THE
INTERNATIONAL
WOMEN’S DAY

未来のために女性の
エンパワーメントを

ジェンダー専門家

大崎麻子

ASAKO OSAKI

プロスキーヤー

小野塚 彩那

AYANA ONOZUKA

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3/6(土)19:00〜

START!

“自分への憧れ”が
エンパワーメントを
加速させる

既成概念にとらわれない“自分らしい”ライフスタイルや、多様な性自認への理解・尊重が社会的に広まっています。こうしたムードはあらゆる領域において、これまで水面化で許容されてきたジェンダー問題が可視化されるきっかけにもなっていますが、それはスポーツ界でも例外ではありません。オリンピックでの銅メダル獲得をはじめ、数々の国際大会で栄誉に輝いてきたプロスキーヤー、小野塚彩那さんと、ジェンダー専門家の大崎麻子さん。ジェンダー問題が生じる現実と背景、それらが理想的に解決される未来におけるスポーツ選手像とは、一体どのようなものなのでしょうか。

PHOTOGRAPH BY MIE MORIMOTO

TEXT BY KODAI MURAKAMI

EDIT BY KEISUKE TAJIRI(TOIL)

ジェンダー問題を抱えるスポーツは“投資を受けられない”?!

──近年になって、スポーツとジェンダーに関するニュースをよく見かけるようになりました。例えば、女子サッカー日本代表としてワールドカップ優勝を経験したこともある永里優季選手が男子チームに参加したり、悪いニュースだと女子選手への盗撮の問題なども取り沙汰されています。どうしてこうした機運が社会的に高まっているのでしょうか?

大崎 ひとつは「SDGs(持続可能な開発目標)」に取り組む企業が増えたことがあげられます。なかでも特に重要といわれているのが、ジェンダー問題なんです。その背景には、ESG投資(環境・社会・ガバナンスに配慮した、長期的視点に基づく投資)の急速な拡大とそれを推進する機関投資家の存在があります。ESG投資の柱の一つにジェンダー平等があり、管理職や役員の女性比率や、セクシュアルハラスメント対応、最近は男女間の賃金格差などもチェックされ始めているんですね。

──なるほど。選手の言動にスポットが当たりがちですが、組織や大会を運営する企業としても、事業を継続していくためにジェンダーギャップを見過ごせなくなってきているというわけですね。

大崎 例えばアメリカでは、女子サッカーのナショナルチームが訴訟を起こしました。自分たちの報酬が男子に比べて非常に低いと。そこで論点になったのが、成果ベースで見るか、商業ベースで見るか。成果ベースで見れば、アメリカの女子サッカーは世界一を獲得したことがある。でも、商業ベースで見ると、観客動員数や放映料は男子サッカーの方が多い。どういう価値基準で判断するかによって評価は変わってくるわけです。

小野塚 思い当たることがいろいろありますね。ただ、少しずつ改善されている動きも感じています。例えば、私の活動の場であるウィンタースポーツの世界では、これまでスキーとスノーボードで賞金額が違ったし、男女でも差がありました。それが去年から同額になった大会もあって。私はすごいなって思ったんです。同じリスクを背負って競技に取り組んでいるのに、どうしてこんなに違うんだろうと考えていたので。

大崎 あとは男女比率の問題も長い間放置されていました。なかでも目が及ばないのが、意思決定権を持っている指導者側です。男女は身体的に違うので、男性のために編み出されたトレーニングを女性がそのままやってしまうと、負荷がかかりすぎて無月経や骨粗相症になってしまう可能性があります。ほかにはセクハラが軽視され、見過ごされたりと、競技団体の理事に女性が少ないと起きる確率が高まってしまうんです。

小野塚 指導者に男性が多いという話も本当にそうで。とくに私が取り組んでいたスキーハーフパイプという競技は、日本でまだ浸透していないのでプレイヤーが育っていないんです。だから、女性の指導者もほとんどいなくて。スタッフに女性の栄養士さんがいるくらい。でも、女性にしかわからないことは絶対にあるので、そのバランスを取らないといけないんですよね。

