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身体とこころの関係
#KIMINO MIYAZAKI_
HIROAKI NAGAHATA_
PROFILE
宮﨑喜美乃 / KIMINO MIYAZAKI
トレイルランナー
1988年、山口県生まれ。高校・大学と駅伝部に所属し全国駅伝に出場。現在は世界最高齢でエベレスト登頂を果たした登山家・三浦雄一郎氏のもと、低酸素トレーナーの仕事に携わりながら、THE NORTH FACE契約アスリートとして、国内外のトレイルランニングで活躍している。
PROFILE
長畑宏明 / HIROAKI NAGAHATA
編集者
1987年、大阪府生まれ。大学在学中より音楽誌に寄稿。2014年には、インディペンデントファッション誌『STUDY』を創刊し、その誌面を用いて「リアルクローズ」を探求、表現しているほか、編集者・ライターとしてさまざまな媒体に携わる。今年9月7日にはSTUDYの最新号『STUDY8』をリリース。

昨年、「#SHEMOVESMOUNTAINS」の一環として東京・原宿で開催された「#SHEMOVESMOUNTAINS EXHIBITION」。その中で、キャンペーンに登場した方々を含め、さまざまな分野で活躍する8組が登壇したトークショーが開催された。「身体とこころの関係」をテーマに対話するのは、トレイルランナー・宮﨑喜美乃と、編集者として自身のメディア『STUDY』を主宰する長畑宏明。

長畑宏明(以下長畑) 「身体とこころの関係」というテーマですが、僕は、ロードのランニングはやっているのですが、トレイルランニングはまだ経験したことがなくて、いろいろ伺えたらと思います。まず、宮﨑さんのプロフィールから伺えますか?

宮﨑喜美乃(以下宮﨑) よろしくお願いします。私は、小学1年生から走っていて、大学4年生まで陸上の長距離をやってきました。駅伝部に入って、寮生活をしながらやっていた時期もあったんですけど、陸上自体はもうこれ以上頑張らなくていいのかな、と思っていた時期に山と出会いました。今も勤めている登山家・三浦雄一郎さんの会社で山のトレーナーとして働いていて、「山を走ってみなよ」っていう話をいただいたんです。5年前くらいかな。そこから山を走ることの魅力にはまってしまいました。

長畑 陸上歴は長いですけど、トレイルランニングをはじめられたのは割と最近だったんですね。

宮﨑 そうですね。今は100マイル、約160キロという長距離レースを走るために日々頑張っています。

長畑 元々陸上競技をやられていて、今ではトレイルランナーとして活躍されていますが、走ることに加えて、山との相性の良さもあったのでしょうか?

宮﨑 はじめて出場した100キロのウルトラマラソンで4番に入ったんです。長い時間動き続けることに対してのハードルが低かった。それが大きかったですね。

長畑 はじめてで4位、すごいことですね。そこからさらにストイックにのめり込んで……。

宮﨑 そうですね。実は100キロに出場する前は、学生時代に陸上競技にのめり込み過ぎて、バーンアウトしちゃって。すぐに体重が10キロぐらい増えて、そのときは5キロすら走れない状態にまでなりました。

長畑 そこから100キロ走れるような身体に。だんだん走れる距離を増やしていった?

宮﨑 はい。1度100キロを完走した後は、ある程度適性があったのか、その後1年鍛えたら大会で優勝するところまで成長できて。ただ、そこからが壁が高くて、プラス約60キロの100マイルを完走するのには3年もかかりました。

長畑 3年! 60キロ長くなるというのは、それだけハードルが上がることなんですね。僕は、ファッションや音楽の分野で仕事をしながら趣味でランニングをやっていて、昨年、東京マラソンに出場したんです。42.195キロのうち、苦しいタイミングって人それぞれあると思うんですけど、僕の場合は残り3キロがとにかくしんどかった。「42.195キロ」って、ざっくり40キロだと思ってたんですよ(笑)。でも、まったく違いましたね。宮崎さんの場合、100マイルだとしんどさのピークはどのあたりで訪れますか?

宮﨑 中間ですね、つらいのは。特に夜の時間は自分との葛藤が激しい。

長畑 どういった葛藤ですか? 体力なのか、精神的なものか。

宮﨑 完全にメンタルです。先日、100マイルを走ったときも、夜、まったく食べられなくなってしまって。そうなるとエネルギーが出ないし、走ることに対して否定的な自分が出てきてしまって。もちろん、ずっとスポーツを続けてきて、さまざまな状況を克服してきましたが、レース本番は今でもメンタルとの戦いがありますね。

長畑 そうなんですね。今回は、走ること、運動をすることでこころが整うという前提で喋っていますが、100マイルとなるとそうすんなりといくものではないでしょうね。5年間続けられたモチベーションはなんでしょう?

