The Creativist

AREA 241 Journal 未来を手づくりする人たち
Chapter 7 Vol.Two
LANDSCAPE ARCHITECT DESIGNER
Kei Amano

天野 慶

TEXT by SABU ISAYAMA
PHOTOGRAPHS by RYOYA NAGIRA
その場所にいると「なんか気持ちいい」。そんな不思議な空間の設計を手掛ける天野慶さん。設計のヒントやアイデアはいったいどこから湧いてくるのだろうか?  「ひとつひとつのデザインには必ず理由がある」と語る天野さんの仕事の極意に迫る。
本物の人たちが来た時に見抜かれる

天野さんは衝撃を受けた。

「もうびっくりしちゃって。とがってないというか、力の抜き方が上手いっていうか。みんな適当というか」

オーストラリア最東端。
サーファーの街として知られるバイロンベイ。
PHOTO by KEI AMANO
2018年10月、天野さんは宮崎県宮崎市青島にリゾート施設〈AOSHIMA BEACH VILLAGE〉の植栽設計を依頼され、アイデア探しのためにバイロンベイを訪れた。

全く聞いたこともない地名だったが、当時のプロデューサーに「もう絶対バイロンベイだよ、絶対ハマるから」と強く推されて実際に行ってみたところ、「着いてすぐに納得した」という。

何がそんなによかったのだろうか。

「なんかいいの。お店も、ホテルも、人も、日の入り方も。レストランには畑がついていて、その見せ方も上手い。全然威張ってないし、なんか居心地いい。ウェイトレスは自分の場所をまるで舞台のように思って働いてて。サーフエリアで、朝はめっちゃ早いんです。ライフスタイルなのかな。ベースにはヒッピーカルチャーがあるんだろうけど、力の抜き加減や気取ってない感じがよかった」
PHOTO by KEI AMANO
バイロンベイも青島も都市部から少し離れた田舎町で、どちらもサーフィンのメッカとして知られているという点で、環境や条件は似ていた。

天野さんはバイロンベイから得たヒントを、日本の文脈に解釈し直し、〈AOSHIMA BEACH VILLAGE〉の空間設計を考えていった。

とりわけ視察で印象に残っていたのは「空間に無駄なスペース(余白)が多い」ということだった。

「日本って無駄なく、ギュってやるじゃない。青島も最初はBBQやろうって言って、広いBBQエリアをつくろうとしていたんだけど、僕は壁になるようなものはそんなにたくさんいらないと思ってて。むしろ無駄をつくるというか、あえて謎の空間をつくって、そこにYogibo(体にフィットするビーズソファ)を置いてみたんです。『え、Yogibo?』って驚かれたけど、みんな気持ちいいから、やってみようよって言っていろいろ提案したんです(笑)」

「人をダメにするソファ」として知られるYogiboに白昼堂々、野外で寝そべることができるなんて、さぞ気持ちがいいことだろう。都会だと、電車でもカフェでも効率重視で1人あたりに割り当てられるパーソナルスペースは限られており、肩身の狭い思いをしがちだ。だからこそゆったりとした「間」があると、もうそれだけで解放感があって気持ちいい。〈98BEERs〉もそうだったが、客がそれぞれ自由に好きなことをして過ごしていても互いのことがそれほど気にならないのは、こうした間や適度な距離のおかげなのかもしれない。誰かの心のゆとりは、また別の誰かの心のゆとりへと連鎖していく。
PHOTO by KEI AMANO
天野さんは常にアンテナを張り巡らせ、こうしたヒントをバイロンベイのような現地視察だけでなく、建築物、映画、ハイブランドの広告、浮世絵など、さまざまなところから見つけてきて〈ヤードワークス〉独自の空間づくりに生かしている。

