THE NORTH FACE

GO TO OUTDOOR for KIDS

NAOKI ISHIKAWA

INTRODUCTION

「知る」とは 何だろうか?

無意識に流れていく時間、風景。

この目の前にある見慣れた姿の中に、
私たちが知らないことがたくさん埋もれている。

日々加速する環境問題もそのひとつ。

しかし、それに対する答えは教材や
インターネットの情報には見つからない。

なにかを「知る」ことは、
身をもって「知覚」すること。

20年に渡り自然とそこに生きる人々に
向き合い続け、
五感をフルに使い、
縦横に旅を続けている写真家の石川直樹。

写真を通して世界のリアルな状況を
とらえ続けてきた彼が
今感じること、
そして伝えたいことを再確認した。

── 旅への好奇心や冒険心が芽生えたきっかけを教えてください。

幼少期から本を読むことが好きで冒険や探検の本を数多く読んできました。
読書の影響で実際にいろいろな場所に行ってみたいという気持ちが明確に芽生えたんだと思います。「ヒマラヤってどういう所だろう、高所っていうのはどんな感じなのか、北極圏といっても多様な北極があるんだな……」と知らない世界に興味を持ち、どんどん外に出て行くようになりました。自分の身をその場所にさらしながら、自分の目で見て、耳で聞いて、身体で感じたいと強く思ったのです。

── なぜ旅という体験を写真と文章で表現しようと思ったのでしょうか?

「旅をすること」と「写真を撮ること」はもともと分かち難く結び付いています。
写真がなかった時代は単独で未踏峰などに登ったとき、そこから何が見えたかを詳しく話したり、絵で描いたりすることによって、登頂を証明していました。カメラが小さくなって普通の人でも写真が撮れるようになってからは、登頂の証しとして登山者は必ず山頂で撮影をします。登山ばかりでなく、旅をしながら写真を撮ることは、ごくごく自然なことだったわけです。
旅を続けながら生きていくにはどうしたらいいだろうと考えたとき、どこか会社へ属するのではなく、いろいろな場所へ行って写真を撮り、その経験を文章で書いたりする今の職業を選択したんですね。

── 実際に20年に渡り、あらゆる地を身体で知覚しながら歩んできた中で、日本に帰国する際に何か感じることはありますか?

日本は物質的に恵まれていますね。例えば深夜にファストフード店の軒先に行くとたくさんの食べ物が捨てられています。コンビニでは、賞味期限切れのおにぎりなどはすぐに廃棄されてしまう。限られた食料で生きざるをえない厳しい旅から帰ってきて、そのような状況に遭遇すると、物質的に恵まれているということは果たしていいことなのだろうか、と疑問に思うこともありました。これが、あるべき社会の姿なんだろうか、精神的に豊かであるとはどういうことなんだろう、と考えてしまいましたね。

── 私たちは恵まれた環境にいつの間にか慣れていて、日々押し迫る環境問題の危機感が薄まっているんですね。

今は分からないことがあればインターネットで調べて、数行出てきた情報を見て分かったつもりになってしまいます。でも、実は全く分かっていない。地球温暖化の問題も、日本にいるとそのワードだけは頻繁に耳にしますが、実際にどのようなことが起こっているのかを目の当たりにして、ようやく自分も肌で感じられるようになりました。
僕が昔訪ねたアラスカ北極圏のシシュマレフという小さな村は、温暖化の影響で海面が上昇し土地が水没して、住人が移動しなければいけない状態になっています。2001年に行ったチベット側のエベレストの写真を見返しても、当時撮影した氷河は無くなって陸地がむき出しになっていました。こうした目に見える変化に関して、他人事ではなく自分にも関わることとして自覚できるようになったのは最近のことです。

── これからの未来を担う子どもたちの多くは教科書やインターネットで環境問題を学んでいますが、スケールは違えども石川さんと同じように身をもって知っていくにはどうしたらよいでしょうか?

夜は暗くて怖い、冬は寒い、夏は暑い、太陽にあたり続けると肌が痛くなる、裸眼で雪面を見続けると雪目になる。などなど、色々なことを体で知っていくことで、まわりの自然に対して関心を持ち、野外での身の置き方について敏感になっていきます。やっぱり、フィールドに出ることが一番大切なんじゃないでしょうか。
子どもの頃に体で色々なことを知覚しないと、自然環境や、それを含む地球と共に自分が生きているんだ、或いは生かされているんだ、ということについて分かりにくくなってしまいます。だから山・川・海という自然を自分の肌でしっかり感じてもらいたい。フィールドに連れて行くことが難しい場合は、外の世界に関心を持てるような本をたくさん読み聞かせたり、目の前に差し出してあげることだけでもいいと思います。

── 石川さんご自身がそうであったように、絵本を通して外の世界への関心や気付きを持たせることはとても重要ですね。

本を読むことは、一つの経験をもたらすことだと思っています。
僕自身が幼少期に読んだ本の影響でいろいろな旅に出て世界に興味を持ったので、自分自身もそういったきっかけを子どもたちと分かち合いたいと思い、最近は写真を使った絵本の制作に力をいれています。実際に身体で経験することとは違いますが、エベレストに登ること、アラスカの原野を歩くこと、北極圏とはこういう場所なんだというのを絵本で見せてあげることで、本の中で「旅をする」という一つの経験をもってもらいたいなあ、という気持ちで作っています。知らない文化や自然環境を手探りで知覚して触れていくことがどのような驚きや感覚をもたらすか、子どもたちに絵本を通して少しでも追体験してほしいですね。

──

石川直樹 写真家

いしかわ・なおき/1977年東京生まれ。2000年『Pole to Pole』プロジェクトに参加し、北極から南極を人力のみで縦断。2001年には七大陸最高峰登頂を最年少で記録更新する。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら作品を発表し続けている。著書に開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)や『この星の光の地図を写す』(リトルモア)ほか多数。2020年には『シェルパのポルパ エベレストにのぼる』(岩波書店)、『富士山にのぼる』(アリス館)を出版。近年は絵本の制作にも力を入れており、11月にはシェルパのポルパシリーズの新刊を発行予定。

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