ON THE EDGE
アスリート、ガイド、フォトグラファー。
3つの顔を持つ男が一貫して探求する、最高のコンディション
国内有数のスノーエリア、白馬を拠点とする布施智基。バックカントリーでのスノーボーディングはもちろん、夏場にはマウンテンバイク、渓流に分け入ってのフライフィッシングなどこの地におけるアウトドアアクティビティを熟知した遊びの達人だ。物静かな布施だが、美しい自然が見せる一瞬の喜びを語る時には、その口元が綻び、ひととき多弁になる。白馬でアウトドアガイドとして活躍する布施に、彼のアウトドアマインドを育んだアメリカでの原体験、白馬という地の魅力、そしてガイドとしての喜びについて訊いた。
アメリカで触れたフリースタイル
10代でアメリカでのスキー留学をされていますが、すでにその頃からスポーツが身近にあったのですか。
両親の影響もあって、幼い頃からスキーをやっていました。おばあちゃんに連れられて行ったことが記憶に残っています。祖母は60を過ぎてからスキーにハマり、そのうち僕はスキースクールに入って、レースもするようになりました。上達して、レースで結果が出るのが楽しかった。それで自分を試したいという思いが生まれて、海外へ出て行ったんです。アメリカのモンタナ州でした。
実際に行ってみて、カルチャーショックなどは感じましたか。
滑るスキー場の環境も違いますし、向こうの人たちのレベルも高くて新鮮でした。そこに挑戦するのは面白かったですね。ただ、スキーばかりやっていて通っていた学校の先生にはスキーを止めて勉強しなさいと言われました。留学中の一番辛い思い出です。
それでも止めなかったんですよね?
いえ、そこで所属していたスキーチームは止めました。語学学校に通って、英語を一から学び直して。そんな時にスノーボードと出会ったんです。当時は90年代の始めで、スキー板は細くターンが難しい時代。パウダーを滑るにはスノーボードの方が都合よかったし、スケーター的なフリースタイルの空気感があって自由なところに惹かれました。
1秒を争う競技スキーと、フリースタイルなスノーボードは対照的ですが、布施さん自身はルールに縛られない自由さの方が合っていましたか?
当時から山を滑ってみたいというのはありました。レースの世界はゲレンデにポールを張って人工的に作ったコースを滑る。そうではなくて、自然の地形を使った滑りをしたかったんです。当時のアメリカ人のチームメイトたちは、雪が降ると「パウダーだ!」ってみんなでクリフを飛びに行ったり。そんな遊び方が楽しくてしょうがなかった。
手付かずの自然に惹きつけられる
海外の雪山を滑ってきた布施さんの経歴の中で異彩を放つのが、ユーコン川での2回にわたるカヌーの旅です。足掛け4年、600kmの漕行を達成されています。
カヌーはアメリカに住んでいた時に経験していたんですが、帰国して日本で働き始めてから、何か冒険したいという思いが湧いてきていたんです。自分の力で、手付かずの場所を行ってみたかった。同じ頃、野田知佑さんの「ユーコン漂流」を読んだことでここに行きたいと。
1回の漕行は300km、これはどんなトリップになるのでしょうか。
最初は幅10mくらいの川が、ユーコン本流は1kmもある大河になる。まず川に漕ぎ出すと、一切道路を見ないんです。連絡手段がないから、もう町のあるところまで下るしかないという状態。食糧も10日分を詰め込んでいました。最初は距離感が掴めなくて、1日でどれくらい下ったかがわからない。そんな調子だったので、終盤に帳尻を合わせるためにたくさん漕いだりしました。
このカヌーの旅と前後して、ガイドとしての仕事を始められていますが、カヌーで得た経験に影響されたところはありますか。
大自然の中で長い時間を過ごして東京に戻ってくると、あまりにもギャップがあった。自然の中で暮らしたいという思いが湧き上がってきたんです。それで白馬に行き、ここでワンシーズンを過ごすうちに、バックカントリーフィールドの広さに圧倒されました。いくら時間があっても滑りきれないくらいのラインがあった。
ガイドを仕事にすることと、自分の自然を楽しみたいという気持ちは両立していますか。
滑るために雪国で暮らしていると、一番いいコンディションを探すようになります。天気を読み、風を読み、いい雪を探す。それってバックカントリーのガイド業としてやることと一緒だと気づいたんです。同じ面白さがあるな、と。それがガイドを志したきっかけと言えるかもしれません。
白馬エリアのガイドをする上での難しさはありますか。
白馬は南北に広いんです。だからその日の天気によってコンディションの振れ幅も大きい。アルパインみたいな地形もあれば、里山もある。雪山は毎日表情が違うので、その日のベストを探し当ててそれを案内できたなら最高ですね。
バックカントリーで「一番良いところ」を
ガイド業をされる中で、最近のお客さんに変化はありますか。
バックカントリーを新しく始める人が増えてきたと感じます。特にコロナ禍になってからは、初めての人が増えましたね。アウトドアにみんな目が向いてるのかなと感じています。
初めてのバックカントリー体験を日々共有されていると思いますが、お客さんの感動を布施さんも日々共有されているんですね。
毎回感動しますね。初めてバックカントリーに出た方は大体感激して喜ぶし、その辛さも一緒に感じ合えると思うんです。毎回いいわけではなく、天候的に辛い条件の中行くツアーもあります。一方ですごく条件が整っていい時もあります。毎回、苦労した末にある喜びをみんなでシェアできるのは面白いところです。
ガイドをする上でのバックカントリーの魅力とは?