重要なのは「構図」だという。

「たとえば僕ね、本とか苦手なの。読まないの。読みたい気分はあるけども。目に入る情報だけでいく。どこかに惹きつけられる写真があるのかどうかを見てて、それは何かなって思ったら、構図だったりするわけ。〈GUCCI〉の広告に写っているインテリアなんかもよくチェックするんだけど、やっぱり配置のバランス、色の使い方、構図だね。スタイリストだけでも何人もいるわけだし、それが日本だけでなくて世界に発信されるものだから、凄いトップチームでやってると思う。それもたった見開きだけ、とかで。そういうところは結構見てるかも」
PHOTO by AOSHIMA BEACH VILLAGE
〈AOSHIMA BEACH VILLAGE〉とは打って変わって、アートの島として知られる香川県直島にある〈直島旅館ろ霞〉では枯山水を設計した。この時、天野さんが目をつけたのは「白銀比」だった。

西洋生まれの黄金比(縦横比率が1:1.618…となる長方形で美しく感じる比率)に対して、日本には「白銀比」(およそ1:1.414)と呼ばれる独自の比率が存在する。別名「大和比」とも呼ばれ、古くから大工の間では「神の比率」とされてきた。つまり「日本人が美しいと感じる比率」を庭の造園に用いたのだ。

天野さんは単に既存の理論をそのまま流用するのではなく、そこに何か独自のアイデアを加えてオリジナルの作品をつくることにこだわっている。例えば南半球の植物を置いて「多国籍な日本庭園」にしてみたり、あえて人の手がかかる水田(それも水鉢で円形の一風変わったデザイン)をつくって、実際に米を収穫するまでの一連の作業風景を客に見せるようにして、四季の移ろいが感じられるようになっていたりする。
PHOTO by NAOSHIMARYOKAN・ROKA
これらは全て、豊かな山に囲まれ、きれいな夕焼けを見ることができ、そして多くの外国人観光客が訪れる島といった、直島特有の環境や条件、そして宿の目的に合った空間をつくるための仕掛けであり、ひとつひとつのデザインには必ず理由がある。

「なんでこういうふうにしたのかっていう明確な答えがないと、本物の人たちが来た時に見抜かれるなって思ったの。なんとなくここがいいな、だけじゃすまないって思って」

客に「なんかいいな」とそれとなく思わせる空間は、実はこうした理にかなった設計意図や天野さんの独創的な編集力によって成り立っていたのだった。常識では思いつかないような発想にチャレンジしても、それが決して悪目立ちして「非常識」になることなく、むしろ「新しい常識」として訪れた人たちの感性をアップデートしてくれるのは、その組み合わせ方が「上品」だからなのだろう。

ではそんな空間設計と植栽作業の「現場」はどうなっているのだろう?

視点をランドスケープから天野さんの手元と横顔に移してみよう。
みんなが慌てても自分は慌てない

「さぶさん、明日は一緒に東京に行きましょう」

〈98BEERs〉を視察した翌日。2022年11月28日、午前7時25分。
〈ヤードワークス〉事務所から最寄りのJR石和(いさわ)温泉駅。

7時55分発、新宿行きの特急かいじ6号に乗るということで、30分前には駅に着いて先に天野さんの到着を待っていたが、肝心の天野さんが、なかなか現れない。

ちなみに石和から新宿までは高速バスが出ており、そちらの方が安く移動できるのだが、天野さんは「移動はなるべくケチらない方がいい。エネルギーが使われるから」と言い、東京で仕事がある時はいつも特急に乗っているらしい。

今日は渋谷区にある個人住宅の現場に入るということで、東京までの移動の道中と実際の施工作業中に密着取材をさせてもらう。

ちなみに天野さんの直近のスケジュールをお伝えしておくと、この日、天野さんは渋谷区の現場の後、夕方には羽田空港から飛行機に乗って沖縄へ移動。ウェディング場の現場を視察し、2日後には東京に戻ってきて今度は日本橋に新規オープンする複合施設〈Keshiki〉(景色)の植栽作業に取り掛かるという。

