The Creativist

AREA 241 Journal 未来を手づくりする人たち
Chapter 9 Vol.One
FORESTER
Shigeaki Adachi

足立成亮

TEXT & PHOTOGRAPHS by NUMA
僕たちの暮らす国は、国土の大半を森林に囲まれた、世界で数少ない国だ。かつての日本人は森と積極的に関わり、豊かな生態系を利用して暮らしてきた。しかし今、日常的に森に入る人は少なくなり、その恵みを活用する術を忘れてしまっている。林業に携わる人口は減り、人の手によって育てるべき山林は放置されているという。どのような理由で、僕たちは森と距離をおいてしまったのだろうか?
自然と資源をめぐる誤解

日本は、ほかの国と比べて国土面積が狭く、資源が乏しい国である。

昭和の終わりから平成にかけて少年時代を過ごしてきた僕は、学校でそのように教わってきた。しかし、大人になってバックパックを担いで世界を旅するようになると、様々な固定概念から開放され、それは必ずしも正しい言説ではないことに気づかされた。

ロシアやアメリカのような大国と比べれば、確かに日本は小さい国だ。しかし国土面積は、世界約200カ国のなかで60番目あたりである。イギリスやドイツよりは広く、さらに領海も含めれば、世界で9番目に広い領土を有する国家となるのである。

資源についても同様のことが言える。

国土面積に占める森林の割合を示す「森林率」という指標がある。日本の森林面積は約25万ヘクタール。38万ヘクタールある国土の約67パーセントを占めている。

つまり、日本の国土は約3分の2が森に覆われているということになる。
地球には赤道付近に分布する熱帯雨林や、シベリアやアラスカなどの亜寒帯を覆う針葉樹林など、日本の森林とはケタ違いの面積を持つ森が広がっているけれど、同時に砂漠や草原など、樹木が育たないエリアを持つ国も多い。森林率の世界平均は30パーセント程度に過ぎないことから、日本は森に囲まれた、資源の豊富な国と捉えることができる。

また日本は、南北に細長く連なる群島という地理上の特性がある。そのため「亜寒帯」「温帯」「亜熱帯」という3つの異なる気候区分に属し、広葉樹や針葉樹が混在する森からバナナやパパイヤが実をつけるエキゾチックなジャングルまで、さまざまなタイプの森が存在している。
僕は子供のころ、ブナの原生林がひろがる奥志賀高原を幾度となく訪れた。大人になってからマングローブが生い茂る奄美大島の密林や、ヒグマの暮らす原生林がひろがる知床半島をカヌーを漕いで旅したこともあった。やがて僕は「日本には多様な森が存在する」という事実に気がついた。世界60カ国近くを旅した経験と照らしあわせても、これほどバラエティに富んだ森林のある国は、数えるほどしかなかった。


森とは? 林とは?

旅を通じて次第に森に関心を持つようになった僕は、日本の森林について、もっと知りたいと思うようになった。

まず気になったのは「森」と「林」の違いだった。

辞書で調べてみると、森は「樹木が多く、こんもりと茂った場所」であるのに対し、林は「樹木が群がり、生えている場所」と書かれており、さほど大きな違いは見当たらない。しかし、双方の語源を深掘りするうちに、それぞれの意味合いが明確になった。

諸説あるが、もともと森は「盛り(もり)」や「守り(もり)」を意味していたという。

高い山の頂きや田園地帯の小さな丘には必ず神社や祠があることからわかるように、日本人は古来から、木々が生い茂る、こんもりと盛り上がる土地には守護神が宿っていると想像し、それらを「森」と呼ぶようになった。
いっぽうで、林は人が木を「生やし(はやし)」た場所を意味していた。家を建てるためや煮炊きの燃料にするためなど、生活の役に立つ材としての木を育てる場所が「林」だった。

つまり、「木々が自然に生えてできた場所」が「森」で、「人為的に育てた木が生えている場所」が「林」ということらしい。

そう言われると確かに、雑木林や竹林のようなところは特定の目的のために人がつくった感じがするし、神社を取り囲む鎮守の森に入ると、神聖な空気に満ちている感じがする。僕はこれまで、文字に含まれる「木」の数の違いを根拠に「より多くの木が生えている場所を森と呼ぶ」と思い込んでいたが、じつはそうではなかったのだ。

そうして新たな認識を手にしたものの、別の疑問が浮かんだ。

なぜ人間の手が及んでいないであろう森を「原生林」と呼ぶのだろう?

