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Come see us in Formosa
フォルモサ——走ること、出会うこと
『フォルモサ・トレイル』は、台湾の中部・埔里で毎年秋に開催されているレースだ。美しい島・フォルモサのランナーたちの言葉を聞いて、トレイルランニングの楽しみについて考えた。
日々のはじまり
「エヴァと二人ではじめたこのレースは、2024年で8年目になりました」
『フォルモサ・トレイル』のオーガナイザー、ピーター・ノヴォトニはそう語った。出身はチェコで、応用工学の博士課程で学んでいたという。交換留学で台湾にやってきて、エヴァに出会った。それ以来、ずっと埔里にいる。
エヴァは、原住民族の村・マレーパ生まれだ。彼女の父はタイアル族、母はセデック族の出身だという。
台湾では、17世紀以前からその土地で暮らしてきた人々のことを、敬意を込めて原住民族と呼ぶ。(日本語と異なり”先住民”という呼称は「途絶えてしまった」という意味になり、今も存在し固有の文化をもつ人々に使うには適当ではないとされている。)エヴァは、行政院原住民族委員会によって認定されている14の原住民族のうち二つの文化を受け継いでいる。
そんなピーターとエヴァは、自分たちの慣れ親しんだ山でレスキュー活動をしたり、ランニングや登山、バイクなど多彩なアウトドアアクティビティをコミュニティと共に楽しんだりしつつ『フォルモサ・トレイル』を運営している。忙しくも楽しみに溢れた日々を送っている。
包摂性とは
同じくこの土地に移り住み、北海道帝国大学台湾演習林の珈琲を伝承している菅大志(北海道大学農学博士)は、こう語る。
「元々は、昆虫の研究で台湾に来ました。私が在籍した昆虫学教室は、「日本昆虫学の祖」と称される松村松年(北大教授)が開きました。松村教授は1906年と1928年に埔里を訪れたとき、新種の蝶が乱舞していることに感嘆して、ここを「蝶々の里」と名付けたんです。それから、1917年には北大台湾演習林が開設されたこともあって、北大と埔里は昔から深いつながりがあるんです」
菅は続ける。
「民族ごとに言葉も違って、独特の文化があります。コーヒーに関して言えば、1896年に横山壮次郎(北大助教授)が埔里に珈琲を播種しました。1905年に新渡戸稲造(北大教授)が珈琲栽培を奨励し、それが北大台湾演習林に引き継がれて珈琲栽培が成功しました。埔里は「台湾珈琲の故郷」ともいえます。『フォルモサ・トレイル』で提供しているコーヒーを、ぜひ楽しんでほしいですね」
埔里は、台湾のちょうど中心部に位置し、様々な民族や日本をはじめとした多くの国の人々が交流してきた土地だ。
頻繁に「違う人」と出会うことによって、お互いをリスペクトし協力する文化が出来上がる。レースも、コーヒーも——変化の中で、共に何かを作っていくということがこの土地ならではのカルチャーなのだ。
包摂性という言葉には、何かを包み込むようなイメージがある。だが、『フォルモサ』に来ると、「異なる」人々が大きな布を一緒に縫い合わせて一つの作品を作っている——多様な人が、そこに参加している。そんなイメージを持つようになる。
「包摂」とは、ここでは「交流していくこと」という意味に近くなるのかもしれない。
積極的に違いを楽しむ
台北から、75キロの部に出場するために来た陳艾莉がレース直後に語る。
「昨年も走りました。ずっとハイキングが好きでしたが、だんだん走るようになりました。今日は怪我の影響でうまく走れなくて——右足にピンク色のテーピングが巻かれている——途中から18キロの部に変更してもらったんです。台南から来た子と一緒に走って友達になりました。二人とも入賞しましたよ」
サニーという愛称の曾晴も入賞した。40キロの部だ。
「富士登山競走にも行きましたよ! 5号目コースを1時間50分くらいだったから、来年は山頂コースですね」
会場でサニーと知り合ったという黃瓊瑤とそのパートナーの男性が重ねる。
「今は台北に住んでいますが、出身は埔里です。この地域の山が大好きですね。日本でもレースに出る予定で、今度初めて行くので、とても楽しみです」
彼女たちの言葉を聞いていると、レースの途中で友達を作らないほうがおかしいとさえ思えてくる。
オーガナイザーのピーターは、こんな場面が印象に残ったという。
「104kmの部で優勝した谷川選手と、75kmの部で優勝したツァイ選手がコースですれ違ったんです。いったんはお互いに走り去りかけたのですが、ツァイ選手が谷川選手を呼び戻したんです。景色が綺麗だったから、記念に二人で写真を撮っていました。もう本当にキュートな瞬間でした」
このレースでは、それまでお互いに知らなかった、「異なる」誰かと誰かが出会って、何かが生まれている。「違う」ランナーが立ち止まって、友達になる。「違う人」との出会いを、皆が積極的に楽しんでいる。
日が暮れて、朝が来て、パーティーが始まる
『フォルモサ』には、10キロ、18キロ、40キロ、75キロ、105キロの5部門がある。それぞれのレースが終わりに近づく頃、順番にセレモニーが行われる。 105キロの表彰は、最終日の昼だ。それまで、ローカルの名物のポークBBQや沢山の食べ物、フリードリンクが供される。
「みんなにリラックスして欲しい」とピーターは語り、日本から参加した齋藤みきがこう続ける。
「去年もこのレースを走りました。タフなコースですが、愉しいんです。長いレースも魅力的ですが、18キロや10キロの部もあって、早く終わったランナーがみんなで1日を楽しんで過ごす雰囲気が本当に好きです。また戻ってきたくなります」
40キロの部で台湾のTHE NORTH FACEアスリート・クリフと競り合いながらも、レース後半にギアをあげ、持てる力を存分に出し切って40キロの部で優勝を飾った森本幸司が、プールサイドで寝転がって(回復して)いる。
「アップダウンもあるし、最後のロードもきつかったですね。」
そう言いながらも「やっぱり楽しかった」と、爽快感で一杯の様子だ。
ピーターは言う。
「僕たちは、以前は大小合わせて年間に8レースくらい開催していました。でも今はこの『フォルモサ』だけに集中しています。ドローンも飛ばすし、計測システムも作りましたよ。政府や企業ではなく、自分たちが作っているレースです。台湾では一番大きな大会になりましたが、それはコミュニティの力だと思うんです」
『フォルモサ』には、グローバルな戦略や派手なキャッチフレーズはない。だが、誰もがそこに参加してこの祝祭を一緒に作っていくことができる楽しさがある。
World Trail Majorsの10のクラシックレースは、どれもそれぞれのローカルの魅力に溢れている。UTMBは、今でも多くの人が目標とする大きなレースだ。
それに加えて、アジアにはこの美しい島で開かれる『フォルモサ・トレイル』というレースがある。走ること、レースに出ること、誰かに出会うことの選択肢が広がっているのはランナーにとって幸せなことだ。
私たちは、『フォルモサ』へ出かけて、戻ってくる。そして今度は、いつかそこから私たちの土地に来る仲間たちを、彼らがしてくれたのと同じように迎えたいと思うようになる。
一緒にその日を作りたいと思うのだ。