The Creativist

AREA 241 Journal 未来を手づくりする人たち
Chapter 1 Vol.Tree
SAUNA BUILDERNodaklaxonbebe

野田クラクションべべー

TEXT by TOWEL KANAI
PHOTOGRAPHS by YUYA WADA
サウナビルダー野田クラクションベベーは「これこそがサウナ」という意味を込めて、記念すべき一棟目のサウナ小屋を〈The Sauna〉と名付けた。そしてこの場所を舞台に、彼の新たな活動の幕が切って落とされた。
やっと完成した〈The Sauna〉。
いよいよ施設として営業が始まることになったが、その成否はオープン時点では未知数だった。
にも関わらずオープン当初から多くのサウナ愛好家が訪れたのは、建築費用の一部をクラウドファンディングで賄ったことが大きかった。3,700円以上の出資者には施設利用券がリターンとして用意されていたからだ。
2018年12月12日から2019年1月27日の間に263人がプロジェクトを支援し、合計で263万円の資金を調達。目標金額の150万円に対して、達成率は176パーセントとなった。
クラウドファンディングを実施した最大の理由は、会社側から提示された「予算を自分で調達するように」という条件をクリアするためだったが、自らが掲げるコンセプトがユーザーに刺さるか見極めるためでもあった。
クラウドファンディングのプロジェクトページには、こう書かれていた。
《丸太小屋の中で燃える薪ストーブ。ほのかに香る煙の匂い。熱せられた石に水を掛け、立ち上る水蒸気。たっぷりと汗をかいて外にでると、そこは大自然。森の中で涼むも良し。天然の水風呂に飛び込むも良し。冬は雪の中に飛び込むことも。そんな自然と一体になれる本格フィンランド式サウナを、長野県野尻湖につくります。》
野田くんの標榜する"アウトドア・サウナ"というコンセプトは受け入れらるのか?
それに対するマーケットの反応は、前述の数字が如実に示している。



サウナ小屋ができてまずやるべきことは、レストランや宿で働くスタッフをサウナ好きにすることだった。
東京から突然やってきて「〈LAMP〉にサウナをつくります!」と息巻く若者は、既存スタッフからすれば「単なる夢見がちな若者」であり、その時点でスタッフには誰ひとりとしてサウナ好きはいなかった。
そんな中でも、野田くん自らが熱心にアウトドア・サウナの入り方と魅力を伝えた甲斐もあり、休日に率先して温浴施設を訪れるスタッフが現れたり、宿やレストランの利用客にサウナを勧めてくれたりするまでになった。
また、幸いにもサウナの入浴客も自身の体験を熱量高めにソーシャルメディアなどに投稿。さらなる利用客を呼び込んでくれた。

人気が出た理由は、まだある。
一般的にサウナ施設は男性限定であることが多く、女性がたのしめる施設は少ないのが現状だ。そこで野田くんはフィンランド式サウナに倣って〈The Sauna〉を混浴にした。また、貸し切りなど幅広い層が自らにあったプランを選択することも出来る。
前述のプロジェクトページには《タトゥーの有り無しで、人を判断しません》とも書かれている。これもフィンランドでのサウナ体験を参考に定めたルールだ。
子どもから大人までマナーさえ守れば誰もが自由にたのしめる。それこそが、野田くんの追い求めるアウトドア・サウナの理想形だった。
しかし、オープン当時の〈The Sauna〉付近の景観は、お世辞にもととのっているとは言えなかった。
設備としての水風呂はまだなく、サウナで火照った身体をクールダウンさせるには、湖に入るか、冬であれば雪のなかにダイブするしかない。サウナに慣れていないひとにとってはハードルが高かった。コアなサウナ愛好家でなければ、その魅力を完全に享受するのは難しかったのだ。
しかし、それこそがフィンランド式サウナを体現するものであり、ハードルの高さが「コンテンツ」と呼べる魅力を持っている。
季節は移ろい、雪もすっかり溶けて、湖の温度も上昇しはじめた六月頃。訪れた利用者たちから「水風呂がほしい」という声が数多く出るようになった。
欲しい物があったらまず使えそうなものを探し、それでもなければつくればいい。これもサウナ小屋の自作体験で学んだ考え方だ。
小屋の裏手に流れる川をせき止めて水風呂をつくる計画自体は、以前からあった。問題は川の水をどう貯めるか。野田くんは、ストーンラックをつくったときと同じく、何か使えるものはないかと目を凝らして歩き回った。
そして、〈LAMP〉の裏手であるものを発見する。それは、前任のゲストハウス支配人が骨董品屋から購入したものの、使われることなく放置されていたボロボロのワイン樽だった。
「これを水風呂に使おう!」
サイズ感もちょうどよく、ワインを注ぐための穴も開いているので水風呂に転用しやすい。コンパネで水門を設置して水の通り道をつくると、これが上手くいった。
チェーンソーで切断したワイン樽に水が流れ込み、〈The Sauna〉に水風呂が誕生した。



