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三百名山のその先へ。5年ぶりのアドベンチャーレースに臨む田中陽希のチャレンジ

「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse3~」で知られる田中陽希の主戦場は、世界各地で行われるアドベンチャーレースだ。トレッキングやMTB、カヤック、クライミングなどさまざまな手段を用いてジャングルや断崖、荒野といった大自然のフィールドを進んでゴールを目指す。知られざるアドベンチャーレースの魅力とは?田中陽希をアドベンチャーレースに駆り立てる原動力は?アドベンチャーレースを通じて伝えたいこととは?

2014年の「日本百名山ひと筆書き」、2015年の「日本2百名山ひと筆書き」に続き百名山・二百名山・三百名山の計301座を人力のみでつなぐという一大プロジェクト「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse3~」を1,310日間をかけて昨年8月に達成されました。冬山登山にスキー、海路でのシーカヤックやパックラフトと、アドベンチャーレーサーならではの高度なスキルや体力が要求される挑戦でしたが、これを終えて現在の活動のモチベーションはいかがですか?

 

そもそも僕はプロアドベンチャーレースチーム「Team EAST WIND」のメンバーであり、この一連の挑戦もアドベンチャーレーサーである自分自身の成長と、マイナースポーツであるこの競技を多くの人に知ってもらうという目標を持って取り組んできたものでした。途中、コロナ禍に見舞われたこともあり、3年7ヶ月という長期に渡るプロジェクトになったことは予定外でしたが、長く中断されていたアドベンチャーレースが今年から再開され、チーム一丸となって主戦場で戦えることがいまの自分のモチベーションです。この1月に「Team EAST WIND」のキャプテンに就任しまして、キャプテンとして他のメンバーをどうフォローするのか、チームとしていかにうまく機能させていくのか、それが新たな課題ですね。それは実戦を積み重ねて見つけていくしかないのですが。

 

チームの予定としてはまず、5月にアメリカ・オレゴン州で開催される「Expedition Oregon」に初出場します(注:結果2位入賞)。これは年間10戦が行われるワールドシリーズの一戦にあたるもので、2019年にフィジーで行われた「Eco Challenge Fiji」以来、3年ぶりの国際レースです。僕自身は2017年の世界選手権以来のアドベンチャーレース参戦となりますので、

 

緊張と不安と楽しみが入り交じったような心境でいます。今年はさらに9月に開かれるパラグアイのレース、11月にパタゴアニアで開催されるレースに出場予定。優勝を目指しているパタゴニアのレースと同じチーム編成で参加する「Expedition Oregon」は、パタゴニアの前哨戦と位置づけています。

 

2011年2回目の挑戦となったパタゴニアンエクスペディションレース1日目。
2011年2回目の挑戦となったパタゴニアンエクスペディションレース1日目。
2011年のパタゴニアンエクスペディションレースにてシーカヤックで60kmのフィヨルドを漕ぐ~メンバーはカヤック上で熟睡。
2011年のパタゴニアンエクスペディションレースにてシーカヤックで60kmのフィヨルドを漕ぐ~メンバーはカヤック上で熟睡。

三百名山から得られたものをアドベンチャーレースへ

個人の挑戦とチームで戦うアドベンチャーレースはまったく異なるものだと思いますが、「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse3~」の経験からアドベンチャーレースに生かせるものはあるのでしょうか?

 

そうですね、個人の挑戦ではチーム戦と違い、すべてを自分でコントロールできます。それに三百名山はゆるやかな流れの中で、自分のペースで挑戦することができました。緊迫感があるタイムレースとはまったく別物です。

 

とはいえ三百名山をやったことで自分の視野が広がったことは実感しますし、いざというときに落ち着いてものごとに対処できるようになったとも感じます。アドベンチャーレースは自然相手の競技ですから、どんなときもどっしりと構えていたい。そういう心構えの意味で三百名山から得られたものはあると思っています。

日本3百名山ひと筆書き挑戦中最も過酷だった日高山脈縦走2021年4月。
日本3百名山ひと筆書き挑戦中最も過酷だった日高山脈縦走2021年4月。

過酷な自然のなかで繰り広げられるアドベンチャーレースの醍醐味

陽希さんのチャレンジを通じてアドベンチャーレースの存在を知り、興味を抱いている人も少なくないと思います。陽希さんにとってこの競技の魅力はなんでしょうか?また、初めてこの競技を目にする人たちに注目してほしい見どころはなんですか?

