人類はその始まりから、IMAGINATIONを用いて文明を築き、想像の及ぶものは何であれ、かたちにしてきた。裏を返せば、想像できないものに、人は到達することができない。
フリークライマー、アレックス・オノルドは、道具を一切用いないフリーソロという方法で、ビッグウォールに対峙する。フリーソロが不可能と思われた壁であっても、すべてのムーブが想像できたならば、アレックスは行動を起こし、実現させる。それはIMAGINATIONによって、彼が人類の領域をまた少し広げたことを意味する。
SUMMIT SERIESは、アスリートによってアスリートのために開発される。彼らのIMAGINATIONが生み出す挑戦を支え、未踏の地への旅を共にするために。
「登る、という行為は走ったり泳いだりするのと同じように、とてもベーシックな身体の動きだと思っている。子供はクライミングを習わずに登ることができるでしょう? それに自然界では誰もが登っている。人間だって、チンパンジーと同じだと思うよ(笑)」 その根源的な欲求である「登る」ことを極限までシンプルに突き詰めていくのが、フリーソロだった。自分の能力だけを頼りに、数百mを超すビッグウォール(*1)を登っていく。恐怖を感じないのか? と何千回と問われてきたアレックスももちろん、恐怖を感じないわけではない。 「準備によって、その恐怖をコントロールしている。クライミングをしている間に快適に感じられるように、非常に多くの時間を費やしているんだ。準備をして、ムーブを記憶して、あらかじめ恐怖の要素を排除しておく。思い描いた通りに身体が動くように心を整えておくのが、一番重要なこと」 ユタ州ザイオン国立公園のムーンライト・バットレス(*2)、カリフォルニア州ヨセミテ国立公園のハーフドーム北西壁のレギュラールート(*3)など、アレックスの名前を世に広めたフリーソロの偉大な功績は、ほぼ誰にも知らされずに実行された。ひっそりと自分の心と向き合うように準備され、天候と岩の状況、そして心身のタイミングが合致した時に実行に移された。壁を登りきって一人で喜びを噛み締めた後、足を締め付けるクライミングシューズを脱ぎ、裸足でアプローチまで歩いて戻ってから、ごく親しい友人だけに報告されている。アレックスにとってフリーソロは、自分を誇示するためのプロジェクトではない。「ただ楽しいから、登ってるんだ」と、真摯な視線を投げかけてきた。純粋な欲望の発露として、アレックスの挑戦はある。
(*1)カリフォルニア州ヨセミテ国立公園のエルキャピタンは高さおよそ1000mの花崗岩。1958年に達成された最初の登攀では、ノーズ・ルートを登るのに47日間かかっている。 (*2)2008年、アレックスは1時間23分というスピード記録で登攀に成功。最初はエイプリルフールのジョークと受け止められたが、それほど一般のクライマーの想像を超えた偉業だった。 (*3)同じく2008年に行われた。およそ600mのルートを2時間50分という速さで登りきった。この2つのフリーソロの軌跡は、映像作品『Alone on the Wall』にまとめられている。
「一度登ったことがあるルートだからって、いつでも登れるわけではない。僕はバンに寝泊まりして(*1)、クライミングにフォーカスするライフスタイルを送っているけど、それはいつでもフリーソロみたいなクレイジーなことができるっていうことを意味しない。心の状態を整えて、ルートの詳細を確認しなかったら、フリーソロなんてできないよ」 アレックスは説明の中で「visuali-zation」という単語を使った。つまりアレックスの脳内では、実際に自分が登っているシーンが可視化されているということ。想像力によって可視化することができて初めて、実際にフリーソロを行うことができる。 「とにかくルートについて考え続けること。簡単なルートならば1週間で準備できるかもしれないけれど、エルキャピタンのルートならば準備に1年はかかってしまう」 ルートにチョークをつけながら、ムーブを脳内で反芻できるほど記憶する。 「精神的なピークは、1日ではなくて、そのシーズンを通じて高いモチベーションを保つようにする。雨が降ったら、もう一度、準備のやり直しだからね。でも、それがクライミングのリアリティ(笑) (*2)。段取りがきちんとできて、登っているあらゆる瞬間がパーフェクトに感じられたら、結果としてすべての感覚が満足する。僕はフリーソロでその完璧な体験を求めているんだ」 脳内で何度も登っているから、現実に登っている時にも、ほとんど無意識に身体を動かすことができる。いわゆるゾーン (*3 )へとアレックスを導いているのは、繰り返し行われた「visualization」と、落下したら即、死という危険な状況。フリーソロを幸福な体験とするためには、脳と身体が完璧に呼応する状況を作り上げなければならない。
