「エベレストまでの道のりというのは、まず日本からネパールの首都カトマンズへ。そして、カトマンズからルクラという町に飛びます。ルクラからは、自分の足で2週間ほどかけて5,300メートルのベースキャンプを目指すことになります。個人装備が入っているベースキャンプダッフルは、道中ずっと僕ら達と一緒なんです。他の装備なんかは、先にポーターに荷揚げしてもらったり、仕分けして後から着いたりしますが。ルクラに着いたとき、こいつは(ベースキャンプダッフルは)いちばんパンパンに膨れています。それがベースキャンプに近づくにつれて、なかからフリースやらダウンジャケットを身につけていくので、だんだんしぼんでいきます。進むにつれてしぼむので、これはなんていうか、ちょうど…サケの栄養袋みたいなものなんです」
ふ化してまもないサケ赤ちゃんは、まるまるとした大きな栄養袋をお腹につけている。数ヶ月はその栄養袋からのエネルギーのみで成長していくという。成長するにつれてその栄養袋はしぼみ、やがてなくなる。徐々にしぼむベースキャンプダッフルの姿は、まさしく遠征隊にとっての栄養袋なのだという。
ベースキャンプでは何週間ものあいだ、テントでの生活となる。個別で多少広めのテントを使うとはいえ、家のようにとまではいかない。
「テントのなかはスペースが限られています。頻繁に使わないもの、要らないものはベースキャンプダッフルにぶち込んでテントの前室に置いたり、外へ出しておきます。それでもなかの荷物はしっかり守られているし、濡れない。ときに、タンスになったり倉庫にもなったりするんです。ネーミングだけに、ベースキャンプまで持っていくという意味合いもあると思いますが、これ自体にベースキャンプが詰まっているとも言えますね。これ自体がベースキャンプなんです」
じつはその名前以上に、さらなる高みまで豪太さんとともに上がっていたというベースキャンプダッフル。ベースキャンプからエベレスト登頂までは、いくつかの中継基地(キャンプ1から4まで)を経て徐々に高度を上げていくのだが、8,000メートル近くまで一緒に上がっていたそうだ。
「実際には、酸素ボンベを入れて7,900メートルのサウスコル(キャンプ4)まで持っていっています。ボンベには硬いスクリューがついているので、柔なバッグや麻布だと破けてしまいます。だから専用の木箱を作って、一本一本入れて傷が付かないようにするんですが、木箱だととても重くなってしまうんですね。そこで、丈夫で軽いベースキャンプダッフルに入れるようにしました。まずウェアや寝袋を詰めて、その上に酸素ボンベを入れて、さらに上にウェアを詰めて挟みこんで、サンドイッチにしていきます」
ルクラからはヤック(高所に生息する牛)を何頭か借り受けて荷運びする。長旅をともにするヤックは遠征隊にとって縁の下の力持ちだ。
「ヤックに背負わせる荷物は、重さ50キロ。ベースキャンプダッフルを1つ25キロに調整して2つくくりつけます。よく硬い樽などを使って装備を入れて運ぶのですが、生き物の体は柔らかいでしょう。その柔らかい背中に硬い樽を載せると、背骨に当たるみたいですごく嫌がるんですね。でも、ベースキャンプダッフルをくくりつけて嫌がっているところは見たことがないです。“ヤックフレンドリー”なんですよ(笑)。彼らが崖から落ちても、背中から守ってくれるんじゃないかって思うくらいです。担げて、背負えて、ヒモなどを引っかけられて、持ち手もたくさんあって使い勝手がいいから、シェルパたちにも好評で。遠征終わりには、ダウンジャケットなどを譲ってくれ!とシェルパからねだられることが多いですが、ベースキャンプも負けず劣らずの人気ぶりです」
遠征から戻ると、ベースキャンプダッフルのあちこちに擦れた跡や汚れ、ヤックの毛がくっついていていることもある。それを見ると、ヒマラヤでの日々が思い出されて懐かしくなるという。
「じつは過去にお土産を買いすぎて荷物が収まらなくなったことがありました。仕方なく、現地で似たようなバッグを購入して、それに詰めて帰ろうと思ったんです。ところが、荷物を詰めてファスナを閉めた途端、ビリビリビリ〜ッと破けてしまいました。見た目は良さそうなバッグだったんですけどね、全然ダメですね。結局ヒモで縛って持ち帰ってきました。バッグというのはシンプルな構造ですけれど、ジッパーが壊れたり、生地が裂けたりしたら、もう役割を果たせなくなります」
「ジッパーの歯が一個欠けてしまってももうダメですよね。改めてベースキャンプダッフルの、単純ながらも強い構造を思って実感しました。シンプルな分、パーツのひとつひとつが丈夫で縫製がしっかりしています。(ジッパーの湾曲した部分を指さして)こういう部分とかね、頑丈です。こうした当たり前のことを、当たり前にきちんとしていることは逆に難しいんじゃないかな。シンプルな分、とくに」
長年、三浦ファミリーを支えてきた歴代のベースキャンプダッフルは、かなり使い込まれていて、10年以上前のモデルには生地の経年劣化が見られる。しかし、ストラップ類やU字ジッパーは健在で不具合もない。まだダッフルバッグとしての役割は十分に果たせそうだ。
「まさに質実剛健。これほどまでにそぎ落として。色気はなくした…のに、何だか格好良さはあるんですよね。街中で若者が使いたくなるのも分かる気がします。無駄がない良さっていうか、実用性も兼ねていて。急に15分で出るぞ!とか言われても、入口をバコッと開けてほぼ考えずに詰め込めますもんね」
通いなれたネパールは、今年4月大きな地震に見舞われた。いつも現地で三浦隊を支えてくれるシェルパにも被害をもたらしたという。
「地震発生直後は募金活動などもしていました。でも一番は彼らの仕事を取り戻すことだろうと思っています。ネパールの資源は、なにかっていうと、やはり観光なんです。観光客が激減しているというので、これはもう人を集めていくしかないと。12月に『頑張ろうネパール!エベレスト街道トレッキング』というツアーを行うことにしました。ただいま参加者募集中ですので、ぜひご参加いただきたいと思います!そして2018年には父とのチョーオユー遠征が控えています。これまでは登山に特化してきたところがありますが、スキーヤーであるという本分があります。山頂から滑り下りるのが目標です」
新たな目標へ向かい、また一歩を踏みだそうとしている豪太さん。豪太さんの行く先々、どの場面にも間違い無くベースキャンプダッフルが旅のお供をすることだろう。