NEW CIRCULATION
二酸化炭素そのものを素材の原料にする未来へ
脱炭素時代実現に向けたポジティブなメッセージ
大胆なグラフィックと機能的なデザインを支える素材もまた、革新的である。肌触りは、一般的なスポーツアパレルに採用されるポリエステル繊維。その実、世界最先端のカーボンリサイクル技術が生み出した、世界初の新素材だという。
気候変動対策として、CO2排出削減への取り組みが進むなか、世界中のあらゆる産業が注目する「カーボンリサイクル技術」はご存知だろうか。CO2を資源として有効活用するこの技術を使えば、理論的には、化石燃料由来の化学品、たとえばポリエステル繊維やペットボトルなどの原料をCO2から製造することが可能になる。この技術を活用した世界最先端の研究・開発の一つを、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託事業として2020年から進めてきたのが、三菱商事、千代田化工建設等によるコンソーシアム*だ。
*出典:「CO2 を原料とするパラキシレン製造に関する開発に着手」
このコンソーシアムは、CO2を原料としてパラキシレン(ポリエステル繊維やペットボトル用樹脂などに加工される化合物)という素材を製造するためのカーボンリサイクル技術の開発を行っている。もしこの技術が実用化されれば、気候変動の要因とされてきたCO2をむしろ原料として活用することができることになる。たとえば、年間約4,900万トンの需要があるパラキシレンの全量をCO2由来に切り替えたとすると、なんと年間約1.6億トンのCO2を有効活用できる試算だ。
あらたに設けたパイロットプラントでCO2由来のパラキシレンの試験製造を行ってきたが、ついに、その製造に成功したのが昨年、2023年のことだ。
「通常のパラキシレンは、石油から精製された後、複数のプロセス・事業者を経て製造されます。私たちが開発中のカーボンリサイクル技術を使えば、石油からではなくCO2と水素から、たった1プロセスでパラキシレンを製造できるようになります。将来的に商業化された際は、CO2は大気から、また水素は水から作ることが可能となります。つまり大気と水からカーボンネガティブなポリエステルを製造することを目標にしています。このスポーツクライミング用公式ユニフォームに使われているのは、その技術開発のなかで製造された、世界で唯一のCO2から直接合成したパラキシレンのサンプル。同じく脱石油素材であるリニューアブル・バイオ由来の原料とあわせてポリエステル繊維に仕立てています。脱炭素社会実現への第一歩となる画期的な素材を、単に『新原料開発に成功しました!』というような事業報告ではなく、この素材開発へのチャレンジが意味することをメッセージとして広く世間に伝えていく為に、何か象徴的なプロダクトに対して提供したいと考えておりました」(三菱商事地球環境エネルギーグループ次世代エネルギー本部水素インフラ開発部 岡本麻代さん)
そこで誕生したのが、THE NORTH FACEとのコラボレーションだった。世界的なスポーツ大会でアスリートたちが着用するユニフォームとあれば、多くの観衆の目に留まる。世界に向けて、脱炭素社会に向けた力強いメッセージを発信できる。また、大きな“壁”を一つ一つ乗り越えていくというスポーツの意義と、この素材開発にまつわるチャレンジは、どこかリンクするところもある。実際、新素材開発の意義と実現までの困難を知ったTHE NORTH FACE / JAPANのユニフォーム開発担当者らは、この素材が意味することをより多くの人に知ってもらいたいと考えた。
「わたしたちTHE NORTH FACEは、脱炭素社会実現に向けた取り組みを行っています。今回、コンソーシアムからナショナルチームのユニフォーム素材としての提案をいただき、こうしたメッセージを表現する機会としてこれ以上のものはないと感じました。この新素材をユニフォームに取り入れることは、脱炭素社会に向けたメッセージになるだけではありません。環境配慮を可能な限り追求したユニフォームは、アスリートにとっても大きなモチベーションになると考えたのです」(THE NORTH FACE / JAPAN)