N A O T O S U N O H A R A
春原直人
視えない「壁を描く」
Introduction: 日本画の技法をベースに、作家自身が山行中に体験した身体的な動きを筆致に昇華し、抽象的な風景として表現する新進気鋭の画家である春原直人。「壁」を題材に製作された今回のアートワークが生まれるまでの経緯、彼の作品の背景にある自然観を語る──
新型コロナウイルス感染症が世界的に広がり始めた
2020年にオファーを受けたのが始まりです。普段から山に身を置きながら作品を製作しているので、とても光栄に思い、どのようにプロジェクトが発展するのかと想像を膨らませていました。ただ、当時は外出制限が最も厳しく、自分自身もアトリエで過ごす時間がとても多い時期でした。
NS
山行を起点に制作に取り組む春原にとって、フィールドに出ることが叶わないことはすなわち、新たな作品に取り組めないことを意味していた。「壁」を題材にどのようなアプローチでアートワークを作ることができるのか。ディスカッションが進められる中でインスピレーション源となったのは、アンセル・アダムス*が撮影したハーフドームの写真だった。
アンセル・アダムス(1902–1984)
アメリカ・サンフランシスコ生まれ。アメリカの雄大な自然風景を撮り続け、アメリカ写真界の巨匠と称される。後年は環境保護家としても多くの功績を残し、環境問題が広く注目されるきっかけを作ったことでも知られている。1966年にオープンしたTHE NORTH FACE第1号店には、現在のロゴの原型となったアンセルによるハーフドームの写真が飾られていた。
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ディスカッション最中に、アンセル・アダムスとTNE NORTH FACEの関係性を聞きました。そして、改めてアンセルが撮影したヨセミテの写真を見た時、自分が制作を通じて探求していることに通じる部分を発見し、山に行くことができない今だからこそできる表現を考え、作品のインスピレーションに選びました。
NS
人間の創造性に関しては数多くのパラドックスが存在する。例えば、想像力は完全に自由な状態を必要とすると思われがちだが、ある種の「制限」が存在した方が人間は物事を大局的に物事を眺め、よりクリエイティブな発想を生み出すことができるとも言われている。春原が感じたアンセルとの親和性もまた、そうした想像力に関する、ある逆説であった。
アンセルの技法についてはそこまで詳しいわけではありませんが、深い黒と明るい光のコントラストが印象的で、モノクロの世界の中にさまざまな色を感じました。自分もモノクロームな作品を制作していますが、それは山を多様な色や要素が存在する多義的な存在であると感じていて、その全体像をあえて抽象的、印象的な方法で表現することで、作品と対峙した鑑賞者が全体像を想像する余白が生まれると考えています。
NS
制限されたミニマルな色彩表現というある種の「壁」が、そこに表されている以上の自然が持つ奥行きを観るものに想像させるのであった。では、プロジェクトの進むべき方法を見出した春原は、どのように制作を進めたのか。
普段は実際に山を登攀することで身体に蓄積される山の空間の体験を筆致になぞらえることで作品を制作しています。ただ、今回はアンセルが撮影したハーフドームの中にある岩肌を何度もドローイングすることから始めました。そうして描き進めていたある瞬間に線と線が交わって、自分のこれまでの経験の中にある、視えない山の景色が見えました。そこから実際にキャンバスに和紙を貼り、頭の中にある空想のヨセミテの岩目を辿るように岩絵具を重ねていくことで今回の作品が完成しました。
NS
それはまさしく、身体に蓄積された広大な自然を辿る
過程が平面に発露する瞬間であった。そんな春原自身の自然観を尋ねると、とても興味深い回答が返ってきた。
山に入って制作を続けている中で、今を生きているこの瞬間は、自然でも等しく流れていて、同じ時間を生きているのだと気がつくようになりました。元々、「人間と自然」という二元論ではなく、自分という一人の人間もまた自然の一部なんだと思います。
NS
最後に、春原にとって、「壁」とはどのような存在なのか。
『その先にある景色を想像するために超えなければいけないもの』と思っています。もちろん、困難な障害としての側面も確かに存在します。けれど、壁を乗り越えたその先に何が待っているのか、それが最も好奇心をかき立ててくれます。自分はこれからもまだ見たことがない景色を探していきたいと考えているし、壁が存在しない場所には想像の余地も生まれないと思います。
NS
壁は障害物ではなく、私たち一人一人が持つ可能性や想像力を刺激する存在であり、「登る」というプリミティブな行為を通じて、人間は自然の一部であり、一人一人の中にもまた自然が広がっていると知れるのであろう。春原の作品はそうした本質的な体験を私たちに示してくれるのだ。
1996年長野生まれ。2020年東北芸術工科大学大学院修士課程芸術文化専攻日本画領域修了。主に山を主題とした作品を制作しており、作家自身が実際に登攀することで蓄積される身体的な動きを筆致に昇華し、抽象的な風景として表現することで、炭や岩絵具といった伝統的な日本画のメディウムを用いながらも、外延性を持った平面作品の新たな可能性を模索している。これまでに、アートフロントギャラリー(東京)での個展『Fragments from Scaling Mountain』や上野の森美術館「VOCA展」(2021)、 銀座蔦屋書店(東京)「エマージング・アーティスト展』(2021)をはじめとする個展、企画展に精力的に参加し、現在最も注目を集める新進気鋭の画家として知られている。
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