「原生林」とは、過去から現在まで人の手が及んでいないと推測される森林を指す言葉である。自然の力で成長しているのであれば、「林」ではなく「森」であるべきだ。

しかし、理由は単純だった。学問や行政の分野、もしくは林業の世界で森林を指す際には「林」という言葉で統一されているからなのだ。
天然林と人工林

このように、両者はそれほど簡単に区別できるものではないから、少々ややこしい。しかし裏を返せば、日本人が森と林を身近なものとして活用してきたかを示している、とも捉えることができるだろう。

では、日本の森林はどうなっているのだろう?

森林はその成り立ちの違いによって、「天然林」と「人工林」に大きくわけられている。

「天然林」とは自然の力で成長する森のことで、台風や森林火災、また鳥獣や植物自体が運ぶ種によって変化を繰り返す。また、人の手によって伐採された歴史があっても、その後100年以上かけて再生した森も含まれる。現在、こうした森林は、国内の森林面積の5割程度を占めている。

その対極にあるのが「人工林」だ。

人間が生きていくうえで必要な燃料や木材を得るために、伐採と植林が繰り返されてきた森林のことで、日本の森林の約4割を占めている。本州の大都市近郊で目にする、直立するスギが整然と並ぶ林がその典型だ。

それにしてもなぜ、こうした区分の中に、自然本来の状態が保たれた非常に貴重な空間とされる「原生林」がないのか?

その理由は「原生林は天然林としての完成形」と考えられているからだ。過去に人間に利用された森でも、長い年月をかけて自然の力によって更新されれば「天然林」となり、さらに時間をかけて、土地に最も適した植生に変化したものが「原生林」とよばれる。このような森林は、森林面積のわずか4%に過ぎない。その土地本来の自然の姿が保たれた非常に貴重な空間とされ、知床半島や白神山地のように保護されている場所がほとんどだ。

いっぽう、世界の森林面積のうち、天然林は93%、人工林が占める割合は7%程度と言われる。これらの数字を比較すると、日本の森林には天然林が少なく、人工林が突出して多いことがわかる。

なぜ、日本の天然林は失われ、人工林が増えたのか。

その理由を辿っていくと、縄文時代にまで遡ることになる。

縄文時代の住居はすべて竪穴式と思われていたが、最近の調査によれば、木材を多用した家屋が集まった大規模な集落が存在していたことがわかってきた。古代から人々は日常的に森に入り、用途に合わせて木を伐採していたのだ。

以降、文明の発展とともに、木材は多岐にわたり利用された。製鉄や製塩などの産業のための燃料として、あるいは社寺などの建築を目的に、大量の木が伐り出され、中世にはかなりの天然林が失われていたと推測されている。

江戸時代には、人口の集中した江戸や大坂など大都市で建築用木材の需要が増大し、各地で森林伐採が盛んにおこなわれた。そのため森林資源の枯渇や災害の発生が深刻化、幕府や各藩は森林の回復と木材生産を両立させる造林を推し進めた。

近代化へと舵を切った明治時代はヨーロッパから林業技術を学び、木材は、鉄道・造船・鉱山開発・製紙業などあらたな分野で大量消費されるようになり、特に日清・日露戦争による木材需要の増大によって、天然林を切り開き人工林にする動きが加速した。
日本の森が危ない

こうして、森に関する様々な事実を知るうちに、現代日本の森林が抱える問題点に行きついた。
その最たるものは、「放置状態になっている人工林」の問題だ。
いったいどういうことなのか?

引き金になったのは、明治時代以降に起こった日本の近代化と、昭和にかけて勃発した、たび重なる戦争だった。
日清・日露戦争から第二次世界大戦にいたるまで、軍需物資等の需要が急速に高まったことから、森林は次々と伐採された。さらに敗戦後、暮らしを建てなおし、産業を復興させるために大量の木材が必要とされた。

しかしながら、そのときすでに森林の大部分は失われていた。よって木材の供給不足が慢性化し価格は高騰。増産が喫緊の課題となった。くわえて、当時の日本では、燃料が石炭・薪から石油・天然ガスへと置き換わる「燃料革命」の時期をむかえていた。それまで里山林でつくられていた薪炭は、燃料源の変化とともに需要が減っていた。そこで不足する建材向けの木材を供給すべく、そうした森林を針葉樹へ置き換えようという動きが加速したのだ。