 

アドベンチャーレースは山、川、海といった大自然を舞台に繰り広げられる競技で、男女混合の3〜4名で結成したチームで地図上に記されたチェックポイントを通過しながらゴールを目指します。最速ルートでゴールに到達するためにはジャングルや断崖など道なき道を行くこともあり、ナビゲーションのスキルはもちろん、クライミング、カヤック、パックラフトなどさまざまなアクティビティに精通していることが求められます。そんなアドベンチャーレースの魅力は、なんといっても人間ドラマ。日常生活では経験できない過酷な環境に直面しながらメンバー全員が己の持ちうるスキルを最大限に発揮し、チームとして協力しながらライバルチームと競うのです。

 

一人では乗り越えられないことだって4人いるから乗り切れる。ふとしたときに後ろを振り返ったらそこに仲間がいて、だから戦える、動き続けられる、そう感じることがレースの醍醐味。逆に、ぎりぎりの精神状態に追い込まれると言動のコントロールが効かなくなるものですが、チームとしていかにまとまり難局を乗り切るのか。そこに現れるドラマも見どころだと思います。

2016年5回目の挑戦となったパタゴニアンエクスペディションレース、メンバーが負傷するもレース続行。
2016年5回目の挑戦となったパタゴニアンエクスペディションレース、メンバーが負傷するもレース続行。
2011年のパタゴニアンエクスペディションレース、全6回の挑戦で最も過酷なコース設定だった。
2011年のパタゴニアンエクスペディションレース、全6回の挑戦で最も過酷なコース設定だった。
2011年のパタゴニアンエクスペディションレース、テントの中で折り重なるように寝る。
2011年のパタゴニアンエクスペディションレース、テントの中で折り重なるように寝る。

今年、チームのキャプテンに就任されました。アドベンチャーレースの第一人者である田中正人さんからキャプテンを引き継いでどんなチームを作っていきたいと思っていますか?

 

“「Team EASTWIND」が自分のチームである”という認識はまったくありません。むしろメンバーそれぞれに“自分のチーム”であるという認識を持っていてほしい。 “誰かのチーム”と思うとどうしても受け身になりがちだからです。アドベンチャーレースにおいて誰かの指示を待つ余裕はありません。メンバー全員がキャプテンのように主体的に動きます。たとえばレース中、キャプテンが怪我をしてキャプテンとしての機能を果たせなくなったら?実戦ではそういうことが多々あります。そんなときに他のメンバーがすかさず、機能しなくなったキャプテンの代わりを務め、つつがなくレースを進めます。

 

アドベンチャーレースではスキル、体力、経験値、さまざまな要素が要求されますが、いちばん大切なことはチーム全員が「優勝する」というマインドを共有していることだと思っています。ほんのわずかでもここにずれが生じると、極限状態においてチーム崩壊を招きかねません。優勝へのマインドと一口にいっても、具体的に優勝をどうイメージしているかも大切。ただ漠然と「優勝したい」という気持ちをもつことと、優勝へ向けて日頃の練習やトレーニングにどう取り組み、どう戦って優勝するのかを綿密にプランニングすることはまったく違いますから。

 

僕たち「Team EASTWIND」は国内唯一のプロアドベンチャーレースチームとして優勝を目指した活動を行っていますが、その原動力は連帯感だと思っています。チームの活動はたくさんの人が応援してくれ、サポートしてくれることで成り立っています。応援してくれるみんなとともに戦っているという気持ちを4人が共有することが、優勝を目指すという強いモチベーションになっているのです。

 