宮﨑 最初は、「走るのが楽しい」でしたね。走ることで自己主張ができるっていうスタンス。でも、100マイルを走り切るまでの3年間は、走るのも苦しいし、楽しくなかった。周囲から「楽しんでる?」って聞かれて、正直楽しめてないなって。でも、その「楽しいって何だろう?」という疑問のおかげで、いろんな人の楽しさの表現に注目するようになったんです。それで、楽しさを追求していくうちに、続けるモチベーションが戻ってきた感じですね。

長畑 言葉だと簡単に聞こえちゃうんですけど、楽しさを追求するってすごい難しいと思うんです。

宮﨑 自分は楽しさを知ってるのか? と、自分自身に問いかけていく感じ。

長畑 「楽しい」って何だろう? っていうのは、ランナーに限らず日々感じる問いのひとつだと思うんです。でも、楽しくしようと思えば思うほど、上手くいかなかったりする。宮崎さんは、どうやって自分を「楽しい」状態に持っていきましたか?

宮﨑 楽しくないことを全部書き出しました。そしたら、太っている体が嫌だとか、顔のそばかすが気になるとかからはじまって。私の場合、自分が走れないことへのストレスよりも、走れない自分を第三者に見られるストレスが原因で楽しくなかった、走ることに対してではなく自分の外見に対するコンプレックスが大きいことに気づきました。

長畑 いわゆる「本質的なこと」じゃなかった。「人生の楽しみとは?」ではなくて、身近な要素をひとつひとつ点検していった。

宮﨑 そうですね。思いつくことをどんどん書いて、手当たり次第変えていきました。あとは、走る時間帯やペースなども洗いざらい考え直しましたね。「好き」はいっぱい出てきたんですけど、逆に、嫌いなことをしっかりと直視して、どんどん減らしていく作業をしました。

長畑 嫌いを減らす作業。ひとつのことを続けていくなかで、つまずいてしまった人にとても役に立つアドバイスな気がします。楽しいことをすればいいとか、自分の好きなことに正直にと言われても、実はそこがネックだったりしますよね。

宮﨑 そうですね。それで、生活も含めて見直していったとき、私にとっての一番のストレスの原因は、時間がないことだと分かったんです。圧倒的にスケジュール管理能力がなかった。

長畑 それは、計画的なトレーニングということですか?

宮﨑 いや、例えば取材を受けすぎていたり。毎日、初めましての方にお会いして質問を受けていると、情報がいっぱいでもうパンクしちゃって。そういう状態なのに、夜飲みに誘われたら二つ返事で行ってしまったり。そりゃ、余裕なくなりますよね。それで、スケジュールを共有できるアプリを入れて友達に見てもらうようにしたんです。

長畑 予定を組むとき、優先順位のトップはやっぱり「走る」でしたか。

宮﨑 そうですね。でも、普通に仕事もしているので、仕事の時間は埋まっているのが前提。それ以外の時間をどう使うかですかね。パズルをはめていくような感じ。

長畑 なるほど。では、「山を走ること」っていうことについてお聞きしたいなと思うんですけど、最初はロードを走っていらっしゃって、その後、山にフィールドを移した。決定的な違いは何でしたか?

宮﨑 まず、ロードランニングは、どれだけ速く走れるかにやりがいを感じる部分が大きいんですけど、山の場合は、まず走り切れるかどうか。走り切れるだけですごい。気持ちのハードルが低いんです。ロードは、体力やスピードをひらすら追い求める側面が強くて、山では、いろいろな技術を高めていくような感覚でした。

長畑 確かに、ロードでの成長って一方向になりがちですよね。トレイルは、選択肢が多いというか、成長のベクトルがさまざまにある。山ではひとつの力ではなくて、総合的な力が問われると思うんですが、精神的な部分での違いはありましたか?

宮﨑 ロードの場合は、どれだけ自分をごまかせるかでした。

長畑 ごまかせる?

宮﨑 きつくないぞ、とか。

長畑 言い聞かせる。

宮﨑 そうです。でも、山では自分に正直になるのがなによりも大事。というのも、例えば、お腹が空いているのに食べずにいたら途中で倒れてしまうかもしれないし、寒かったら上着を着て体温調節をしないと低体温になってしまう。自分の身体に素直にならないといけない。ガッツだけではダメなんです。

長畑 なるほど……。すごく興味が湧いてきました。というのも、今お聞きしていて「時代性」みたいなものを感じたんです。少し前までは、仕事なども120%、130%、どれだけいけるか、みたいな感じだったと思うんです。稼ぎをどんどん増やして、人間としても向上してというレースで頑張っていた。生き残った人は成功するけど、駄目な人は脱落していくようなサバイバルな風潮があったと思うんですが、今はどちらかというと、自分のこころの声に正直になろうよっていうムーブメントが出てきた気がしています。トレイルランが、もしかしたら現代の、というか、少なくとも僕が求めている時代の生き方とリンクするのかなって。
人間性の部分では何か変化はありましたか?

