The Creativist

AREA 241 Journal 未来を手づくりする人たち
Chapter 1 Vol.Four
SAUNA BUILDERNodaklaxonbebe

野田クラクションべべー

TEXT by TOWEL KANAI
PHOTOGRAPHS by YUYA WADA
本格的なフィンランド式サウナ自作したことで、新たなサウナ・カルチャーを生み出した野田クラクションべべー。長野県信濃町で蒔かれたアウトドア・サウナの文化の種は日本各地で花開き、新たな実を結ぼうとしている。
2021年9月、野田くんがプロデュースした〈コアミガメ〉という宿泊施設が、茨城県高萩市の山間部にオープンした。
それに先駆けて取材に向かったのだが、その日はちょうどサウナ室の仕上げとして漆喰を塗るワークショップが行われるところだった。
野田くんとともに現地に赴く道中の車窓から見えたのは、よく言えば「のどか」で、つまり「なにもない」と言われがちな田舎町の風景。
しかしそこには、木々が生い茂り、キレイな川も流れている。
サウナ施設に必要な要素は何なのか。
野田くんにそう問いたところ「サウナ、水、外気浴」という答えが返ってきた。
アウトドア・サウナは、自然の利を活かした施設である。それを見つけるには、都会よりも田舎のほうが都合はいい。木々が生い茂っていれば外気浴(森林浴)ができるし、燃料となる間伐材なども手に入りやすい。川があれば、それが水風呂となる。
このように、アウトドア・サウナづくりは見方を変えれば、今まで見逃されていたもの、忘れ去られ無価値とされてきたものや場所を再利用して、新たな価値を生み出す行為ともいえる。タダ同然の、なにもないと言われていた環境にサウナをつくるだけで価値が逆転するというのは、結構おもしろい話なんじゃないか。
〈コアミガメ〉は地元の名士が残した大きな古民家を宿に、敷地内に残された蔵をサウナに改装した施設である。敷地の裏手にある渓流を水風呂に利用するなど、アウトドア・サウナらしい野趣あふれる場所となっている。
完成前でありながら、すでに地域住民が寄り合い、サウナづくりを見守っていた。その様は、かつて名士の家に近隣のひとたちが集った頃を彷彿とさせた。なかには、「どうせ必要だろう」と、勝手に薪を置いていく人もいるという。今後も地域の人々が、サウナを盛り上がるために協力してくれるだろうことは想像に難くない。
年々住人の数が減っていくなかでも、互いに助け合いながら暮らしてきた時代の精神が、サウナを通してまた受け継がれていく。
この土地にはこれまでにも釣り人こそ来ていたが、ほかの目的で訪れるひとは稀であった。そんな過疎地に「サウナ」というピースを組み込めば、新たな人の流れが生み出すことができる。サウナをキッカケにして、土地の魅力を知り移住する人々も現れるかもしれない。
サウナという「場」があることで、既存住民と移住者の交流も図られる。箱物行政も、都会的で斬新なアイデアも必要ない。「47都道府県すべてにアウトドア・サウナをつくりたい」という壮大な夢は、ローコストでリソースの活用も見込める地方創生の切り札となりえる。
〈コアミガメ〉でいえば、興味深い点がもうひとつ。
ほかに類を見ない漆喰塗りのサウナであるということだ。
施設運営を続けていくなかで漆喰が剥がれてしまったとしても、塗り直す作業をワークショップ形式にすれば、その作業自体が遊びにも学びにもなる。そうして未完成を楽しむ姿勢には、サウナは施設側のもので利用者は料金を支払うだけの客という大前提を覆し、みんなで手を加え続ける「隙」をつくる意味合いもある。
見積もりを取って、業者に依頼し、期日までに完璧な形で明け渡された施設では到底できない、いい意味でのゆるさ。これも「自作」だからこその利点だ。
サウナをつくることはひとつの目的であり、ゴールではない。サウナを起点に場所、ひと、サービスを見つけ出し、練り上げ、持続させる。このように、サウナをつくることで、それに付随するさまざまなニーズや仕事が新たに生まれていくのだ。

〈The Sauna〉オープン前夜、野田くんは言っていた。
「"The"には、"これこそが"という意味を込めているんです。だから、"The"がブランド名なんです」と。
彼がサウナを自作したことで手に入れたのは、「なにもない」場所に「これこそが」と呼べる魅力を発見する"眼"だったんじゃないだろうか。