個人的には常に「ぜったい諦めない」ことを意識しています。当初の目標に届かないにしろ、最後の最後まで諦めずに、持てるもの全てを振り絞ってゴールを目指します。何もしないで諦めることは簡単ですが、後悔以外に残るものはなにもありませんから。まだレースを始めたばかりのころのことですが、過酷なジャングルのなかを進んでいるときに満面の笑顔でヤブを漕いでいるライバルチームに行き合ったことがありました。こちらは体力的にも精神的にもぎりぎりで笑顔を浮かべる余裕なんてない。そんなとき彼らに、「これを楽しみにわざわざここまで来ているのだから、思いっきり楽しもう」と声をかけられてはっとしました。そういうマインドのチームはやっぱり強いです。

2016年のパタゴニアンエクスペディションレース、5回目の挑戦ともなるとレース中でも笑顔がこぼれる。
2016年のパタゴニアンエクスペディションレース、5回目の挑戦ともなるとレース中でも笑顔がこぼれる。

レースに勝つために必要なこと

強さとは諦めない、ということでしょうか?

 

強いチームは考え方もシンプルです。例えば、自分たちの前を冷たくて深い川が横切っているとします。ゴールを目指すにはその川を渡らなければいけない……そんなとき、どうします?迂回路があるかもしれない、橋になりそうな倒木があるかもしれない、そうやって右往左往していると体力も時間も無駄に消耗してしまう。チームの雰囲気だって悪くなる。けれど、強いチームは躊躇なく冷たい川に飛びこみます。なぜならそれが最短最速ルートだから。どんな難所もガンガン進めばいつかは抜ける、そういうシンプルな考え方なんですね。

今年の「Team EASTWIND」はそういうマインドを備えたチームでしょうか?

 

今年のチームの特徴はメンバーそれぞれの経験値の幅広さ。メンバー間には体力や精神力に波はありますが、それはチーム力でカバーします。実戦を重ねる中で絆を深め、コミュニケーションのいらないチームを目指します。他のメンバーが辛そうにいしてるときに「大丈夫?」という声がけは不要なんです。大丈夫じゃなさそうに見えるから「大丈夫?」と聞いているわけだから。ならば、声をかける前に「フォローするから荷物をくれ」といって荷物を分担すればいいんです。

 

経験、精神、肉体に差があるのは当たり前として、ともに戦う仲間同士、チームとしてどう動くことが勝つための最善策なのかを常に考えながら行動する。気遣い・気遣われるうちは関係性として未成熟ですが、5戦、6戦と実戦の経験を積むなかで絆を深めていけるはずです。

2011年のパタゴニアンエクスペディションレース、水温10度以下の川を着の身着のまま何度も渡渉。
2011年のパタゴニアンエクスペディションレース、水温10度以下の川を着の身着のまま何度も渡渉。
2011年のパタゴニアンエクスペディションレース、激しい藪に着ていた服がビリビリに破けてしまったデンマークチームに自分たちの予備ウエアをプレゼント。
2011年のパタゴニアンエクスペディションレース、激しい藪に着ていた服がビリビリに破けてしまったデンマークチームに自分たちの予備ウエアをプレゼント。

コロナ禍において長らくストップしていた国際レースがついに再開します。パンデミックを招いたウイルス発生の背景には生態系の破壊があるという説があり、また経済活動が制限されていた間、各国でCO2排出量が削減されたという報告もあることから、あらためてウィズコロナの時代の環境問題対策の必要性が叫ばれています。アドベンチャーレースは世界各地の大自然を舞台に繰り広げられますが、これまでそうしたフィールドにおいて自然環境の変化を体感した経験はありますか?

 

海外遠征ではごく短期間の滞在となり、その土地の自然の微細な変化までは感じづらいのが正直なところ。けれど、ニュージーランドやオーストラリアでの国立公園を経由するレースでは種子が移動しないよう、公園を出る際に靴やバイクのタイヤの消毒・殺菌が求められます。そうしたことからさまざまな国や地域、コミュニティにおいて、それぞれの環境を守るルールがあることを実感します。レースの主催者や地元の方から気候変動について話を聞く機会も少なからずあります。たとえば11月にレースが実施されるパタゴニアでは氷河の融解が進み、人間が持ち込んだビーバーが異常繁殖して森を破壊し、現地の生態系に脅威を及ぼしていると聞いています。

 

