Episode.01eriヴィンテージショップ〈DEPT〉オーナー
1980 年代以降、東京のヴィンテージ・ファッションをリードしてきた古着屋〈DEPT〉の創業者である父のあとを継ぎ、現オーナーを務めるeri さん。子どもの頃から古着に囲まれた環境に育ったことで、自ずと「時代を越えて長く愛されていく服」を見極める眼が培われ、世界が気候危機という状況を迎えた今、可能な限り環境負荷のかからないビジネスの方法を模索し続けてる。そんな彼女とともに、ザ・ノース・フェイスが使用するリサイクル・ダウンを手がける業界屈指の高品質を誇る羽毛素材メーカー「河田フェザー」を訪ねました。
eri:今日、ザ・ノース・フェイスのダウンジャケットの素材に使われているというリサイクル・ダウンの製造プロセスを見学させていただいて、今、自分たちが〈DEPT〉で取り組んでいる環境負荷の少ないビジネスにも通じていると感じました。単にリサイクルするというだけでなく、先々の循環までを見越して考え抜かれたシステムに、共感する部分がたくさんあって。
河田敏雄(河田フェザー社長/以下、河田):eri さんは、〈DEPT〉の創業者であるお父さんからお店を引き継がれたと伺いました。そもそも古着自体もリサイクルですもんね。
eri:私自身は、〈DEPT〉を継ぐ前から〈mother〉というレディースのアパレルブランドを10 年ほど続けていて、これと平行して〈DEPT〉を再スタートさせたんです。でも、受け継ぐべきは根底にあるスピリットの部分だと思っていて、ビジネスの方法は、父とはまったく違った私なりのやり方で進めてきました。今は父の頃とはすっかり時代が変わって、ものづくりをする上で環境への配慮は切り離せないことだし、リサイクル・ダウンのように、今すでに世の中にある資源を再生させるという意味では、古着も資源だと思っていて。それと、個人的なことですが私は普段から動物性のものを食べない菜食生活を送っているので、その中でアニマルライツについて考える機会が増えたのですが、このダウンもそういった動物愛護の観点からもすごく意義のあることだと感じました。
河田:eriさんなりの方法というのは、たとえばどういうものですか?
eri:服は、もっと長生きできるものだということを前提に、私たちを介することでさらに息の長いものにしたいと考えているんです。ダメージがあれば手作業でリペアをしたり、今のファッションとして受け入れられるようなシルエットにリサイズしたりと、できる限り手をかけて送り出すようにしています。それに、古着といえども販売するには洗浄が必要で排水も出しますし、ある程度の電力も使うので、環境負荷のかからない洗剤の使用やグリーン電力にシフトするといったことにも取り組んできました。なので、河田フェザーさんの工場で、古いダウンを洗浄する際に、オリーブオイルと海藻由来の100パーセント自然に還る洗剤が使われていて、さらには精製の過程ででたダウンのクズを近隣の農家さんに肥料として提供されているというお話を聞いて感激しました。
河田:ダウンは窒素を多く含んでいるので、葉物野菜や茶畑なんかの肥料にいいんですよ。アパレル・メーカーとは違って、私たちが手がける羽毛というのは中身なので、購入する際に見ることはできないぶん責任重大だと感じます。なので、この事業をスタートさせて以来、同業他社が真似したくてもできない、うちと競争することを諦めるようなこだわりの強い高品質なものにしようと。1991 年に、名古屋から今の場所へ引っ越してきたのにも、そういう理由があったんです。
eri:この土地である理由というのは、どういうものなんですか?
河田:ヴァージン・ダウンもリサイクル・ダウンも、大まかな工程としては同じで、羽毛に付着したホコリやアカを徹底的に取り除くために洗浄加工をするんです。当社独自のかなりハードな研ぎ洗いをかけても羽を痛めないためには、電気分解されている活性水素水と超軟水が豊富にある環境が必要でした。それで、日本全国の地層をとことん調べてたどり着いた唯一の場所がここだったんです。
eri:日本の水は、そもそも軟水だと言われていますけど、その中でも特に軟水だったということですか?