他にも常に10件くらいのプロジェクトが同時進行している。天野さんは朝方4時くらいまで図面を書き、3〜4時間だけ寝て、移動中もプレゼン資料をつくったり、LINEやメールを返したりする日々を送っている。平日・昼間は人と会うことが多く、また家庭では妻と子どもたちと一緒に過ごすため、だいたい週末か真夜中、あるいは移動中に自分にしかできない仕事をこなしている。
かなりストイックな生活だが、天野さんは「お金をもらって自分の表現ができるわけだから当然だと思っている」と言っていた。

午前7時45分。

いよいよ発車10分前になってソワソワしていたら、突然、千利休のような帽子と羽織を身にまとい、背中にリュックサック、片手にスーツケースを持った天野さんが登場した。

和風で伝統的でありながら、どこかストリートっぽさも感じさせるルック。カジュアルな場にもフォーマルな場にもそのまま出ていけそうな硬軟兼備の格好だった。天野さんは、会う度に服や髪型の印象が変わるところが面白い。

なんて言ってる場合ではない。
特急列車の発車まで、残り4分!

天野さんは全く急ぐ素振りも見せず「全然余裕だね」と言って、駅の〈NewDays〉でホットコーヒーを買っている。しかも「さぶさんもコーヒー飲みます?」と言って気を遣ってくれている。

気になって「いつもこんな時間感覚なんですか? 一本乗り過ごしたら次はかなり遅れてしまうと思うんですけど」と尋ねてみた。天野さんは「そうだねぇ」と言いながらコーヒーを啜っている。

「それで乗り遅れちゃったことってないんですか?」

「ないないない。飛行機は早めに行くけど、電車のチケットはもうだいたい〈えきねっと〉(JR東日本のインターネットのJR券申込サービス)で取っちゃってるから」

「時間の使い方が上手ですね」

「うん、凄い逆算してるかも。タイムスケジュール管理は結構するかな」

そんなやりとりをしながら歩いていき、ほぼ時間通りにホームに到着。
予定通り列車に乗り込んだ。

「駅に着いて電車に乗った」という何気ないシーンだけど、「天野さんって毎日こういう時間感覚で生きているんだな」ということが、なんとなく透けて見えた瞬間だった。

「結構みんなそんなことできないって言うんだけど、客観視すると自分でもよくやってるなと思う。15年、ずっと当たり前のようにやってるけどね。ただ他人に同じことを期待しないようにはしてるかな。押し付けになるし、真似するとテンパるだけだから。でも背中見てやれる人はやれますよ」

「取り乱すこともないですか?」

「いや、もうならないでしょ。それ、なってたらもうなんにもできないっすよ。客観的に自分がわかるというか。メンタル鍛えられるからさ。みんなが慌てても自分は慌てないです」

遅過ぎず早過ぎず、常に一定のペースをどうやって保ち続けているのか。さすがに心の中まではわからないが、その冷静さが仕事を確実なものにしているであろうことは伺えた。

〈ヤードワークス〉ならどうするか?

朝の静かな列車内。

席はそこそこ空いていて、サラリーマンたちがカタカタとノートパソコンのキーボードを叩く音が聴こえる。天野さんはリュックサックから書類の入ったファイルと文房具を取り出し、作業を始めた。
「THE COFFEE SHOP」という天野さんのお気に入りのコーヒー店の豆が入っていたジップロックには、赤・青・緑のフリクションボールペンや、角度計のついた折りたたみスケールなどの文具がパンパンに入っている。インクはすぐに無くなるので替えの芯は常に多めに持ち歩いているという。

資料を見せてもらう。

A3用紙に印刷された建築図面だ。建築士から提供されたもので、天野さんはそれを「裸図面」と自分の造語で呼んでいる。

〈ヤードワークス〉の仕事の流れはこうだ。

クライアントから依頼が来て、まず打ち合わせを行う。契約が決まると、建築士と連携をとり、さきほどの「裸図面」が送られてくる。その上に天野さんが植栽設計を書き加える。それをプレゼン資料とともにクライアントに提案。提案が通ると、作業の段取りを考え、施工に入る。ざっくり説明するとそんな感じだ。