一児の母として子育てをしながら、プロアスリートとしても第一線で活躍する小野塚さん。

競技と子育ての両立に立ちはだかる“本当の問題”とは

──こうしたジェンダーギャップの問題は、少しでもスポーツに携わったことがある人は経験していることなのかなと思います。ただ、その問題をアスリートから声を上げて指摘するのは、なかなか簡単なことではないですよね。

小野塚 それはすごく感じますね。去年末に出産をしたのですが、いちばん心配だったのが自分のキャリアでした。2019年にハーフパイプを引退して、フリーライドに転向した直後だったのでとくに。だから、けっこう早く練習を再開したんですけど、すごく驚かれました。もう復帰するの?って。でも、海外だと産後1ヶ月で職場復帰する人もいるし、もっと当たり前のように仕事と子育てが両立できる社会になればいいなと。

大崎 私は子どもを持ったのが早くて、大学院に在学している24歳のときに長男を出産しました。卒業後に国連に就職したんですけど、当時、国連は2歳まで母乳育児を推奨していて、職員が母乳育児を継続できる制度がありました。2歳までなら子どもの出張手当が出たり。私の仕事は開発支援だったので、子どもが1歳になるまで中国、タイ、カンボジア、フィリピンに抱っこして連れて行ったりしていましたね。

小野塚 そんな小さなときから連れていってたんですね!

大崎 途上国の村に行くと、女性たちは国連の職員が来るというからすごく緊張しているんですけど、抱っこ紐をつけた私を見ると目線がお母さんになるんです。なんなら母としては現地の方が先輩なわけで、向こうも心を開いていろんな話をしてくれました。そうやって子どもを連れて出張することで仕事に還元されていた部分もあって、うまく両立できていたからすごくよかった。だから、小野塚さんも遠慮せずに世界中を飛び回ってください。

小野塚 さすがに雪山に子どもを連れていくことはできないんですけど(笑)、国連がサポートをしてくれるのはすごくいいですね。仕事で海外に行くときの渡航費や宿泊費はスポンサーや協会からいただくんですけど、シッターさんを連れて行こうとしてもさすがにそこまでは難しくて。だったら、子どもを置いて行かざるを得ないわけですが、本当は自分が山に行くときにシッターさんがいたらすごく気が楽。いちいち海外から電話して状況を聞かなくてもいいですし。そういうふうになっていったらいいですよね。

大崎 当時の上司からは「私たちの頃は子どもを育てながら仕事をするのが本当に辛かったから、声を上げて制度を作ったんだ。どんどんその仕組みを使ってステップアップして、次の世代に還元して」と言われたんですね。日本だと制度はあっても周囲の目が厳しくて活用できないという声が多かったりします。でも、国連では制度を使うことに対して周囲が積極的だったので日本でもそのような雰囲気作りができると、より良い社会になるのではないかと思います。

小野塚 男性が育児休暇を取得できないのもそういう空気感のせいですよね。育休を取れる制度はあるけれど、周囲の理解が得られないということはよく聞きます。

娘と息子と連れて世界中を飛び回っていた大崎さん。カンボジアのプノンペンの空港にて。

スポーツ選手は「女の子たちのロールモデル」になるべき

──こうした問題はスポーツに関わらず、日本社会全体の問題として存在するものですし、先ほどの意思決定者の男女比率の問題にも関わってくることですよね。女性の比率が増えれば、育休の重要性をもっと伝えることができるかもしれません。

大崎 今、30〜40代前半の男性を中心に育休を取る文化ができはじめています。それによって会社の方針も変わりはじめていて。今まで男性は家族を養うために会社で働くことを期待されてきました。その結果として、長時間労働が美徳化されたり、上司の個人的な好き嫌いで評価が決まったりしてきたわけです。

しかし最近は、先ほども説明したようにESG投資ではジェンダー平等が重要視されていて、男性の育休取得率も指標の一つになっています。だから、社員がどういう責任範囲で仕事をして、どういう結果を出しているのかをはっきりさせる必要が出てきます。すると、客観的な情報で一人ひとりの仕事を評価できるようになるので、理不尽な賃金格差も減少するし、育児休暇も自然と取得しやすくなるんですよね。こうしたさまざまな面で過渡期を迎えているのが今の日本なんです。

