The Creativist

AREA 241 Journal 未来を手づくりする人たち
Chapter 2 Vol.Four
NATURAL DYEING CRAFTSMANYukihito Kanai

金井志人

TEXT & PHOTOGRAPHS by NUMA
化学工学に頼らず、自然にあるものだけを原料にしておこなわれる「泥染め」の技術は、サステナブルな技術として近年ますます注目を集めている。しかし、果たしてそれは真の意味で持続可能なものづくりと言えるだろうか? 古来の伝統を受け継ぐ職人との対話のなかに、その答えを探る。
奄美大島の染め物に関する最古の記録は、奈良東大寺の正倉院の献物帳に記されている「734年、南島から褐色紬が献上された」という記述だ。
以来、今に至るまで奄美大島の染めの文化は姿を消すことはなかった。現地の素材だけを使い、サステナブルな形で作られてきたからこそ生き残ることができているのだ。
目の前にあるものを上手に活用し、自然との共存関係が築かれさえすれば、いつの時代でも同じものを生産することができる。
現代の泥染めが証明する、これこそがまさに持続可能なものづくりのかたちと言えるだろう。
それとは対照的に、今の時代に新しいモノを作るとなると、多くの場合は化学の力が必要となる。
技術的に可能か?
たくさん作れるのか?
儲かるのか?
前提にあるのは"効率に優れたものを良し"とする考え方。それが発展してできたのが俗にいう"産業"と呼ばれるものの枠組みだ。
けれども、そのやり方では、仮に石油が枯渇したら大半のモノが作れなくなる。
その不足分が技術革新で補えたとしても、果たして、それは"持続可能"と呼べるのだろうか?

そうした疑問からモノに対する価値観が変化し始め、オーガニックやナチュラルなものづくりが見直されると同時に、サステナブルで責任ある生産と消費行動が強調されるようになった現在、化学的な材料を一切使用しない天然染色に注目が集まるのは、むしろ自然な流れといえる。

しかし、だからと言って世の中のものが次々と"エコでサステナブルでSDGsなもの"に置き換えられるのを期待するべきなのだろうか?
泥染めに対するニーズが産業の枠組みの中で語られ、より多くの生産を求められれば、結局は新たな環境負荷を生み出すことになるのではないか?
あらたに浮かんだ、そんな問いに対する金井くんの答えは"YES"だった。
「着るものは天然素材がいいとか、口にするものは無添加食品にこだわりたいとか、消費者の意識が変わるのはいいけれど、全部がそれになると新たな環境負荷につながるはず。そもそもオシャレのために知らない土地の植物を伐採するのは、ものすごく"わがまま"なこと。染色に携わる者の視点から見れば、天然の染めといえども、突き詰めて考えれば"エコ"とは言えない。自然の恵みの価値と同時に、そういった考えも包み隠さず伝えていくほうが良いのかなと思っています」

人間の都合だけで、たくさん作って売りさばくような発想から離れて、その土地で採れる自然の素材だけで、しかも適正な収穫量を超えない範囲のなかで、自然のペースに合わせたものづくりをする。そのような、本当の意味での持続可能な枠組みで世の中が回りはじめれば最高なのだけれど。

金井くんは自らの思いを重ね合わせ、ひとつの例を挙げた。
「そのむかし、紺屋さん(藍(あい)染を手がける染物屋)は富裕層向けの高級品を製造しつつも、庶民の衣服の汚れやシミを隠す"染め直し"をやっていました。かつては当たり前だった『捨ててしまう前に、染めてみよう』という、そんな昔の人たちのモノに対する距離感がヒントになるんじゃないかな」
千年以上続けられてきたものづくりの現場から昨今の価値観の変化を俯瞰すれば、「一巡ぐるっと回って、またここに戻ってきた」と捉えることもできるだろう。
金井くん自身「自分たちがやっていることは変わっていない。たまたま今の時代に合っただけ」と分析しつつも「まあ、そうなるだろうな」と妙に腑に落ちる部分があるという。

大島紬には、先人たちが時間をかけて奄美の島の自然と関わり合うことでしか得られなかった貴重な知恵が詰め込まれている。
その知恵のなかには消費社会と上手に距離を置くためのヒントが散りばめられている。
「持続可能」が語られ始めた今は、こうした「モノの背景にあるコト」を伝えるのに絶好の時代ではないか? そう彼は考えるようになった。
金井くんの思いは、グローバルアパレルブランドの主宰で、伝統と革新をコンセプトに日本の伝統染織とコラボするプロジェクト「SHADES OF JAPAN」への参加につながった。
彼のスタンスと対極にあるはずのファストファッションブランドと協業した背景には、世界市場に向けて奄美大島の天然染色をアピールしたいという思惑と、古くからある技法を最新のテクノロジーとかけ合わせる実験的な意図があった。
プロジェクトが進むにつれ金井くんはひとつの確信を得ていった。
技術と素材の進歩により誕生した画期的なマテリアルがもてはやされる一方で、伝統的なモチーフが求められている。つまり、これまでと変わることなく島で染色を続けていけば、自然を相手にした「ものづくり」の価値が様々なチャンネルを通して世界に広まってゆくに違いないということだ。
奄美大島の泥田から、ものづくりの未来像を示す。
金井くんは、これからも伝統工芸の枠を飛び越えて、様々なインパクトを残してゆくと僕は信じている。
取材を終えた夜、金井くんと僕はYASATOとNOVOを呼び出し、名瀬の居酒屋へ繰り出して島料理を囲んだ。
鹿児島県でもコロナウィルスまん延防止措置が実施され、夜8時に店を出ると、島で唯一の繁華街はゴーストタウンのように静まり返っていた。
すぐ近くの港を散歩することぐらいしか、やることは思いつかない。
4人はヒマを持て余すティーンエイジャーのようにブラブラと歩き、水産加工場の近くに腰を下ろして夜空を見上げた。
晴れた空にハーヴェストムーンが白く光り輝いていた。
「Numaさん、なんかいい音楽ない?」とYASATOから聞かれ、僕はとっさにSpotifyからJosephine Fosterの気だるいカントリーミュージックを選んだ。
彼女は古典音楽を現代的な解釈で再生する自由奔放なアーティスト。そのアティチュードは、金井くんの思想に通ずるものがある。
ねっとりとした湿気に覆われた南の島の夜に、センシュアルでアンバランスな唄声がピタリとハマる。
特に何をしたというわけではないのに、ゆったりとした島時間の流れる、贅沢で濃密な夜だった。(了)

金井志人/染色家。
〈古代天然染色工房 金井工芸〉

奄美大島生まれ。奄美の伝統工芸品・大島紬の泥染めを担う〈金井工芸〉の後継者。自然素材を原料とした「泥染め」をはじめとする天然染色に携わる一方で、アパレルメーカーとのコラボレーションや空間装飾など多様なジャンルで伝統工芸の枠を超えた活動を展開している。
www.kanaikougei.com
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