テーブルに広げた「裸図面」には、どのエリアに何の植物を植えるか、どこに防風柵や生垣を設置するかといったことが、さきほどの赤、青、緑のフリクションボールペンを使って、斜線や点線で細かく書き込まれている。他にも、使う資材であるコンクリート、メタルフォーム、木質加熱アスファルト、砂利、その他、聞いたこともないような専門用語や、サイズ・個数・計算式などを記した数字がずらりと記されていた。
実際の植え込み作業は、住宅や施設などの建物が建った後、クライアントへの引き渡しの直前のタイミングで行われる。今日はその現場も見せてもらう予定だ。

イヤホンを取り出し耳につけ、音楽を聴きながら図面をじっと眺める天野さん。

右上を向いて、人差し指でトントントンとテーブルを叩いて、何か考え事をしている。
といっても、何かを書き込むわけでもなく、じっと黙ったままだ。何をしているのだろう?

ややピリついた緊張感が走る。

昨日までの、人と会っている時の和やかな雰囲気と打って変わって、今はスーッとひとり集中の世界に入っている天野さん。声をかけていいものか少し迷ってしまい、そのまま10分ほどの沈黙が続いた。

後になって、天野さんがこの時に何をしていたか教えてくれた。

図面の見直しだった。

「仮案とはいえ、ちゃんと考えてるからだいたいこれでうまくいくんだけど、でももっと良いのあるんじゃねぇかって、もっかい見直すの。例えば、じゃあここの図面を書きます、プランニング書きます。さっと書いてパーッと出てきました。で、普通の人だったらそこで終わりかもしれない。でもそこで出てきた答えは、もしかしたら他の人でも考えられる恐れがある。本当にこれでいいのか。使う植物は本当にそれでいいのか。もっと良い案があるんじゃないかって。いろんな角度から見直してみるんです」

本当に良いものをつくるために、天野さんは最後の最後まで見直しに神経を尖らせる。ピリついた空気の理由がわかった。

天野さんのチェックはかなり細かい。

自分がつくる図面やプレゼン資料はもちろん、スタッフのつくる資料についても「ここの角度をこうズラして」「ここの文章はこう変えて」「ここは赤い文字にして」といったように、たった一文字の字体まで注意して見ている。必ず意識しているのは「第三者が見てわかる内容」かつ「なんかいいな、持って帰りたい」と思わせる資料づくりだ。

「たとえば〈ルイ・ヴィトン〉のデザイナーにあなたはなりました、って時にあなたは"自分"を出しますか? 出せないでしょう。"〈ルイ・ヴィトン〉だったらどうするか"ってところから入るじゃん。それと同じで、お客さんは〈ヤードワークス〉がいいと思って声かけてくれているんだから、〈ヤードワークス〉ならどうするかっていう、そこの目線は絶対忘れないでねってスタッフには伝えてます。もちろん言い方はやさしく(笑)」
このように説明すると、「これでスタッフたちはたいてい納得する」という。取材しながら、なんだか自分も天野さんの薫陶を受けているような気持ちになってきた。

天野さんのこの「プロ意識」は、いったいどこからやって来たのか?

そうこうしているうちに、あっという間に1時間30分が経ち、山梨から東京に到着した。
電車を乗り継いで、渋谷区の個人住宅の作業現場へと向かう。

天野 慶/ランドスケープ・アーキテクト・デザイナー。〈ヤードワークス〉代表。

1977年、山梨県生まれ。千葉工業大学を卒業後、半導体メーカーに3年、リフォーム会社に3年勤める。その後、イングリッシュガーデンを専門とする師匠との出会いを機に、植物を主体とした空間設計(ランドスケープ・アーキテクト)のデザイナーとなる。2007年に〈ヤードワークス〉を立ち上げ、2019年に〈株式会社ヤードワークス〉として法人化。全国の個人住宅、商業施設、公共施設など、さまざまな空間の植栽設計を手掛ける。
〈ヤードワークス〉ホームページ:www.yardworks-web.com
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