河田:超軟水と言われている水で、硬度が20~30。ここの水は硬度3 なんですよ。これを言うとみなさん「そんな水はない」って言うんですけど、本当なんです(笑)。それに、この紀伊半島は屋久島と並んで降雨量の多い地域なんですが、大台ヶ原山地が雨を吸収して、長い年月をかけて超軟水へと濾過して伏流水になり、工場のある伊勢平野には乾いた風が吹きおりてくる。羽毛の洗浄にとって大敵なのが湿度なので、この気候も好条件でした。
eri:まさに、羽毛精製にとって奇跡的な場所だったんですね。
eri:河田フェザーさんの創業は、明治24 年と伺いましたが、リサイクル・フェザーの製造をスタートさせたのは、いつ頃からなんですか?
河田:日本の羽毛マーケットの需要が2003年をピークに下がり始めて工場に生産の余力がでてきたんです。それで、2004年にリサイクル・ダウン事業を始めようと思い立ちました。でも、当時はまだ多くの人が環境問題に無関心で、事業として成立させるにはしばらく時代がくるのを待たないといけないような状況だったんです。実際に事業が回り始めたのは2011 年の震災以降でしたが、それまでの間、リサイクルに必要な廃棄される羽毛ふとんをどう回収するかという前例のない仕組みをつくるのに、産業廃棄物にまつわる免許をすべて取得したり、工場で使うエネルギーも環境負荷の少ないLP ガスを使うには地域ごとシフトしなくてはならかったので、これにも10年ほど時間を費やしました。
eri:町のインフラを整えるところから……。気の遠くなるようなスタートだったんですね。2011年というと、原発事故が起きたことで環境問題に関心を持つ人が増えたということですよね。
河田:そうですね。ニーズが出てきたことで軌道に乗り始めた2014年に「グリーン・ダウン・プロジェクト」という組織を作りました。ここに、ザ・ノース・フェイスをはじめとするアウトドアメーカーやアパレルブランドがパートナーとして加わってくれるようになって。
eri:すでに世の中にある資源を再生させるという意味では、ダウンだけではなくて、ウールやカシミヤ、コットンなども、もっとリサイクルが推進されていくといいなと思うんです。でもその反面、服をつくる上で、どうしてもネックになってしまうのがコスト面なんですよね。現に、リサイクル・コットンやリサイクル・ウールの値段は通常よりも数倍近く高いんです。それもニーズとのバランスだと思うのですが、現状だとリサイクルがいいのはわかっていても、特に資本力のない小さなブランドだと手が出せなくて新しい素材に流れてしまうのも仕方ないのかなと思ってしまいます。
河田:ダウンについては、ヴァージンとリサイクル、どちらがコスト高なのかというと、その時々によるんです。その年の気候や社会情勢なんかによって、ヴァージンの価格はかなり変動があるんですよね。その点、リサイクルの価格帯は安定している。ウールやカシミヤの事情はわからないですが、リサイクル・ダウンについては、小さなブランドでも扱いやすい価格帯だと思いますよ。それに、私が言うのもなんですが、実際のところは新たにヴァージン・ダウンをつくる必要がなかったりもするので。
eri:新品が必要ないくらい、十分な量が存在するということですか?
河田:そうです。そもそもダウンという素材自体、もとがよければ100年、200年と、使い続けられるものなので。
eri:すばらしい……! そんなに丈夫だとは、驚きです。
河田:ただし、“もとがよければ” という条件付きです。現在、世界中で生産されている羽毛の中で、当社が使いたいと思う品質のものは1割ほどしかありません。昔のほうが圧倒的に質がよかったので、自ずとリサイクルしたほうが高品質なダウンが提供できるという。
eri:昔と今とでは、何が違うんですか?