自分が環境汚染をリアルに体感するのは、実は日本が多いですね。観光客が訪れないような田舎の山道沿いを走っていると、ヤブのなかに不法投棄されたごみが山積みになっているさまをしょっちゅう目にします。「世界でいちばん美しい国」なんて絵空事だと悲しくなりますね。もしかしたら日本には、自分の目に触れなければいいという感覚があるのかもしれません。これは今後、僕たちみんなが意識していかなくてはいけませんし、自分もなにかしらの発信をしていかなくてはと考えています。

2016年のパタゴニアンエクスペディションレース、中盤トップを独走していたが。
2016年のパタゴニアンエクスペディションレース、中盤トップを独走していたが。

誰にでもチャンスは訪れる

プロアドベンチャーレーサーとして日頃の活動やレースで伝えたいと思うのはどんなことですか?

 

僕が20代前半のときは「大学を卒業してアドベンチャーレースなんて」とか、「アドベンチャーレースなんて何が楽しくてやっているの?」というようなネガティブなことを言われ続けていました。教師の道を捨ててアドベンチャーレースを選んだ20代はヤドカリのようにその日暮らしを続けていましたが、それでも誰もやっていないことに挑戦したいという気持ちを捨てず、二百名山、三百名山と挑戦を続けていくうちにたくさんの人に応援してもらえるようになりました。今年39歳になりますが、ようやく思い描いていたような生活ができるようになっています。

 

「贅沢な生き方をしているね」と声をかけられたこともあります。当時はその真意を推し量れなかったけれど、「贅沢」という言葉がいまは腑に落ちます。自分がやりたいことをやっていただけですが、他の人の目にはそれが「贅沢」と映るほど、やりたいことをできない人がたくさんいるってことなんです。この社会では、自らチャンスを求めて掴み取って自分の目標を達成できる人はまだまだ少数派。僕は人生のどのタイミングでも自らチャンスをつかんできましたが、それは僕が特別だからというわけではない。平等に訪れるチャンスに対するアンテナを常に張っているかどうかの違いだと思っています。

 

前例がないことや自分が経験していないことに対して恐怖心を覚えるのは当然です。日本百名山を始める時も、「人力だけなんて非現実的だから自転車を使ったら?」と言われました。少しでも楽な方法に導こうとする意見に耳を傾けなくて本当によかった。それを聞いていたらこの挑戦はやりきれていなかったでしょう。

 

もし挑戦の気持ちをもっているなら、そこで歩みをとめるべきじゃない。挑戦の仕方は人それぞれで、個性や個人差があっていい。だからどんな小さな挑戦でも自分が思う道をそのまま突き進んでほしいと思います。逆に、周囲は人が真剣に取り組んでいることを揶揄したり咎めたりしないでほしい。人の挑戦を止める権利は他の誰にもありません。いろいろな挑戦を温かく見守り、支え、フォローしあう、そういう空気感が流れる社会にしていこう。それが、僕が伝えたいことです。

2011年のパタゴニアンエクスペディションレース、野生動物との遭遇もレースの醍醐味。
2011年のパタゴニアンエクスペディションレース、野生動物との遭遇もレースの醍醐味。

田中陽希
Yoki Tanaka

1983年生まれ、埼玉県出身。6歳から北海道富良野市で育つ。「明治大学在学中はスキー部に所属しクロスカントリースキー選手として活動。2007年に「Team EAST WIND」のトレーニング生となる。翌年、正式メンバーとしてチームに加入、海外のアドベンチャーレースに参戦するように。2014年、深田久弥の『日本百名山』に記されている百名山を人力踏破する「日本百名山ひと筆がき〜Great Traverse〜」を208日で達成。翌年、日本二百名山に選定されている残り100座を、2018年〜2022年にかけてすでに踏破した百名山、二百名山に加えて日本三百名山に選定されている全301座をスルーで踏破する「日本3百名山ひと筆がき〜Great Traverse3〜」を達成した。現在は「Team EAST WIND」のキャプテンとして海外レースを転戦中。TNF ATHLETE PAGE
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田中陽希 / Yoki Tanaka

Text : Ryoko Kuraishi

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