日本政府も「今後も需要が見込まれ、経済成長にも貢献する」と、スギやヒノキ、カラマツの植林を奨励。
山の所有者たちも「銀行に預金するよりも木を植えるほうが金になる」と先読みし、全国的な造林ブームが巻き起こった。
こうして、日本の森林の約4割が、短期間で木材を量産できる針葉樹林に姿を変えた。
海を渡ってきた木

これで一件落着かと思いきや、問題はむしろその先にあった。

やがて日本は高度成長期に入り、木材需要はより一層の高まりを見せた。
しかし、戦後に造林したばかりの人工林は、まだ収穫期に至っていなかった。
慢性的に続く供給不足。

そこで政府は、1960年から段階的に木材の輸入自由化へと舵を切る。
安い外国産材が輸入されるようになると、木材の供給量は安定し価格も安定したが、国内産の木材が安価な外材との価格競争に晒されることとなった。

1973年、為替市場の変動相場制による円高時代に突入すると、木材価格はさらに下落してしまった。
何十年もかけて針葉樹を育てたところで、外国産木材との競争に晒され、高値で売ることができない。
林業を営む人々は経営が苦しくなり、森で働く山村の人々は都会に出て、新たな職を求めた。
経済的価値を失った森林は負の資産と見なされるようになり、次第に放置されるようになったのだ。

こうして国産木材の需要が低下した結果、1950年代には9割を誇っていた国内の木材自給率が、2000年には2割を切るまでに落ち込んでしまうことになる。


森を放置すると?

問題はさらに続く。

苗の植え付けから収穫までを人為的におこなう人工林は、農作物を栽培する田畑がそうであるように、手入れを怠ればすぐに荒れてしまう。
樹木が過密にならないように生育の悪い木を伐採する「間伐」や、森林内を明るくして土壌を健全に保ち、より良質な木材を育てるための「枝打ち」などの作業が欠かせない。
管理の行き届いていない森では、木々が密集し痩せ細ってしまい、木材としての価値は低くなる。
それだけではない。森林には、動植物や菌類などの多様な生物を育む場としての役割や、二酸化炭素を吸収して地球温暖化防止を緩和する機能がある。
また、地中に浸透した雨水をろ過して貯蔵したり、木がしっかりと根を張ることで土壌を強化する役割も果たしている。
しかしながら、自然環境を支えるこうしたシステムは、森が健康でないとうまく作動しない。
放置された人工林では、太陽光が森の隅々まで届かず、地表の植物が育ちにくい。土壌は脆くなり、大雨が表土を流して土砂災害を引き起こす原因になる。生態系に大きなダメージを与えるだけでなく、結果的に社会や産業にもネガティブなインパクトを与えることになる。

現在、1950年代以降に大量に植えられたスギやヒノキなどの針葉樹は、収穫期を迎え、伐採の時を待っている。しかし、このまま放置されれば、森はさらに荒廃してしまうだろう。
こうした森林の状況に危機感を覚えた政府は、新たな法整備に取り組んだ。

林業が衰退し、森が荒廃することに歯止めをかけるひとつの解決策は、国産木材の利用を推し進めること。「木を伐って、植えて、育てる」というサイクルを定着させ、林業の活性化を通じて森を再生させようと試みたのだ。
その効果として、この10年のあいだに、地元の木材を多用した公共建築物が各地で建設されるようになった。全国から集めた木材を使った国立競技場は、その象徴的な存在といえる。
端材を活用した知育玩具の普及や国産材の家具づくり、製材に適さない木材をバイオマス発電用の燃料として利用する動きも活発になった。木材の産地にこだわってテーブルや椅子を買う消費者も増えた。
こうして国産木材の需要と供給は高まり、輸入自由化以降減少の一途を辿っていた木材自給率は2000年代に入ると上昇に転じ、2020年には約半世紀ぶりに40パーセント台にまで回復した。

しかし、これですべての問題が解決したわけではなかった。

足立成亮/林業家

1982年・札幌生まれ。2009年に林業の世界へ。2013年に独立して〈outwoods〉を名乗る。自分たちが関わる山や森林を「ヤマ」と呼び、そこで生きるものや朽ちてゆくもの、すべての生態系が共存する未来を描いて、日々「ヤマ仕事」に明け暮れる。過去から現在に繋がる森の姿や、木こりが見る景色を、ワークショップなどを通じて積極的に発信し続けている。
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