宮﨑 性格でいうと、負けん気が強くなりましたね。

長畑 今まではそうでもなかった?

宮﨑 いや、ロードのときと違ってきたんです。トレイルランは、ひとつの能力を競い合うというより、ここはあなたが強くて私は勝てない、でも後で頑張るから、みたいなのがある。このセクションはあなたが強いよね、でも、このセクションなら私負けないよ、っていうような。ひとつの場面で勝敗が決まらないから、自分の強みはここにあるっていう考え方が備わっていく感じですね。

長畑 なるほど。人生そのものみたいな話ですね。人生、いつもは勝てないじゃないですか。きっとどこかでは負ける。でも、自分の持ち場ではちゃんと実力を発揮できると知っておく力というか。そこまで耐えしのぐというか、待つことができるという意味での、負けん気。

宮﨑 まさにそうですね。

長畑 欠点の捉え方が広くなるというか、ものごとに対する視野が広くなった感じでしょうか。すごいなあ。そうやって自分のこころに変化が起きていくっていうのは、純粋に楽しいですか?

宮﨑 それはもう。圧倒的に今が一番楽しいです。次に出るレースをいつも探しています。

長畑 でも、時間にしたら五十何時間になるレースって、消耗も激しいと思うんです。健康とのバランスはどのように取っていますか?

宮﨑 普段から睡眠をきちんととって、自炊を多くするとか、毎日浴びるほどお酒を飲んでいたのをやめたりとか。トータルでは、健康な生き方にシフトしましたね。

長畑 浴びるほど飲んでたんですか。

宮﨑 そうですね(笑)。

長畑 完全にやめました?

宮﨑 やめました……。いや、やめてないです(笑)。その、浴びるのをやめました。

長畑 浴びるのはやめて、ほどよくは飲んでいらっしゃると(笑)。ともかく生活習慣は健康的になったと。

宮﨑 目標があるっていうのが、一番の健康だと思いますね。これは、三浦雄一郎さんが言ってたことなんですけどね。言い方はすこし違いますが(笑)。でも、それを実感しましたね。目標があれば、私は完璧にやりたいと思う。それで「逆算」を覚えたんです。会社にいても、この日までにこれをやらなければいけないというプロジェクトがあるじゃないですか。それに対して、自分のペースを考えて、ということがスムーズにできるようになりました。

長畑 仕事でもプラスの影響があったんですね。

宮﨑 そうですね。目標をはっきりさせるために紙に書くんですよ。アプリを使ってチェックマーク付けるよりも、私にはアナログが合ってました。スケジュールもすべて書き出す。人を家に呼べないぐらい、ばーって。「私は何々になりたい。だからこうする」みたいな。

長畑 貼ってあるんですか。

宮﨑 はい。例えば、「レースで結果を出す」っていうのが目標だとしたら、じゃあこの日までにあれしよう、みたいなのを書いて貼ってました。友達が来たら、全部隠す。恥ずかしいので(笑)。

長畑 えっと、今は何になりたいって書いてるんですか?

宮﨑 言えません(笑)。

長畑 僕たちがそれを知れるのは、書き出された目標が達成されたときですね。ぜひブログとかで、後から教えてください。

宮﨑 そうですね、ぜひブログで。

長畑 最後になりますが、今回の企画に際して、宮崎さんが事前にいくつかの質問にお答えしています。そのなかで、世界を動かしていく、未来を変えていく女性を教えてください、という質問がある。これに対して、宮崎さんは「母」と答えています。理由は、「どんなに落ち込んでもどんなに失敗しても、自分以上に子どものことを優先して、温かく遠くの未来に導いてくれるから」だと。

宮﨑 はい。私は高校時代から家を出ているのですが、高校生のときは携帯電話を持てなかったので、つらいことがあったら、公衆電話で先輩が使うのを待った後に相談していました。でも、公衆電話だから内容が周りにバレてしまうじゃないですか。だから、悩み事とか、深い話があんまりできないんですよね。

長畑 正直に話せないってことですね。

宮﨑 周りが気になるので、隠しながら言うんです。でも、母は全部分かってくれていました。会ったときに「あんたは間違ってないから」と言ってくれたり、「あんたは間違ってる」とも言ってくれた。実家に帰ったときには、母親と飲むのが好きです。2人でご飯を食べに行って、べろべろになって、2人で捻挫して帰る。走ることを楽しめずに悩んでいた時期、母は泥酔しながらも「あんたは絶対やめないほうがいいから」って。「いや、やめたい」とか、そういう話も全部言ったうえで、そう言ってくれた。結果的には自分の意思で動いているけど、そのときの母の一言ってやっぱり残っていて。

長畑 会ったり、連絡を取るたびに、本人が見えてないこころの部分についてはっきり言ってくれる。

宮﨑 そうです。

長畑 お母さま、見ていらっしゃいますかね、今。

宮﨑 泣いてますね。間違いないです(笑)。