──そうすると、日本の状況はこれから数年で大きく変わる可能性があるということでしょうか。

大崎 5年で日本は変わると思います。今まではどちらかというと、女性はサポートする側で、声を上げないことがよしとされてきました。でも、それではダメなことに多くの人が気づきはじめています。今の子どもたちの教科書を見てみると、共働きをしていることが前提になっていたりと、私が子どものころとは内容がまるで違います。

小野塚 教育の現場が変わると将来に期待できすね。

大崎 それだけでなく、子どもたちは先生たちの日々の言動から受ける影響が強いこともわかってきているので、文科省も教員向けにアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)に気づくための研修を推進しようとしています。だから、小野塚さんのお子さんが学校を出るころには、男の子であれ女の子であれ、伸び伸びとリーダーシップを取れる世代になっているでしょう。

小野塚 そうなってほしいですね。そういう時代が来るときのために私は、プレイヤーとしても活躍したいし、将来的には指導者にもなりたいし、育児ももちろん頑張りたい。その三足のわらじができたら、自分としては成功。あとは次の世代ために、もっと声を上げていけたらいいなと考えています。

大崎 国連でもスポーツによるエンパワーメントは注目されています。思春期に差し掛かると男性との差異が出てくるので、女性は自己肯定感が低くなることがあります。そのときにスポーツをしていると、身体的・体力的な面から自信を持てるようになるんです。そのようなロールモデルの存在が大切です。大坂なおみさんがアイコンとして認知されていますが、小野塚さんのようなマインドを持った女性が活躍して、社会的なことにも関わっていくことが大切なんです。

小野塚 具体的にどういった活躍が期待されるんですか?

大崎 過去にアフガニスタンの女子サッカーのナショナルチームに在籍する18〜25歳の女性に向けてリーダーシップのトレーニングをしたことがありました。そのときに「あなたのロールモデルは誰ですか?」と聞いたところ、大半が「自分」と答えたんです。通常は歴史上の人物とか、お母さんといった人が挙がってくるんですけど、そうではなく自分がロールモデルになるんだと。

小野塚 すごいですね。

大崎 紛争が終わって平和構築をしていくなかで、女性がサッカープレイヤーになるのは本当に前例がない状況でした。だからこそ、活躍する姿を子どもたちに見せたいと言うんです。それが未来世代を育むことになるから。小野塚さんには、未来の女の子たちのロールモデルになっていただきたいですね。

小野塚 たしかに、私も「目標にしている選手は?」と聞かれたときに「自分」と答えてきたし、「今後どういう選手になりたいか?」と聞かれたときは「オンリーワンになりたい」と答えてきたのですが、それと同じことですよね。前例がないところにどんどん突き進んでいきたいと思います。

小野塚彩那

小野塚 彩那

1988年生まれ。スキーハーフパイプ元日本代表。2歳からスキーを始め、アルペンスキーと基礎スキーで活躍していたが、2011年にフリースタイルスキー・ハーフパイプに転向。2014年ソチオリンピックで銅メダルを獲得し、2015、2016年はワールドカップで2度の種目別総合優勝。2017世界選手権では金メダルに輝く。2018年平昌五輪では5位入賞。現在はフリーライドスキーに転向し、2020年末に第一子を出産。

大崎麻子

大崎麻子

国連開発計画(UNDP)でジェンダー平等と女性のエンパワーメントの推進を担当し、世界各地で女性の教育、雇用・起業、政治参加などのプロジェクトを手掛けた。現在はフリーの専門家として、国際機関、政府、企業、NPO等で国際的な知見を生かし、日本国内のジェンダー問題にも取り組む。大学院在学中に長男を国連在職中に長女を出産し、子連れ出張も多数経験。『エンパワーメント 働くミレニアル女子が身につけたい力』(経済界)

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