(*1)バンでの生活は続けつつ、2017年、ラスベガスに家を購入。「ラスベガスは、アメリカで最もクライミングに適した場所」とアレックス。四季を通じてクライミングすることができる。 (*2)今年の初めには集中的にジムでのトレーニングを行ったという。室内の同じ環境下でトレーニングすることによって好不調の波をできるだけ小さくするのが目的だった。 (*3)フリーソロでもずっとゾーンに入っているわけではない。難易度の高い箇所で“超”集中力が高まった時にゾーンに入り、自分と岩以外は、すべて認識の外に置かれる。
行われるたびに難易度が高くなっていくアレックス・オノルドによるフリーソロの挑戦、最新版はフリーライダー(*1)だ。クライミングの聖地ヨセミテで、遂に果たされたエルキャピタンのフリーソロ。アレックスは、この900m以上のロングルートを3時間56分という驚異的なスピードで登攀している。1年以上かけて準備されたプロジェクトの第一歩をいかにして踏み出したのか。 「何かファクターが動いて実現に向かって歩みだしたわけではなく、自分自身が登りたいと思って、実際に検討して、できると判断したところがポイントなんだと思う。困難であることが、自分のスイートスポットをくすぐるんだよね(笑)。誰も成し遂げたことのないビッグ・チャレンジにおいて、自分は人類で最初に達成する人間になれるんじゃないかって思った。フリーライダーは、ものすごく僕をインスパイアしてくれるルートだから、やりたいという気持ちが、自分の中に芽生えてきたんだよ」 友人のクライマーたちが止める言葉に耳を貸すよりも、欲求の芽生えに真摯に向き合い、ルートの検証と心身のトレーニングという水をやり続けて、初登攀という花を咲かせた。成し遂げたことの偉大さに比べ、自己認識は実に謙虚で現実を見据えている(*2)。 「自分をパイオニアだとは思わない(*3)。 エルキャピタンに登るすべてのクライマーの限界をほんの少し押し広げただけだと思ってる。50年後には、エルキャピタンのフリーソロは特別なことではなくなっているよ。少しずつハードに、少しずつ遠くへ。そうやってクラミイングの可能性は広がっていったんだから」 この言葉は自身の可能性についても示唆している。フリーライダーの成功は、少しずつ自分の“コンフォートゾーン”を広げていった結果なのだと語った。
(*1)フリーライダーは37ピッチ、難易度5.12d。2017年6月の成功の前に、2016年11月にも挑戦しているが、壁面の状況が悪かったために途中で断念した。初登攀の模様は、映画化予定。 (*2)アレックスの性格を表すとして喧伝されるのが、「no big deal」という言葉。「大したことではない」という自己評価は、クライミングの大きな流れの一部として自身を位置付けているから。 (*3)アレックスがパイオニアだと語ったのは、フリーソロの先達であり、新しいアイディアを実現したディーン・ポッター。クリエイティビティこそがパイオニアの条件だと考えている。
人生の“ほとんど”の時間をクライミングに費やしてきたアレックスにとって、クライミングは世界を知るための手段でもあるという。世界各国へと旅する中で、多様な環境に暮らす人々がいて、多様なニーズがあることを少しずつ知っていく。例えばアフリカには、電気を使わずに生活している人々が数億人いること。彼らの状況を“クレイジー”だと感じたアレックスは、太陽光発電のサポートをするために〈オノルド基金〉を立ち上げる(*1)。実際に見て、感じたから行動を起こしただけだと淡々と語る。思ったから、動く。彼の行動原理はいつもシンプルで力強い。 「クライマーは世界の気候変動を目の当たりにしているからね。パタゴニアには3回行ったけど(*2)、1年ごとに氷河が小さくなってしまっていた。環境保全のことを考えているけど、そのためには厳しい環境に暮らす貧しい人たちをサポートする必要もある。太陽光発電は、二酸化炭素の排出という視点でも、彼らの生活をサポートするという意味でも完璧な手段だと思うよ(*3)」 アレックスは、自分の人生が恵まれたものだという公平性を持って世界を眺めることができる人物だ。そして、行動する機会を与えられていることを幸運だと自覚している。 「カリフォルニアに生まれて、ラッキーなことに、僕はいつでもクライミングができるっていう望み通りのシンプルな生活を送ることができている。これ以上多くの金を得ることができても、これ以上ハッピーにはならない。むしろ基金を通じて誰かを助けた方がハッピーになれるんだよ」 相互扶助の意識はクライミングという文化の高い精神性の顕れと同時に、アレックスがどんな人間なのか、なぜフリーソロのような偉業を成し遂げることができるのか、教えてくれているようだ。