「サウナを特別なものではなく、銭湯や内風呂のように日常的なものにしたい」と、野田くんは言う。
いまや自宅に風呂があるのは当たり前となったが、昭和初期まで庶民は銭湯に通うのが常であり、内風呂が普及したのは高度成長期以降だと言われている。
フィンランドにも、かつては集落ごとにひとつずつパブリック・サウナがあり、持ち回りでサウナの管理をしていたらしい。もちろん入浴料など必要なく、地域住民の寄り合い所としても機能する場所だった。
そうした文化を日本でも広めるためには、なによりもまずアウトドア・サウナ自体を知ってもらわなければならない。
べつに一家にひとつサウナがある必要はなく、誰かの家にあるものをコミュニティに開放し、入ったひとは利用料の代わりに庭で採れた野菜かなにかをお返しする。最低限の生活費を稼いで、あとはサウナに入って癒やされる。
野田くんが理想とするのは、そんな文化が日本全国に広がっていくことだ。
アウトドア・サウナは特別なものではなく、やる気とそこそこの予算があれば自らつくれる。住宅づくりには不向きな腐ちかけた木材も活用できるし、住むわけではないからボロボロでも意外と問題ない。
野田くんがそうした考えに至ったのは、フィンランド視察の際に首都・ヘルシンキにある〈Sompasauna(ソンパサウナ)〉を体験したときだった。
あるとき、誰かが海辺にあった廃屋にストーブを持ち込み、(勝手に!)サウナ小屋にしてしまった。そこは、いつからか無料で自由に入れるパブリック・サウナとなり、壊れたら利用者が直して(ボロボロで、隙間にタオルやガムが詰めてあるらしい!?)、薪も自分たちで集めてくるようなDIY精神に溢れた場所として人気を集めるようになった。もともとイリーガルであったものが、いまではヘルシンキ市政府もその存在を認めているとか。
「これでいけるのなら、おれらでもいけるっしょ」とサウナ小屋づくりの自信につながったというエピソードは、これから「自作」を始めるひとにとって希望の光となりそうだ。



〈The Sauna〉が有名になるにつれて、野田くん自身の知名度も上がっていった。
必然的にいろんな人から「独立しないの?」と聞かれる機会も増えたが、今は考えていないという。〈LAMP〉も大好きだし、独立するとなれば〈The Sauna〉を手放さなければならない。そもそも信濃町というエリアが好きで移り住んだところもある。だから、これからもイチ社員としてサウナを軸に様々な事業を展開したいと考えている。

現在は三号、四号棟のサウナ小屋づくりが進行中で、二号棟を含むエリアを「LAND」と称して開発を進めている。
同エリアには、移動式サウナやトレーラーハウスの宿も置く予定。そのすぐ近くのエリアには、太陽光発電で電気をまかない、排水をほぼゼロにする濾過システムを配し、自然環境に配慮したサウナを建てる計画もある。

サウナ事業と連携を図りながら、宿泊事業の拡充も狙っている。1980年の終わりから90年にかけて巻き起こった「ペンションブーム」で、一時は信濃町の各所に宿泊施設がつくられたが、高齢化が進んだことで廃業するところも多くなってきた。しかし、信濃町を訪れる観光客の数は途絶えることがないため、その受け皿が必要なのだという。
「LAND」というネーミングから察するに、野田くんは信濃町をひとつの庭と捉えているのかもしれない。サウナという種を蒔き、芽が出て、全国にアウトドア・サウナが広がっていく。そこが庭であればこそ、あたらしい種を蒔くように様々な実験を繰り返すことができる。すでに完成されたものではなく、変化を楽しむ場所という意味でも庭づくりに近い。
サウナチームのメンバーとは「一日一個、どこかを新しくする」ことを目標に掲げ、仕事自体を遊びに変えようと試みている。思いついたアイデアを実行するかどうかの基準は、それがコンテンツになるかどうか。
たとえば、北海道までヴィヒタ(サウナ浴で使用するブーケ)の原料となる白樺の若い枝葉を採りに行きたいとする。そのためには、ヴィヒタづくりを実演し、できたものは販売。マイ・ヴィヒタとしてサウナ室に持ち込めるようにすればいい。ロウリュで使用するフローラルウォーターの蒸留を客前で行っているのも同じ理由から。
レストランでレモンサワーを提供する際、どうしてもレモンの皮が残る。これまでは廃棄していたが、蒸留すればレモン水が採れることがわかった。これでロウリュをすると、サウナ室いっぱいにレモンの香りが広がり、入浴後にはレモンサワーが飲みたくなるらしい。ゴミも活用できて、サウナのコンテンツも増え、またレストランに還元できるというわけだ。
このように「なんとなくやりたい」といったアイデアを発展させて、「なぜ、それをやるのか」を明確にすることで、客が参加すべき理由すなわちコンテンツは生まれる。

野田くんは、自らを保守的で臆病な性格と評する。
「このままいける! いや、大丈夫なか?」と行ったり来たり。つくるのは攻めだが、守りに入ったら、ずっと守りに入るタイプ。「最近は攻めていなかった」と振り返るが、取材後の動きを見ればまた攻め出している様子が伺える。

