ロサンゼルスから車を走らせること2時間半。
アメリカでも古くからフリークライミングが
行われてきたジョシュア・ツリー。
砂漠の中には手を広げた人間のような姿の
ジョシュア・ツリーと
茶褐色の花崗岩がどこまでも転がっている。
カフェで美味しいコーヒーを
手に入れたらそのまま岩場へ。
気負わない、そよ風のような心地よいウエアが
ジョシュアのボルダリングにはよく似合う。
生まれながらにして
左手のないモーレン・ベックは、
パラクライミング世界選手権で
3度の優勝を飾ったクライマー。
コロラド州エルドラドスプリングスに
拠点を置く
PARADOX SPORTS
(ハンディキャップのある人々のための
クライミング非営利組織)の
ガイドでありアンバサダーでもある。
クライミングとの出会い
メイン州の海の近くで育ちました。12歳の時、ガールスカウトのサマーキャンプへ参加したのですが、その中のアクティビティにクライミングがあったのです。しかしキャンプのリーダーは私にこう言いました。
「クライミングは無理してやらなくていいですよ。手が一つだけだと難しいから」
私は腹が立ちました。彼女が間違っていると証明したくて挑戦しました。すごく難しかったけれど登ることができたのです。それからすぐにクライミングの虜になりました。
大学を卒業した後、仕事のため2012年にコロラド州に引っ越しました。そこでPARADOX SPORTSに出会ったのです。一週間に3回は仕事の後にクライミングジムに行って、週末は岩場で登るようになりました。
シングルピッチのスポーツクライミングが多いですね。登れないグレードにチャレンジするのが好き。最近は5.7や5.8の易しくて長いマルチピッチにはまっています。ときどきトラッドクライミングをしてクライミングへの愛情を忘れないようにしています。今年はアルパインクライミングの遠征にも行ったんですよ。
人生を変えたクライミングトリップ
2010年にPARADOX SPORTSの仲間とカルフォニアのラバーズリープへ向かいました。クライミングのためだけの旅行は初めて。その時に感じた自由さが良かったんですね。たくさんクライミングをして、自然の中でキャンプして、また登って・・・その一週間で、登ることはただの趣味ではなくてライフスタイルだと気がつきました。私がクライミングに積極的に関わるきっかけになった旅です。
以前は屋内クライミングウォールを作る会社で働いていましたが、今はフルタイムクライマーとして生活しています。1ヶ月間のクライミングトリップを計画した時、仕事かクライミングのどちらを取るか選択を迫られました。アスリートとしてやっていくには良いタイミングで、今クライミングにエネルギーを注がないと後悔すると思いました。現在はトレーニングしながらPARADOX SPORTSのクライミングプログラムを手伝ったりトークイベントをしたりしています。実は今が一番忙しいですね。
パラクライミングのために
パラクライミングはまだ新しいスポーツです。私たちにはまだまだ分からないことが多くて、手探りでトレーニング方法を考えています。私の場合は右肩を使いすぎてしまうため、気をつけないと痛めてしまいます。他のアスリートの登りを見て、どうやったら彼女みたいな強い肩を維持できるのか学んだりしています。パラクライマーはみんなユニークなので、他のアスリートからいろいろと勉強させてもらっているのです。必死に練習しても完登が保証されるわけではありません。うまくいかない時は執着するのではなく手放す方法も学ばなければいけません。落ち込むのではなく、その教訓を学んで次の課題にポジティブに取り組むのです。
パラクライミングのコミュニティはとっても賑やかです。私たちの画像を見てみなさんにもパラクライミングというスポーツを理解してもらえたら良いなとおもいます。日本もパラクライミングがとても盛んですね。オーストリアの世界選手権には多くの日本人アスリートが参加していました。
2019年は東京の世界選手権に参加したいです。私にとっては、これからどのくらい自分が強くなれるのかということが一番大切なモチベーション。2位、3位でも頑張って終えられたら嬉しい。それでコンペを引退しようと思っています。その後はたくさんクライミングトリップに出かけてアルパインクライミングにも行きたいです。
マイゴール
私は生まれた時から片手がなかったので「障害」とは全然思っていませんし、自分の状況に対して悲しいなどとは思っていません。
片方の足がないとか目が見えないということで諦めるのではなく、どのように頑張ったら目標を達成できるようになるのか。そういった考え方を伝えることがPARADOX SPORTSのミッションです。「あなたができるなら私にも出来る!」って思ってもらう。たとえ片足がなくても、素晴らしいもう片方の足と両手を持っている。目が見えなくても手足があって周りを感じられるんです。
PARADOX SPORTSのみんなはとても一生懸命にクライミングに取り組んでいます。登ることだけでなく、ロープの結び方やビレイの仕方も教えます。クライミングだけではなく、そのコミュニティを経験し、PARADOX SPORTSを好きになってもらいたいのです。クライミング後のビールもみんなの楽しみ(笑)。
私はPARADOX SPORTSの活動を通してパラクライミングを特別なことではないようにしていきたい。「片足の人だって登ることができる。それは決しておかしなことではないんだよ」と思われる環境を作りたいのです。
MAUREEN BECK
ニューイングランドの自然の中で育ち、現在はコロラド州ボウルダー近郊で暮らす。’14、’16、’18年の3度にわたりパラクライミング世界選手権で優勝。5.12aのルートを登る様子が描かれた映像作品『Stumped』でも話題になった。
ザ・ノース・フェイスは
モンキーマジックとの
コラボ製品を開発。
売り上げの一部を寄付することで
モンキーマジックの活動を
サポートしている。
代表の小林幸一郎氏がフリークライミングに出会ったのは16歳の時。大学卒業後、アウトドアメーカーなどに勤務していたが、28歳で目の難病が発覚、医師から「将来失明する」と告知される。
小林氏がモンキーマジックを設立したのは2005年。以後、視覚障害者にクライミングの素晴らしさを伝え、健常者と一緒にクライミングを楽しめるスクールやイベントを企画。障害者への理解を深める活動を続けている。30年以上のクライミング歴を持つ小林氏は、パラクライミング世界選手権視覚障害者部門で4度の優勝を果たしたトップランナーでもある。彼のもとでパラクライミングを始め、国際大会で活躍するクライマーも多い。
「クライミングには、身体面だけではなく心理面においても自信を得たり、可能性を広げる特徴があります」と小林氏は言う。クライミングは障害に関係なく同じ壁で同じルールで楽しむことができる。それは、「助ける・助けられる」と言う関係ではなく同じクライミング仲間として理解し合う機会にもなる。
「障害があるから」「どうせ自分にはできないだろう」。知らぬ間に自分で作ってしまいがちな「見えない壁」。クライミングには、そんな「見えない壁」に気づき、乗り越えようと挑戦する力を湧き立たせてくれるマジックがある。
今年8月、東京・八王子でパラクライミング世界選手権が開催される。モーレン・ベックも参加予定のこの大会で日本選手の活躍から目が離せない。
MONKEY MAGIC
フリークライミングを通して視覚障害者をはじめとする人々の可能性を広げることを目的とするNPO法人。「見えない壁だって、越えられる」「NO SIGHT BUT ON SIGHT」をコンセプトにパラクライミングの普及を進めている。
NPO法人 モンキーマジックウェブサイト
http://www.monkeymagic.or.jp/