CRAFTSMANSHIP

「空気」を纏うデニムと
常識を疑うものづくり


その工場に入って最初に気がつくのは、鼻につんとくるインディゴの匂いだ。広い工場には年季の入った巨大な機械の数々が並び、ブルーに染められた糸が工程を経るごとに布へと変化していく。そこではお揃いのダンガリーシャツに身を包んだ従業員たちが、黙々と手を動かしている。

岡山県・倉敷市。1905年創業の株式会社ショーワは、デニムの聖地のなかでも唯一、染めから織り、仕上加工までを一貫して行うデニム製造メーカーだ。100年以上にわたって独自の織物技術を発展させてきたショーワはこれまで、綿でつくられるのが一般的なデニムを、麻、シルク、カシミア、ウールといった素材に展開してきた。2009年にパリで開かれた世界最高峰の生地見本市「プルミエール・ヴィジョン」では、彼らのつくったウール100%のデニムが、新しい手触りや風合いを実現した生地に贈られる「​ハンドル賞」を受賞している。

そんな革新を続ける老舗メーカーが生んだ最新素材が、2018年に発表されたナイロン製デニム「AirIndigo」。ナイロン素材を使うことで、「重たい」「乾きにくい」という一般的なデニムがもつ特徴を改善し、軽くてよく乾く、従来の常識を覆すデニムが誕生したのである。デニムの可能性を広げたこの新素材はいま、The North Faceのデニムコレクションに使われている。

整経:ナイロンデニムは6,264本のタテ糸からつくられるため、522本の糸の束を12ロール用意する。

ロープ染色:ロープ状に束ねた糸をインディゴ槽に出し入れすることで、色を定着させていく。

「ナイロン製のデニム」は、デニム業界にとって長年の課題だった。一般的なデニムの製造工程では、綿糸をインディゴ槽に出し入れすることで染料を酸化・定着させ、糸を染めていく。その際に糸は完全に染められるのではなく、「芯白」と呼ばれる中心を白いまま残す染め方がされ、これによってデニムは時間とともに色あせたり柔らかくなったりする。

ところが、綿のような自然素材と異なり、疎水性の合成繊維をインディゴで染めることはできない、というのが業界の常識だった。これまでに倉敷のいくつものデニム工場がナイロン染めに挑戦してきたが、成功したところはひとつもなかったという。

2012年、その壁にあらためて挑もうとしたのが、繊維に特化した専門商社のGSIクレオスだ。かつてなく多くの人に親しまれるようになったアウトドアの領域でデニム商品をつくっていくためには、軽くて丈夫なナイロン素材を使ったデニムを実現させるしかない──。そう考えたGSIが以前から付き合いのあったショーワに話を持ちかけたことで、常識を覆すためのものづくりが始まることになった。

分繊:ロープ染色で染まった糸を1本1本分けて、ビームに巻き取る。

サイジング:タテ糸に糊を付けて糸の強力を上げる。

開発を率いたのは、デニムづくりに60年以上携わってきたショーワの会長・片山雄之助さん。85歳のいまでも現役で活躍するエンジニアであり、冒頭で紹介した世界的に評価されたウールデニムを含め、これまでにショーワが生み出した数々の新素材開発を手がけてきた人物だ。ショーワの工場にある染色機や分繊機も、会長自らが設計したものである。

「物好きなもので、何でも変わったことをするのが好きでね」。なぜ不可能といわれていたデニムづくりにチャレンジしようと思ったのかと訊いたところ、片山会長は茶目っ気たっぷりにそう教えてくれた。そんな会長の姿勢を指して「ほんまのプロですよね」と、ショーワの取り組みを近くで見てきたGSIの担当者は言う。「​会長はいつも新しいことにチャレンジする。そしてギブアップしない。うまくいかなくても絶対に諦めないんです​」


その言葉の通り、染まらないはずのナイロンを染めるために、会長率いるショーワの職人たちは諦めることなく試行錯誤を繰り返した。学会誌や研究論文を頼りに染め方を研究し、染め機の設計から染色工程、工場の湿度まで、6年の歳月をかけてあらゆるパラメーターを調整した結果、ついにナイロン製デニムが実現したのだった。

軽くて、丈夫で、汗をかいてもすぐに乾く機能性と、デニムならではの質感とファッション性を兼ね備えた素材は、空気のような軽さを纏うデニムとして「AirIndigo」と名付けられた。

その言葉の通り、染まらないはずのナイロンを染めるために、会長率いるショーワの職人たちは諦めることなく試行錯誤を繰り返した。学会誌や研究論文を頼りに染め方を研究し、染め機の設計から染色工程、工場の湿度まで、6年の歳月をかけてあらゆるパラメーターを調整した結果、ついにナイロン製デニムが実現したのだった。

軽くて、丈夫で、汗をかいてもすぐに乾く機能性と、デニムならではの質感とファッション性を兼ね備えた素材は、空気のような軽さを纏うデニムとして「AirIndigo」と名付けられた。

織布:ビームを織機に掛けて、ヨコ糸を打ち込み布にしていく。

ワッシャー:織り上がった生地は、加工場で防縮加工がされる。加工場から帰ってきた生地をワッシャーで洗い、風合いを出す。

ワッシャー:織り上がった生地は、加工場で防縮加工がされる。加工場から帰ってきた生地をワッシャーで洗い、風合いを出す。

この記事を書くためにデニム工場を取材しているとき、いくつかの工程は片山会長自らが説明をしてくれた。多くの機械を使っているとはいえ、デニムづくりはすべてが自動化されているわけではなく、なかには糸の1本1本にまでに細心の注意を払いながら手作業で行われる工程もある。

そんな作業を指しながら、「めんどくさいことばっかりですよ」と片山会長は笑う。「それでも、できないことをやる。難しいことをやる。そうしたところに、やりがいを感じるんです」

いつまでも自ら現場に立って、手を動かし続けること。そして常に常識を疑い、新しいことに挑み続けること。85歳のイノベーターの姿に、本物のクラフトマンシップを見たのだった。

AIR INDIGO

デニム素材をスポーツやアウトドアへ展開するために開発されたナイロン製デニム。難易度の高いナイロンのインディゴ染めを実現することで、綿では実現できない「速乾・軽量・丈夫」の3つの特徴を兼ね備えている。2018年、ショーワとGSIクレオスの共同特許として開発された。

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