河田:主には、水鳥の飼育日数ですね。そもそもヴァージン・ダウンは、すべて食用に育てられた水鳥の副産物なんです。昔は、半年くらい飼育するのが普通でしたが、今は長くて90 日で、大半が35日。中国産の中には、28日以下で殺してしまうものもあるので、肉自体も味がしなくて羽毛も質も悪い。でもめちゃくちゃ安いんです。当然、100年も持ちません。
eri:工業型の畜産も、環境汚染や人体への影響など、さまざまな角度から問題視されていますよね。最近、気候危機や動物愛護について勉強している中で思うのは、一見、点と点のように見える問題も、すべてが何かしらの形で関連しているということで……。食文化とファッションもこうしてつながっていて、どちらか一方をよくするだけでは解決にならない。社会全体の根本的な価値観が変わっていく必要があるんだと。河田社長のヴィジョンとしてはいかがですか?ゆくゆくは、リサイクル・ダウンのみにしていきたいという思いがあるんでしょうか。
河田:そうですね、質のいいダウンが100年、200年の寿命をまっとうできるような市場にしていきたいという思いはあります。ただ、ダウンジャケットよりも、羽毛ふとんのほうが大量に羽毛を使いますから。それこそ、「羽毛布団を新調するならヴァージン・ダウンで」という価値観も変えていかなければならない。羽毛ふとんをリサイクル・ダウンに変えていくのは、長い道のりかもしれませんが、希望もあります。以前、ザ・ノース・フェイスの富山工場を見学に行った時、ものすごい量のダウン・ジャケットが積み上がっていたんです。聞くと、すべてお客様からリペアの依頼(※)で預かったものだと。月に1200着ほどリペアするというお話で。
eri:私たちも日頃からリペアしているのでわかりますけど、1200着は相当大変な作業です……。
河田:そう聞いて、いい品質のものをつくれば、それを長く着たいと思ってもらえる、ブランドとユーザーの関係性がしっかりと芽吹いているということだと感じました。
eri:そうしたブランドとユーザーの信頼関係は、その商品が誰の手で、どう作られてきたのかというサプライチェーンの透明性があってこそ結ばれていくものですよね。その背景がクリアであればあるほど、物は大切にされる。こうして、つくり手も積極的に発信していくことで、トレーサビリティの明確なものしか買いたくないという価値観がもっと広がっていくといいなと思います。
※THE NORTH FACEの保証制度THE NORTH FACEでは、お買い上げいただいた製品が、通常の使用において機能が損なわれたり、破損した場合は製品の機能回復に対して最良の方法を検討し、当社の基準価格にて修理を承っています。
Profileeri(エリ)1983年、ニューヨーク生まれの東京育ち。ヴィンテージストア〈DEPT〉オーナー兼バイヤー。レディース・ウエア・ブランド〈mother〉、アクセサリー・ブランド〈VTOPIA〉のデザイナー。ビジネスとしてだけでなく、私生活においてもプラフリーとローウェイストを楽しみながら実践している。ニューヨーク在住の友人でジャーナリストの佐久間裕美子とともに、「世の中でおきているおかしなこと、わからないこと」をテーマに、環境問題、政治、菜食生活、ジェンダーなどについて語り合うポットキャスト番組「もしもし世界」を隔週金曜日に配信中。
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1992年、エクスペディション向けに開発し、1990年代のTHE NORTH FACEを代表するヘリテージモデルであるヌプシジャケットのデザインを踏襲したショート丈のジャケット。裾のアジャスターコードを絞るとふわりとしたシルエットで女性らしさが引き立ちます。環境に配慮したリサイクルダウンを中わたに使用。表地は強度がある50デニールのリップストップナイロンに撥水加工を施し、パックに干渉する肩部分はナイロン素材で補強しています。静電気の発生を抑える静電ケア設計を採用しています。
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