長い長い
東海自然歩道の
“はじめの一歩”
ロング・ディスタンス・ハイキングの本質は長く歩き続けることにある。でも、東海自然歩道のスルーハイクには2か月ほどが必要になってしまうので、多くの人にとって、なかなか実践することが難しいというのも事実。では、セクションに分けてみてはどうだろう? ルートを区切ることで、それぞれのフィールドを深く知ることにもつながるのだ。
「僕たちの調査で1,200kmほどあった東海自然歩道を100分の1ほどの距離で区切ってセクションを歩きつなぐ“1/100ハイク”という概念が、高尾山にある『Mt.TAKAO BASE CAMP』の加藤もと子さんのアイデアから生まれたんです」と教えてくれたのはトレイルブレイズハイキング研究所所長の長谷川晋さん。その長谷川さんと、学生時代にトレーニングで何度も高尾山を訪れているプロアドベンチャーレーサーの田中陽希さんの二人と一緒に、東海自然歩道の東の起点である東京都の高尾山から神奈川県の相模湖までの東海自然歩道の“はじめの1歩”を歩き始めた。
「スタートしてすぐ薬王院へ続く坂道の表参道を歩くのですが、平均樹齢700年という杉並木や石垣が美しいんですよね。時代を超えて受け継がれている高尾山の歴史の深さに思いを馳せることで楽しみも増えると思います」と田中さん。ルート上に多くの文化財が残されているのが東海自然歩道の大きな特徴でもあるのだが、その魅力が高尾山セクションには詰まっているのだ。
「高尾山頂から小仏城山を抜けて街に下りてきた時に、これぞロング・ディスタンス・ハイキングの醍醐味! という感覚を得られると思うんです。山だけに終わらないで、麓の生活を垣間見るのも楽しさですよね。アメリカでロングトレイルの管理している人に、アメリカではロングトレイルはどんな意味を持つんですか? と聞いたら『全ての自然体験の入り口だよ』って言うんです。日本の長距離自然歩道もそういうものであってもらえたらいいですよね。歩くことで自然をもう少し身近に感じられて、知るきっかけになればいいなと思うんです」
長谷川さんが話すように、東海自然歩道がアメリカのアパラチアントレイルをモデルにした意図は、自然と街をつなぐようにルートをつくり、全ての人が自然に触れるためのきっかけをつくるという目的も大きかったそうだ。
「長い距離を歩いているといろんな発見があります。自分自身で目を向けて、何か発見がないかと積極的にアプローチすれば多くの気づきがあります。自然の中を歩くことは競争ではないですからね。時々立ち止まったりしながらさまざまなことに想いを馳せることで楽しみが増えると思います」
そう田中さんが教えてくれたように、自然の中を歩くことで得られることは計り知れない。
人間の持っている
「歩く」能力の
すごさ
「歩いて300名山をつないだ田中さんの挑戦もそうですけれど、人間って本当はそういうことができるんですよね。でも、現代の人ってそれを知らないで生きているから、自分たちの能力をすごく低く見ているんだと思います。人間の、歩いて移動する能力ってすごいんです。だって、アフリカで誕生した人類が世界中に広がってきたわけですしね。歩くというものすごくシンプルな行為を通して、人間本来の能力の高さみたいなものを体験するきっかけになるし、そこに少しでもロマンを感じる人が増えてくることが、長距離自然歩道の1つの目的なのかなと思うんです。で、それがこんなに人の暮らしに身近なところにあるというのがポイントなんです」と長谷川さん。
現代に生きる人たちの多くは、自然と暮らしを分けてしまっているのだろう。でも、実は自然は身近な存在なのだ。そして、自然の中を歩くということは誰もができることでもある。実際、今回歩いた高尾山から相模湖までのセクションはハイキングビギナーも十分に楽しめるルートであることは間違いない。
「東海自然歩道には、道標をたどっていけば、やがて大阪まで歩くことができるんだ! という面白さがありますよね。飛行機や新幹線といった短時間で大阪まで行く手段を得ているにもかかわらず、1か月も2か月もかけて歩かないとたどり着けない道があるっていう、そんな視点を持つことで世界の広がり方が変わってくるのではないでしょうか。これって東海自然歩道が出来た50年前より、むしろ現代の方がその価値が大きくなりつつあると思うんですよね。高尾山から相模湖までの13キロをただ歩くっていうんじゃなくて、これが長い長い1本のロングトレイルの100分の1だということを認識してもらえるだけで、その先のつながりが見えてきて豊かな気持ちになると思うんです」
長谷川さんがそう教えてくれたように、ルートは確かにつながっていて、セクションハイクを100本つないでいけば、やがて大阪にたどり着くのだとイメージするとワクワクしてくる。