初心を忘れないように
──まずは、自己紹介をお願いします。
日本でデザインの勉強をしてから、2001年から7年ほど、フィンランドのヘルシンキ芸術デザイン大学(現アールト大学)で家具デザインと木工の勉強をしました。
フィンランドにいる間に、僕の師匠であるイギリス人デザイナーのジャスパー・モリソンと出会ったのですが、彼が新たに東京のスタジオを構えるタイミングで帰国し、10年ほど彼のアシスタントデザイナーとして働くことに。その傍ら2011年に自分のデザインオフィス「kumano」を設立し、現在は完全に独立して木工を中心に仕事をしています。──近年の熊野さんのお仕事のなかでは、
樹木をインスピレーションにして生まれたスキンケアブランド「BAUM」が印象的です。木工に興味をもたれたきっかけや、熊野さんが考える木の魅力について教えてください。木って扱いやすいと同時に扱いにくい素材なんですよね。いろんなところに応用しやすいけれど、きちんと使うためには多くのスキルや知識が求められる。そういうところが、僕にはすごくおもしろいんです。
また自然物である木には同じものがひとつとして存在しないので、木を使うときは常に自然と向き合っていなければいけません。種を植えるところから考えれば、木という素材ができるまでにはものすごい時間がかかる。そうした素材を、責任をもって長く使えるものにするという行為に魅力を感じています。──熊野さんはデザインの仕事をするときに、
どんなことを大事にされていますか?デザイナーってどうしても形だけをつくる人のように思われることが多いかもしれないけれど、形をつくるためには使う人のことを考えなくちゃいけない。そういう意味では僕は「道具的なデザイン」を大事にしていて、実用的であること、機能に準じた形をつくることをいつも心がけています。そうした道具的なものが僕は好きだし、いろんな人にも使ってもらいたいという気持ちで仕事をしていますね。
──熊野さんが日々使われている大切な物について教えてください。
これはフィンランドで学び始めた頃、もう20年以上前に買ったメジャーなんですけど、日本でよく見る巻き尺式ではなく折りたたみ式。ヨーロッパの人たちはみんな、このタイプを使うんですよね。
プロダクトデザイナーにとって正しくサイズを測ることはものすごく大切で、そこには人間工学的な理由ももちろんあるけれど、それだけでなく正しく測ることで素材を無駄にせずに、コストを落とすこともできる。それは、いいデザインをより多くの人に使ってもらうことにもつながります。だから、僕にとって「測る」という行為は日々の仕事において欠かすことができないものなんです。──20年前に買ったメジャーをいまでも使い続けているのはどうしてですか?
やっぱり初心の頃に使っていた道具だから、あの頃のことを忘れないように、というのが大きいですね。あとはこのメジャーも道具として魅力的で、単純に使っていて楽しい。旅行に行くときにも持っていってしまいます(笑)。職業病みたいなもので、いい椅子があったら「何センチだろう?」とつい測っちゃうんですよね。
人間の体って繊細にできていて、1〜2mmの違いで座り心地が良くなったり悪かったりする。その微妙な違いを理解するためにも、心地いい家具や空間に出会ったときにそのサイズを測れるように持ち歩くようにしています。──最後に、今回The North Faceの「デニムシャツ」を着用した感想をお聞かせください。
つい先日までスイスにいたのですが、このシャツはそのときに送ってもらったもの。スイスではローザンヌ大学でレクチャーをしながらアーティスト・イン・レジデンスに滞在して、自分も工房で日々ものづくりをしていたんですけど、やっぱりナイロンの素材が軽くて、よく曲がる。ワークウェアとしてはすごく質がいいと感じました。
あとは、このインディゴの色もいいですよね。ものづくりに関わる仕事をブルーカラーと呼びますが、このブルーのシャツを着ることで、手を動かして仕事をすることをポジティブに捉えることができる。つくりもしっかりしていて、機能が備わった「道具的なシャツ」だと思います。