コンディションが毎回違うことが、僕は面白さだと思います。サーフィンと一緒ですね。サーフィンは毎回波が違う、それと一緒で天気やその時の条件で全くフィールドが変わる。それをいかに楽しむか。その時、一番いいところを探し当てて滑るっていうのが楽しみじゃないかな。
「一番いいところ」を探し求めるのは、アメリカでスノーボードに出会ったり、カヌーでユーコンを下ったり、白馬に拠点を移したりという布施さんの行動履歴とも一致していますね。
アウトドア遊びの天才
白馬というと、スノースポーツの印象が強いですが、布施さんは夏場はMTBで走り回っていると伺いました。MTBも布施さんの遊び方に合うアクティビティだったんですね。
白馬に来てからトレイルがあることを知って始めたんですが、スキーやスノーボードと同じで、重力をいかに上手く使って曲がり、進むかをコントロールするのが楽しくて。限界がつかめず何度も吹っ飛んで転びました。コーナーを曲がれなかったり、止まれなかったり。でもそれが面白かった。
このあたり一帯はMTBが盛んな地域とも聞きます。
松本から白馬にかけて、いろいろトレイルが走っていて、マウンテンバイクが盛んな地域です。山道が多く植生も良いので里山に数多くのトレイルがあります。登山の人は北アルプスに行くので、登山者との鉢合せも少ないです。
夏場のアクティビティでは渓流釣りもされるとか。
はい、ルアーやフライを季節によって使い分けています。もともと釣りは好きだったのですが、白馬に住むようになって源流に入っての釣りも増えました。北アルプスの山奥に、沢登りを絡めて入っていくんです。面白いですよ。
一方で布施さんはフォトグラファーとしてレンズを介して自然と対峙されています。ライダーとしてでなく、フォトグラファーとして表現をしようとしたきっかけはどこにあったのですか?
写真も白馬に来てから始めました。プロスノーボーダーの仲間がバックカントリーに連れて行ってくれて、その滑りを撮ろうと。
ご自身がライダーとして理想とする滑りや形があると思います。それを写真に収めることの難しさはありますか。
本当に「いい瞬間」を残しておきたくて写真を撮っています。だから、難しいのは「いい瞬間」が写真に出るかどうか。雪がすごい良い時の雪質を写真に残すのはすごい難しいなと思います。でも写真にはそのいい条件がちゃんと写ることもある。やっぱりそこがバックカントリーでいい条件を探し当てるのと一致してると思います。それを面白がって、シャッターを切っています。
写真のスキルも必要ですが、そもそも条件の良いフィールドを引き当てるスキルも必要ということですね。
写真は正式に勉強したわけではなく我流なので、機材の使い方よりは、自然のいいコンディションを探し当てる方が得意ですね。そしてその光景を残したくて、やり続けています。
自身が滑る時も、ガイドをされる時も、写真を撮る時もいいコンディションを探求されている布施さんですが、「いいコンディション」を引き当てるコツや技術はあるのでしょうか。
それは天気や、自然の流れに合わせるということではないでしょうか。白馬で生活していると、四季その時々の一番いいタイミングが見えてくるんです。例えば秋、雨が止んでどんどん乾いてきて、落ち葉が出た時のマウンテンバイクがすごい気持ちよかったり、1月のハイシーズンの晴れた日のパウダーだったり。その時々の一番いい瞬間を追いかけて生活したいなって思ったんです。だからずっと天気をいつも見て生活してますね。天気に合わせて休みを取るとか。良いコンディションの時に遊びたいじゃないですか(笑)
プライベートも仕事も、楽しさは一緒
布施さんに仕事と遊びの境界線はありますか?
境界線はあります。例えばスノーボードでも、仕事で行くのとプライベートで行くのは全然違う。仕事の時はお客様の安全第一。プライベートでは斜面を見る目線が違うと思います。でも、楽しさは一緒です。
楽しさは一緒。すごく素敵な言葉だと思います。それは人が滑って味わう達成感と、自分の滑りで味わう達成感が同じだということでしょうか。
自分が伝えた一番いいところを滑ってくれて、それにお客さんが反応してくれたら楽しいですよね。思った通りに喜んでくれたらそれはすごい達成感に繋がります。
白馬を舞台に様々なアクティビティの達成感を伝えている布施さんは、お客さんに白馬の何を見て、どんな体験をしてほしいですか。
やはり山が大きいというのが白馬の魅力だと思います。3000m級の山が連なってて、日本でもこんなすごいところがあるんだよっていうのが、伝えたいところです。世界中から人が集まる場所。日本の白馬にはこんなにもいい雪と斜面があるっていうのを味わって欲しいですね。
布施 智基
TOMOKI FUSE
1975年生まれ。10代の頃、スキーの留学のため訪れたアメリカ・モンタナ州でスノーボードに出会う。あらゆるアウトドアアクティビティに興味関心を抱き、カヌーでユーコン川を4年越しで600km漕行。壮大な山と世界に類を見ないパウダースノーに惹かれ、拠点を白馬へと移し、ガイド業に従事。冬場はバックカントリー、夏場はMTBと現地の自然をフルに味わえるアクティビティ体験を提供している。フォトグラファーとしても活動し、アスリートだからこそ見ることのできるトップコンディションの風景をレンズを通じて表現する。TNF ATHLETE PAGE
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