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STORY OF LONG TRAIL

甲斐国ロングトレイルが生み出す「幸福感」とは?

山梨県の山々をつないで一周する「PASaPASA 甲斐国ロングトレイル」。約270kmという道のりを、5日間に渡って走破するチャレンジの後半3日間に参加したTNFアスリートの鬼塚智徳は、完走後に“強烈な幸福感”という言葉を残した。

「走り切ったランナーには強烈な幸福感をもたらしてくれる」

この言葉は、のちに話を聞くプロジェクトの主宰者で、プロトレイルランナーのヤマケンこと山本健一と、“チームヤマケン”の監督であり、このプロジェクトのサポート役のひとりである齋藤通生のインタビューでも重要なキーワードとなった。

なぜ走り終えたランナーに幸福感がもたされるのかー 口火をきった鬼塚は、このように語っている。

「日が昇る前から動き出して、日が沈むまで。ただただ自然に没頭できる1日を過ごす。こんな贅沢なことってないんですよ。愉快な仲間たちと山で遊んで、下山した後はみんなで温泉につかって、美味い飯を食べて寝る。シンプルなんですけど、正直、終わって欲しくなかった」

幸福感という言葉に、山本健一も深く頷く。

「そもそもこのチャレンジは、タイムアタックを目指すFKTではないんです。5日間の中には、全く競い合う要素がない。行程はハードですし、ときに集団から離され、次のエイドまでクルマで移動するようなこともあります。それでも、人が出たり入ったりしながら(参加者も全日程を走れる人もいれば、仕事の都合で3日間だけの人、1日限りの人もいる)、みんなでトレイルをつないでいくんです。そこにあるのは“ただ走ることを楽しむだけ”。今年は山梨のローカルランナーはもちろん、北海道や九州、台湾など、国内外からおよそ20人のトレイルランナーが参加してくれました。彼らは普段、もっと孤独に走っているんじゃないですかね。トップアスリートたちなので、レースが中心の人もいますし、こんなに誰かと何日も一緒に走ることはないと思います。しかも24時間のうち、寝ている時間は3~4時間なので、テントで起きてからお風呂に入って寝るまでのほぼ20時間、ずっと行動を共にするので。ゴールを目指す時間をみなと共有しながら、僕も毎日、幸福を感じていました」

参加ランナーの寝床の用意から朝昼晩の食事や補給食などをサポートするひとりである齋藤は、この“幸福感”についてこう続ける。

「ヤマケンが言うように、参加者の多くが普段から誰かと比べられるようなトップアスリートたちです。走力もあります。でもだから、みんなどこかで孤独を感じているはずなんですよ。所属するコミュニティではピークにいるような人たちで。ですから初日なんかはグループ全体に妙な緊張感があるんです。競い合うわけでもないのに、どことなく周囲を意識しているような雰囲気がある。それが1日経つごとに、徐々に溶けていく。少しずつ融合していくのが、外から見ていると分かるんです。個性の塊みたいなランナーたちが少しずつ混ざっていく、まとまっていく。それもきっと幸福感を醸成する理由ではないでしょうか」

チャレンジの背景にあるコロナと、亡き恩人・平賀淳の存在 2019年、山本健一が教員を辞めてプロになった年に、「PASaPASA 甲斐国ロングトレイル」の前哨戦として甲府から富士山までをつなぐ、現在のおよそ半分となるコースを数名で走った。そもそも、甲斐国ロングトレイルという企画は10年以上前に山岳カメラマンの平賀淳が立ち上げ、山梨を一周するというロングトレイルの構想を山本たちとともに語ってきた。山本にとって平賀は、高校時代の山岳部の先輩にあたるのだ。

構想から少しずつ準備に動き出したその翌年、新型コロナウイルスによって世界的なレースが軒並み中止になったことで、例年海外レースにチャレンジしてきた山本にとって、国内でできる新しいチャレンジとして、いきなりチャンスが巡ってきた。

総距離336km、累積標高25,250m。現在のコースよりも長い道のりを走破する山本健一ソロのチャレンジとして2020年に「PASaPASA 甲斐国ロングトレイル」はスタートする。

しかし2022年、山本自身の単独のチャレンジから、現在のグループランとしてのチャレンジへとカタチを変えることになる。その起因となったのが、平賀淳の事故死だ。

2022年5月、アメリカ・アラスカ州のデナリ国立公園にある高峰ハンター山で平賀はクレバスに滑落し亡き人となった。

その年の秋、山本は「PASaPASA 甲斐国ロングトレイル」をもっと多くの人に走ってもらいたいと、近しいトップランナー20名ほどに声をかけ、グループランを行う。レースではない、まさに現在のグループランのチャレンジそのもののスタイルで、別名「HIRAGA JUN CUP」と名づけて。

TNFアスリートであり、山梨を拠点に活動するトレイルランナー志村裕貴は、毎年「PASaPASA 甲斐国ロングトレイル」に参加してきた。

「この甲斐国ロングトレイルは、平賀淳さんが構想に関わり、山本健一さんが実際に歩くことで線を繋いだトレイルです。2023年のチャレンジ最終日には、平賀淳さんの写真展に参加者全員で訪問しました。その時に山本さんが、“この場所を歩いてくれてありがとうございました”とみんなに挨拶をしました。その言葉にすべてが詰まっていたように思いますね。この場所を歩くことで、平賀淳さんの想いを感じ、参加したランナー全員がその想いをつないでいってほしい。そんなバトンを渡された気がしたんです。これからもそのバトンを持って、一歩一歩進んでいきたいなと思いました」

これからのロングトレイル構想。 2022年から始まったグループランとしてのロングトレイルチャレンジ。20名程度のごくわずかな参加者たちだが、チャレンジが行われる前には自治体や地域住民との連携を図り、たくさんの方の協力と理解のもとに「PASaPASA 甲斐国ロングトレイル」は成り立っている。

「正直、僕らの中でもこの先のことははっきりしていません。このコースをゆくゆく活用してレースをやるのか、またはステージレースなのか。いずれにしても、たくさんの人にこのロングトレイルを歩いてもらいたいと思っています。それが唯一、明確な目標なんです」

山梨にはこんなにも素晴らしい山々がある、そう感じてもらえるように多くの人が歩けるルートとして切り拓いていきたい。そんな山本の想いのもとに集まるトレイルランナーたちの挑戦が、数年後、誰もが歩けるロングトレイルを生み出しているのかもしれない。

そこには亡き山岳カメラマンの意思が託されていることも忘れてはならない。

Photograph: Arata Funayama / Ryo Hirano / Sho Fujimaki / Doryu Takebe
Text&Edit: Ryo Muramatsu