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Free solo Attempt the Shomyo Falls
ACT on REASON
立山火山に構える、日本最大落差の怪物。落水量3t/sの称名滝に挑む、その理由。
富山県立山町。立山の玄関口である芦峅寺の先には、500mの絶壁に囲まれた広い谷が広がっている。立山火山が吐き出した火砕流堆積物の台地に切れ込んだこの”溝”は称名川が22万年かけ少しずつ下刻した、かつての巨瀑の名残である。その溝を7km程上流に遡った最奥に、称名川が今正に溝を掘り進めている現場がある。日本最大落差を誇る称名滝である。
立山に降り注いだ雨と雪解け水は台地に切れ込む渓谷に集まり、渓谷を抜けた先で溝の底への350mの段差を一気に流れ落ちる。一年を通して水量は多い。轟音とともに毎秒3tの水を流すその堂々たる姿は正に日本最大の滝である。
2018年夏、The North Faceのグローバルチームと称名滝を訪れ、初めてその姿を目にした時は、「この怪物を一体どうやって登ればいいのか」というある種の絶望感を覚えた。苔と草に覆われた脆い岩、轟音を立て流れ落ちる水、切り立った側壁。何人かのクライマーが登っているという既成事実が無ければ、挑戦する気も起きなかっただろう。
称名滝が最初に登られたのは1972年。芦峅アルペンクラブのメンバーらにより120本のハーケンと22本のボルトを用いて成し遂げられた。天然記念物ということを考えると冷や汗ものの記録ではあるが、時代を鑑みればそれでも大偉業であることに議論の余地はない。最大にして最難だった四段目も、30年の時を経て2002年に登られ、この滝が人類の手の届き得る登攀対象であることが示された。その翌年にはチーム84のメンバーにより全4段がワンプッシュで登られ、一本のルートとしての称名滝が完成した。更に2013年の冬季登攀、2016年の大西良二による単独での称名廊下完全遡行に至るまで、様々なスタイルの登攀がこの滝で行われてきた。いずれも日本の登山史に刻まれるべき素晴らしい登攀である。
数年前に沢登りを始めた僕を含め、全員が沢登り初心者であるThe North Faceチームにとって、その称名滝をオールフリーで登るというのは如何せんハードルが高かった。しかし、結果として我々がこれまで培ってきた登攀能力は大いに役に立ち、称名滝を登りそれを映像に収めることに成功した。僕らの登攀は称名滝の登攀史に残るような画期的なものではなかったが、日本発祥の「沢登り」という自由な登攀スタイルを世界に発信出来たことがなにより嬉しかった。
今回の「称名滝をフリーソロで登る」という挑戦はその時に思いついた。
脳裏をよぎる、最悪の結末。答えの出ない自問自答の日々。
フリーソロはロープを使わないソロクライミングのことである。安全確保の器具は一切用いず、己の身一つで岩壁を攀じる。最も原始的で自由な登攀手段だ。一般的なフリークライミングとは確保器具を使うか否かの違いしかないが、その違いはクライマーの生死に大きく関わっている。フリーソロでのフォールは即ちクライマーの死を意味する。
フリーソロは完全にクレイジーなスタイルだ。僕が「称名滝をフリーソロしようと思っている」と伝えた人は皆、「こいつ本気か?」という顔をしていた。決して「素晴らしいことだ」という顔はされなかった。
称名滝をフリーソロするのは、乾いた岩のそれとは大きく異なる。乾いた硬い岩であれば、実力に見合わないルートを選んだり、よっぽど緊張したり、気を抜かない限り落ちることは有り得ない。しかし、称名滝をフリーソロするとなると、濡れた岩の滑りやすさ、脆さ、落石の多さ、天候の悪化に伴う増水といった「登攀能力」ではコントロールできない要素が付け加わる。乾いた岩ばかり登ってきた僕にとってこれらのリスクを回避するのは容易ではなかった。しかし、落ちて死にたくなければ慎重に一歩一歩、浮石を見極め、滑りにくいホールドと動きを選択しながら進み、天候が悪化する前に登りきらねばならない。
350mにわたる綱渡りは、無謀な勢い任せの挑戦では絶対に成し遂げることはできない。至って冷静に、理性をもって挑まなければ待っているのは最悪の結末だ。それに必要なのは狂気や無謀ではなく、絶対的な集中力とそれを支える精神力だ。
僕は冒険家ではない。毎日研究室に通い、週末に山に出かけることや、友達と遊ぶことを楽しみにしている普通の青年だ。落ちて死ぬなんてまっぴらだ。だから、フリーソロの前日までは本当に悩んだ。気を抜くと恐怖心は容赦なく僕の心を蝕み、最悪の結末を考えさせるように仕向けた。本番一ヶ月前から緊張で嘔吐しそうになったり、椅子から動けなくなったりした。本当にあの滝をフリーソロしたいと心の底から願っているのだろうか?こんな苦難は自分の人生には必要ないのではないか?と毎日自問自答したが、結局答えは出なかった。
純粋な欲求が克服させた疑心と恐怖心。高難易度の登攀の先に見えた、自然の美しさ。
ではなぜ疑心や恐怖心を克服し、確固たる自信をもってフリーソロに臨めたのか。
映像で語っている通り「成功するか、死ぬか」から「成功するか、自分の心が負けるか」という発想の転換があったことは間違いない。しかし最終的には「この滝をこの身一つで自由に登りたい」という純粋な欲求が背中を押してくれたように思う。轟音とともに流れ落ちる滝を目の前にしたとき、死に対する恐怖心よりも「この雄大な自然に、真っ向から挑みたい」という心の底から湧き上がる欲求の方が遥かに大きいことに気付いた。それは「本当にリスクを犯してでもフリーソロで登りたいのか」という問いに、確固たる回答を示した瞬間だった。
フリーソロに至るまでの過程や実際の登攀の内容は、ここで言葉で説明するよりも映像を見ていただくほうが解りやすいと思う。傾斜が強く、難しく、長い四段目。強烈な水圧に耐え、最も苦しい登攀を強いられる三段目。浮石だらけの恐怖の二段目。ボルダームーブの一段目、更にトップアウトの藪漕ぎと泥付きの壁に至るまで、正に困難の連続だった。しかし、この映像から感じていただきたいのは登攀の難しさではなく、称名滝の美しさであり、この地の自然の雄大さだ。そしてその強大な自然に挑むことの素晴らしさだ。
称名滝の初登攀から約半世紀、様々なクライマーが持てる力の全てをもってこの滝と向き合ってきた。なぜ彼らがリスクを犯してまでこの滝に挑んできたのか、この映像を通してその一端を感じていただきたい。
Shomyo Falls 350m Free Solo
Aug 8th 2019
Start 8:07 Topout 9:45
称名滝登攀、ドローンの撮影に関しては関係各所へ申請し許可承諾を受けています。
中嶋 徹
TORU NAKAJIMA
幼少期からクライミングに没頭し、26歳となった今では世界のトップクライマーと肩を並べるほどの実力を持ちながら、大学院の研究生という顔も持つTNF ATHLETE PAGE
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Photo/Movie : Imashi Hashimoto , Jun Yamagishi
Translation : Wataru Nakajima