プロデュース業も好調で、〈ume,sauna〉を筆頭に、輸送用コンテナをサウナ小屋に転用した北海道〈THE GEEK〉、日本海を望む新潟の〈サウナ宝来洲〉、前述の茨城県〈コアミガメ〉と四つのサウナ施設をつくり、いまも富山県の立山吉峯で新たなサウナをプロデュース中。今後もその数は増えていくのだろう。
フィンランド式サウナの魅力を伝えたい。その一心でサウナ小屋を建ててしまった若者は、いまや"アウトドア・サウナ"を軸とした巨大なコミュニティの中心にいる。ここまでになるとは誰も思っていなかったはずだ。作業を手伝ったログビルダーも、横目に見ていた〈LAMP〉スタッフも、野田くん自身さえも。
それがいつのまにか、誰かに丸投げしたのではたどり着けなかった場所で、野田くんは新たな仲間と新たな交流を始めている。これもサウナを「自作」したからこその結果だろう。



ぼくがつくる雑誌の根源的なテーマは「自由研究」であり、それは"儲けとは縁遠い習作"を産み出し続ける人たちへの羨望から生まれたもの。
自らの知的好奇心のために、たとえ金にならないとしても自由な研究に没頭する姿に共感し、自分もそうありたいと考えた。

同時にそれは、自縄自縛ともいえる状態へと自分を追い込むことにもなってしまった。
プロアマ問わず、自らの創作物で金銭を得ることは悪いことではないはずなのに、どこか後ろ暗い印象をもってしまっていたのだ。ある程度の知名度を得た途端、拝金主義に切り替わるひとたちへの苛立ち、アンチテーゼ。
では、どうなったら理想的なものづくりと言えるのか。

その答えのひとつを、ぼくは野田くんにみた。
自分が好きになったフィンランド式サウナを知ってほしいし、サウナ好きを増やしたい。そのために、まずは文化そのものを伝える"場"として、野田くんはサウナ小屋を「自作」した。
そこを多くの人が訪れられる商業施設とすることで、利用料という対価を受け取る。その先に見据えるのはサウナをもっと気軽なもの、暮らしのなかにあるものにしたいという野田くんオリジナルの想い。
もちろんビジネスであれば、競合する相手に負けないようにアップデートし続けなければならない。それが自分の志向とマッチすれば最高だ。しかし、はじめに抱いた想いを曲げずに利益もあげて、経営を継続することは容易なことではない。
そのとき大事になってくるのは、自らの手で生み出したのだと心の底から思えるかどうか。業種はなんであれ、業者に任せっきりしたのでは本当に大切なものが何だったのか見えなくなってしまう。
ものづくりに限らず、オリジナルなものをつくるのは勇気がいる。
失敗するかもしれない。コストや効率を考えた結果、既製品を選びたくなってしまうかもしれない。高い理想を掲げてオリジナルを目指してみても、結局は既成品にかなわないかもしれない。

それでもぼくは、自分が求めるものは下手でもいいから自作するべきだと思う。
なぜか?
それが、すべての始まりだからだ。
どんなに頭のなかで最高のプランを思い描いても、実際につくってみなければ大まかな全体像すら捉えるのは難しい。
野田くんのサウナ一号棟は、完成したと同時に未完成となり、お客さんのフィードバックを受けて改善し、また良くなって、改善してを繰り返してきた。
たとえ、誰かと同じものをつくり出してしまったのだとしても、そこからアップデートを繰り返していけば、いつかオリジナルにたどり着けるかもしれない。
フィンランドで永く受け継がれてきたサウナ文化をベースにして、オリジナルのサウナ・カルチャーをつくり上げるべく奔走してきた野田くんは、サウナ小屋を「自作」することでつくることの大切さを学んだ。
現状を知り、過去に学び、未来へ向かう。これこそが「カラーボックス理論」の実践と言えるのではないか。いまは、そんなふうに考えている。
自分で提唱しておいてこんな書き方をするのもおかしな話だが、「カラーボックス理論」は未完成の哲学であり、ぼくにとっては一生かけて取り組むべき命題なのである。
え、哲学なんて崇高なものだったの?
現時点では、そんな反応が多そうだ。けれども、ぼくは敢えて言いたい。
悩みながらでもつくってみればわかるさ、と。

「カラーボックス理論」という種がどんな花を咲かせるのか。それを見るためにぼくは自分の雑誌という「庭」にせっせと手を入れている。サウナをつくったことで野田くんが次なる景色へと辿りついたように、何かをつくってみれば、物事はゆるやかにでも動き始めると信じているからだ。
ぼくは、これからも「自らの手で人生を切り開いたひと」を探し歩くつもりだし、野田くんの物語をきっかけに動き出すひとが現れることを期待している。願わくは、いつかあなたの旅のはなしも聞かせてほしい。
その機会を、ぼくは心待ちにしている。(了)

野田クラクションべべー/サウナビルダー。
〈The Sauna〉支配人。

WEB制作会社勤務を経て、二〇一九年二月、長野県信濃町にフィンランド式サウナをたのしめる〈The Sauna〉をオープン。支配人として運営に関わるほか、日本各地でサウナ施設のプロデュースを行うなど、アウトドア・サウナを啓蒙すべく幅広く活動中。
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