山の中には、さまざまな色彩が溢れています。けれど、それに気付けるかどうかは自分次第です。“美しいとされるもの”や、“それらしさ”に捕われる必要はありません。山の中に身を置き、感覚を研ぎすませる。目の前にある自然を真っ直ぐに見つめれば、それは自ずと目に飛び込んでくるはずです。
大島は、伊豆七島の中では最も東京に近い島で、高速ジェット船であれば2時間足らずで着いてしまう。その島の真ん中にある三原山に登ったのは、3月の中頃であった。寒さはゆるみつつあるが、風はまだまだ冷たい。そんな季節の狭間を歩いてみたいと思った。
岡田港からタクシーに乗り、三原山山頂口まで運んでもらうと、すぐそばにある展望台からは三原山の全景を見ることができた。度重なる噴火によって作られた山容は平たい台形で、一目で気持ちよく歩けそうだと直感した。裾野には深い緑の照葉樹の森が広がり、それより上はスコリア(マグマのしぶきが冷えて固まった多孔質の岩石)が積もった黒い山肌と、黄金色の草原。まずはゆるやかに下って、続いて平坦な道を行き、ふたたびゆるやかに登ると、中央火口のお鉢に着く。
火山に登るいちばんの楽しみは、火口を覗き込むことだろう。その色合いは山によってさまざまで、三原山は黒地に茶、赤、黄、そこに白やピンクや紫が混じり、複雑な色合いをしている。激しい爆発の後に、こんなにも美しい色を山肌に残していくとは、なんだかロマンがある。ほんとうはもっと近くに寄って観察したいがそれは叶わないので、柵のぎりぎりのところに立って背伸びをして、じっと目を凝らした。後ろを振り向くと、白く光る海に伊豆七島の島々が浮かんでいた。
湿り気を帯びた風は冷たく、それを全身で受け止めながら歩いた。お鉢をぐるりと一周したあとは温泉ホテルコースを進み、途中の分岐から裏砂漠を通るテキサスコースで下った。裏砂漠は細かなスコリアの積もった黒い台地で、歩くとじゃらじゃらと音がしておもしろい。
始めに展望台から見た黄金色の草原は、ハチジョウススキの群落であった。それはスコリアの隙間から勢いよく伸び、あちこちできれいな弧を描いている。辺りには黒い溶岩塊が荒々しく乱立しているが、登山道のほうは変わらずゆるやかに続いていて、あらゆる草や低木をひとつひとつ観察しながら歩くのにちょうどよい道のりであった。
オオバヤシャブシは、枝の先にまるまるとした実を鈴なりに付けて、この砂漠の中ではひときわ愛らしく見えた。焦げ茶色の実はふっくらと丸くて硬い。やや赤みを帯びた黄緑色のものは実に見えるが、これから咲く花らしい。ヤシャブシの実は古くから草木染めの材料として使われており、よく煮出すときれいな黄土色や濃灰色を染めることができる。
紺色の丸い実をびっしりと付けたハチジョウイヌツゲ、地面を這うように伸びる黄緑色のミズスギ。初めて出合う植物も多く、名前はあとで調べようと思いながら、あれもこれもと写真に収めた。荒涼とした火山のなかでも、季節がたしかに進んでいることが目に見えてわかり、嬉しくなった。
そうして歩いていると、いつの間にかじゃらじゃらという音が聞こえてこないことに気付いた。足元のスコリアがやわらかな土に代わったのである。ハチジョウススキは姿を消し、代わりに背の高い樹木が立ち並ぶようになった。やがて天気が崩れ始めたが、頭上を覆う照葉樹の葉に守られて、雨粒はこちらまで届かない。
軽やかな鳥の声が辺りに飛び交い、湿った土が香り立つ。鬱蒼とした暗い森のなかにヤブツバキの赤い花が咲き乱れるようになり、もうしばらく歩くと、ふいに登山道が終わって道路に突き当たった。結局最後は大粒の雨に降られてしまったが、それはすっかり春の雨であった。
約3時間半
三原山山頂口(553m)〜山頂遊歩道〜三原山(758m)〜温泉ホテルコース〜テキサスコース〜大島公園(97m)
・着用アイテム
やさしい着心地のメリノウールを自然由来の色で染めた「Nature Dye」シリーズ
【プロフィール】鈴木優香山岳収集家。東京藝術大学修了。ライフワークとして国内外の山を巡り、道中で出合う美しい瞬間を拾い集めるように写真に収めている。山の景色をハンカチに仕立ててゆくプロジェクト「MOUNTAIN COLLECTOR」(2016年〜)、写真展「旅の結晶」(2023年)。