのは、注目度が下がった時も変わらずに維持管理を続け、トレイルを支える仕組みやカルチャーを次世代につないでいくことではないでしょうか。

信越トレイルが全線開通した数年後、日本でもロングトレイルがブームとなり、たとえば『日経トレンディ』の「2013年ヒット予測ランキング1位」にはロングトレイルが選ばれ、全国各地のトレイルが紹介されました。それから10年を経た現在、当時造られたトレイルの中には、すでに閉鎖されたトレイルや情報提供が途絶えているトレイルも存在します。この10年で起きたことは今後10年でも起き得ますよね?ですからこの火を消さないよう、「ロングトレイルを歩く」というアクティビティの紹介だけではなく、ハイカーが歩くこと、整備すること、地域の人と関わることはもちろん、トレイルの成り立ち、管理運営団体の理念や取り組み、ボランティアの存在も含めて、トレイルにまつわる全てを一つのストーリーとして描くことで、ロングトレイルの意義が伝わるような発信に努めたいですね。それがメディアとしての『TRAILS』の課題だと考えています。

『TRAILS』では、各地のトレイルの現状や課題について興味をもってもらえるようなコンテンツの発信を心がけています。ロングトレイルがただのブームで終わったら嫌なので、このカルチャーが一過性となって消費されてしまわないよう、その背景を丁寧に伝えることに気を配っています。

国土のほとんどを山地が占める日本ではロングトレイルは発達しづらいと考えられていました。そのなかでも日本らしいスタイルのロングトレイルが生まれ、ここから日本流のロング・ディスタンス・ハイキングカルチャーが醸成されていくことを期待しています。

利根川 加藤さんは信越トレイルを語る際、「壮大な信越トレイルの夢」とおっしゃっていました。信越トレイルが拓かれたのは長野県と新潟県の県境の一部である関田山脈ですが、2県の県境沿いにさらに延伸する計画があり、加藤さんはこれをもって「壮大」と表現していたんです。『TRAILS』としてはその夢に伴走したいという思いがありますので、今後も信越トレイルとさまざまな試みを続けていきます。

鈴木 2021年、長野駅から妙高・笹ヶ峰を経て斑尾山頂を結ぶ「あまとみトレイル」86kmが開通しました。斑尾山頂で信越トレイルと接続しますが、合わせると200km近いロングトレイルになります。「あまとみトレイル」は環境省と地域の方々によって造られたトレイルで、現在、小谷・糸魚川方面の延伸を計画しており、今後、「あまとみトレイル」と一緒に加藤さんの夢の実現に向かっていきたいと考えています。冒頭にロング・ディスタンス・ハイキングの魅力についてお話ししましたが、ロングトレイルは長ければ長いほど、たくさんの地域がつながればつながるほど魅力的なんですね。ですからトレイルの延伸は僕たちのロマンであり、目標であり続けています。

利根川 このカルチャーを次の世代に継承するためには、ハイカー側のウィルダネスへの意識の向上も必要ですよね。もともと自然をフィールドにハイキングや登山をしていた人にとってあたりまえのこと、たとえばし尿の適切な処理、ごみの持ち帰り、洗剤や石鹸を使わないという「Leave No Trace」(※)などについても丁寧に発信し、これからトレイルを歩くというハイカーに対して、マナーやモラルの啓発も続けていきたいと思っています。

※Leave No Trace:環境に与えるインパクトを最小限にして、アウトドアを楽しむための環境倫理プログラム。1960年代、アウトドアレクリエーションによる深刻な自然破壊から、アメリカ・連邦森林局で生まれた「ミニマムインパクト」の概念が原点になっている。1999年に発表された「LNT7原則」は「事前の計画と準備」「影響の少ない場所での活動」「ごみの適切な処理」「見たものはそのままに」「最小限の焚き火の影響」「野生動物の尊重」「他のビジターへの配慮」というもので誰でも実践できる内容になっている。THE NORTH FACEを展開する株式会社ゴールドウインは「Leave No Trace」のシルバーパートナーとしてこれに取り組んでおり、信越トレイルも「LNT7原則」を基にしたトレイルの利用と保全を進めている。

すずき・えいじ
鈴木栄治

静岡県出身。2016年、妻とともにアパラチアントレイルをスルーハイク。帰国後、2017年から「NPO法人信越トレイルクラブ」に参画、長野県飯山市へ移住を果たす。トレイルネームはTurnip。

すずき・えいじ / 鈴木栄治

とねがわ・まさゆき
利根川真幸

2012年、加藤則芳さんの著書をきっかけにロングトレイルに興味を抱き、3年の準備期間を経て、2015年にパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)をスルーハイク。帰国後も信越トレイルをはじめさまざまな国内トレイルを歩き、2023年にはコロラド・トレイル(CT)をスルーハイクする。同年11月にTRAILSにジョインし、TRAILS INNOVATION GARAGEの店長に。トレイルネームはTony。

とねがわ・まさゆき / 利根川真幸

Text:Ryoko Kuraishi
Photo:NPO法人信越トレイルクラブ、トレイルカルチャー・ウェブマガジン「Trails 」

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