(*1)環境保護と太陽光発電の拡散のための基金。アレックスは、尊敬する人物として、私財を投じて社会問題に取り組んでいる、ウォーレン・バフェットやビル・ゲイツの名前を挙げる。 (*2)2014年にはトミー・コールドウェルと共にフィッツロイ山群を完全縦走するフィッツ・トラバースに成功。だが、アルピニズムは1年に1度で十分。「雪も氷も好きじゃない」と笑う。 (*3)オノルド基金では、アフリカ、アジアでの活動と同時にナバホ居留地での太陽光発電の設備投資なども行っている。環境のため、一歩を踏み出す「Take Action」のための基金である。
YUJI(Y): アレックスの存在を知ったのは、若かった頃にいつかオンサイトで登りたいなって思っていたムーンライトバットレス(*1)をフリーソロしたっていうのを聞いた時。なんかすごい奴が出て来たなってすごく意識したんだけど、実際に会ったのは、ザ・ノース・フェイスのグローバルアスリートミーティングで。 ALEX(A): 僕はユージさんのことを雑誌やワールドカップを通じて一方的にずっと知っていた。ユージさんがオンサイト(*2)をやっていた頃は、自分はまだまだクライミングを覚えている段階。自分がいつかやりたいという場所を登っていたので憧れだった。 Y: まずムーンライトバットレスだけど、どうしてフリーソロしようと決めたの? A: 自分としては砂漠でのクラッククライミングが得意だから。それまでやったものよりは大きくて難しかったけど、その時の自然の流れだった気がする。 Y: 映像を観たけど、一番難しいところって最初の6ピッチ目かな? A: 観てもらった100m〜300mくらいのところは、自分にとって自信のあるところを中心に撮っているから簡単。難しいところはまだ見せてないからユージさんのオンサイトのチャンスはまだ残っているよ(笑)。 Y: とはいえ100m以上の高いところでの心理状況を考えると、多分すごく難しいよ。 A: フリーソロでは15m以上の高さであれば落ちたら死んでしまう。だから結局高さは関係がないというのがひとつの魅力なんだけど、確かに高ければ高いほど自分のモチベーションも上がるし、なんといっても景色が綺麗なんだよ。 Y: 景色が綺麗って思えるのはすごい。自信を持って登っているから、ロープをつけてなくても綺麗と感じる余裕があるんだね。
A: フリーソロを楽しめるかは、自信とすごく関係がある。それはクライミング全般にいえること。これはできるぞってわかっていればより楽しいと感じる。それと変わらないよ。 Y: エルキャピタンを最初に見た時、この巨大な壁を登るとは思ってなかった。アレックスもそうだと思うけど、クライミング能力が上がってくると、これが登れる対象なんだってだんだん見えてくる。フリーライダーの場合、準備に1年以上をかけていたけど、実行する日を決めるのはどのくらい前なの? A: 特定の日は決めていなくて、準備を毎日積み重ねていくとある日、いけるというのが直感できる日がやって来る。でも今回は、よし登るぞって準備した状態で、大雨が降ってしまった。そこでまた安全を確認し直してっていう経緯だった。 Y: 今回のプロジェクトは映画化されるという前提だったんだよね。 A: プレッシャーがかからないようにみんなが理解してくれていた。実際、撮影のジミー・チン(*3)やクルーもクライミングがすごく好きな人たちで。ヘリコプターが来て、ロープが降りて来て、スタッフがコツコツと準備をしてくれていて、それでもプレッシャーは与えられていなかった。だから自分のタイミングでできたんだよ。カメラクルーとはいえ、皆が仲間であって友達。自分が落ちて死ぬのは誰も目撃したくないからね。 Y: アレックスは、失敗しちゃいけないチャレンジをしている。僕らがチャレンジする時、どうしても成功したいけど落ちる場合もある。君の場合は成功する以外ない。 A: ユージさんはハイレベルで35年間クライミングをし続けている。その中でも少年らしさを失わず、登ること、トレーニングをすることに純粋な喜びを感じている。自分の20年後もそうでありたいと思うよ。 Y: 嬉しいね。20年後もまた一緒に登れたらいいね。