〈The Sauna〉の人気は衰えるところを知らず、一周年となる2020年2月8日には累計利用者数が二千人、利用回数は四千回を突破。
すべては順風満帆に進んでいるように思えた。
しかし、〈The Sauna〉に影を落とす新たな出来事が起きる。
新型コロナウイルス感染症によるパンデミックだ。
7都府県に対して出された緊急事態宣言は、4月16日には対象を全国に拡大。外出自粛の影響もあって、〈The Sauna〉も通常営業を停止せざるを得なくなった。
〈LAMP〉には、併設の宿とレストランをあわせれば20名ほどのスタッフが働いていた。その全ての営業を停止することとなり、2ヶ月間の日報には「売上0円」の文字が並んだ。
人件費だけが嵩んでいく。しかし、たとえ売り上げがストップしても、給与や経費をストップするわけにはいかない。このとき、野田くんは初めて人件費というものを意識する。

このように多くを雇用することはリスクを伴うが、しかし人数がいれば知恵も出し合える。コロナ禍で行き場をなくしたリソースを活用すべく、自分たちだけでサウナ小屋を建ててみようと野田くんは考えた。
すでに一号棟だけでは予約を捌ききれなくなっており、あたらしいサウナづくりにも挑戦したかった。ほかのスタッフも完成までの様子を垣間見ていたので、もはや「サウナを自作すること」は無茶な挑戦ではなくなっていた。
予算削減のため二号棟は、木材の運搬からほぼ全ての行程を手作業で行うことにした。
スタッフの疲労感や人件費と天秤に掛ければ、段取りを組み重機で運んでもよかったが、「そういうの面倒くさいから、もう運んじゃおうよ」と、ログハウスの材料となる丸太を8人がかりで運んでしまう。
ところが、いざ勢いにまかせてやってみれば「ウソみたいな重さで、これはちょっとヤバいな」と感じたほどだった。
若手スタッフからは「こんなことをするために〈LAMP〉に来たわけじゃない」という声も上がったが、「お金はないけど、目の前の課題は解決しなきゃいけない。そのためには、自分たちでやらなきゃいけないよね」と叱咤激励。作業自体をたのしみに変えながら、二棟目のサウナ小屋をつくり上げていった。



サウナが二棟になったことで、専属スタッフを増やすことになった。
それまでは、サウナ室の掃除から薪割り、ストーブの火入れ、水風呂の掃除、営業中の温度管理、ロウリュのやり方やフィンランド式サウナの説明などサウナにまつわる作業全般を、野田くんが、ほぼひとりでこなしていた。体力的にもハードだったので、増員は当然の流れ。しかし、自分がやらなければアウトドア・サウナの魅力を最大限に伝えることはできないとも思っていた。
ところが、いざ増やしてみれば、想像以上に仕事が上手く進むようになった。一人より二人、二人よりも三人と、人数が多ければ多いほど、細かな部分にまで気づくことができるようになるからだ。おかげでホスピタリティは向上し、顧客満足度も高まり、次回の予約をして帰る利用客も増加していった。

現場を任せられるようになったことで、野田くんは新たなチャレンジができるようになった。
そのひとつが、サウナ施設のプロデュース業である。
「サウナをつくりたい友人がいる」と知人から話を持ちかけられたことをキッカケに、三ヶ月かけて奈良県の山添村に〈ume,sauna〉をつくり上げた。
このとき「47都道府県すべてにアウトドア・サウナをつくりたい」という壮大な構想を立ち上げるも、このペースでは1年で4件しかつくることができない。全都道府県につくるには、10年以上かかってしまう。そこで野田くんは、自らサウナを運営したいひと、すなわちオーナー経営者を増やせばいいという結論に至る。
そのためにするべきことはなにか。
まずは、サウナ事業に参入したいと考える人たちに向けて、ソーシャメディアを通して自身の経験やマインドをシェアしていこうと決めた。そうして新たな担い手を増やしていけば、いつか日本中にアウトドア・サウナができるかもしれないと考えたのだ。

しかし、プロデュース先が増えるとなれば、野田くんが現場を離れることも多くなる。
〈The Sauna〉には、彼の仕事ぶりに惹かれて「サウナヘルパー」と呼ばれるボランティアスタッフ(給与の代わりに、食事やサウナ、アクティビティが提供される)も集まり始めていた。
部下を持ち、ボランティアスタッフも抱えたことで、野田くんのなかにある決意が生まれた。
自分がいなくても滞りなく営業ができるように、スタッフを育てよう。
部下やヘルパーの存在は、それまで「つくりたいだけ」だった野田くんに、人をマネージメントするという新たな視点を授けた。

野田クラクションべべー/サウナビルダー。
〈The Sauna〉支配人。

WEB制作会社勤務を経て、二〇一九年二月、長野県信濃町にフィンランド式サウナをたのしめる〈The Sauna〉をオープン。支配人として運営に関わるほか、日本各地でサウナ施設のプロデュースを行うなど、アウトドア・サウナを啓蒙すべく幅広く活動中。
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