MIKA NISHINO_
ERIKO NEMOTO_
- PROFILE
- 渡辺佐智 / SACHI WATANABE
- 登山ガイド
- 登山ガイドからバックカントリーガイドまで四季を通じて活躍。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド、JAN日本雪崩ネットワーク認定レベル2、日本赤十字社救急救命員、ウィルダネスファーストエイド90時間、尾瀬保護財団認定登山ガイド。
- PROFILE
- 根本絵梨子 / ERIKO NEMOTO
- 写真家
- 2010年より渡豪。2012年より代官山スタジオ勤務。2016年よりフリーランスの写真家として活動。トラベルカルチャー誌『TRANSIT』などの雑誌をはじめ、さまざまな媒体で活躍。大の山好きで南米パタゴニアから国内の山々まで、写真を撮りながらアウトドアフィールドを旅する生活を送る。
昨年、「#SHEMOVESMOUNTAINS」の一環として東京・原宿で開催された「#SHEMOVESMOUNTAINS EXHIBITION」。その中で、キャンペーンに登場した方々を含め、さまざまな分野で活躍する8組が登壇したトークショーが開催された。登山やバックカントリーガイドとして長年山と付き合ってきた渡辺佐智と、国内外のさまざまな山を旅する写真家・根本絵梨子による「わたしが山に行く理由」について。
渡辺佐智(以下渡辺) 「山に行く理由」と言われて振り返ってみると、疲れたときに行くことが多い気がします。明確な理由がある訳ではないけれど……なんででしょうね。
根本絵梨子(以下根本) 不思議ですよね。私が思うのは、やっぱり街って情報に溢れているし、歩いているだけで自然とたくさんの情報を受け取ることになるじゃないですか? 山に入ると、そんな五月雨に入ってくる情報が遮断されて、自然の音や色を自分から探そうと思うからスッキリするのかなと思うことはあります。頭の中を空っぽにしたり、リセットするような感覚。
渡辺 それは分かります。自分自身と向き合う時間が多くなりますよね。例えば「自分の身体って、こんなにも思い通りに動かないんだっけ」とか。そういう、普段の生活のなかだと感じられないようなことを半ば強制的に感じる時間があるっていうのも大きいですよね。実は、なんで山に行くようになったのかって結構聞かれるんですよ。「なんでわざわざ疲れに行くの?」みたいな。
根本 疲れに(笑)。確かに、そうやって見られる事が多いですよね。街や日常生活って、どちらかと言えば頭だけ疲れている状態だと思うんです。山に行くとそれが逆転して、頭はすごくリラックスするけど、身体は疲れる。それでバランスが取れるのかなと。
渡辺 いい状態に整うような。とにかく疲れたんだけど、なぜかすごく気分がいいっていう感じですよね。そもそも、根本さんが山に登りはじめたきっかけってなんだったんですか?
根本 私の場合は、まず写真から。山がすごく綺麗だなと感じることがあって、撮影のために行ったのが最初ですね。中判のでっかいフィルムカメラを持って。そうやって美しい山を探しては登っていて。それがだんだんと楽しむほうにシフトして、友人と一緒に行ったりしてコミュニケーションの時間として捉えるようになっていきました。
渡辺 一緒に街を旅するよりも、山の中で一晩をともにする方が正直で、深い話ができるみたいなことってありますよね。相手のいいところも、ちょっと苦手なところも、それに自分の嫌なとこも出てるだろうなぁ、なんて思いながら。そういうやり取りもおもしろいなと思いますね。なんなら、もしトラブルがあって、命の危険にさらされるときこの人と一緒なんだっていうのもあったり。
根本 それはある! だから山に一緒に行く相手はすごく重要(笑)。この人と行きたいって。危機をともにできる相手。
渡辺 そこまで考えるのっておもしろいですよね。山に登るようになって、自分自身に起きた変化とか、気持ち的に変わった部分ってありますか? さっき事前にお話したとき、いいこと言っていたような……。
根本 なんでしたっけ? 考え方が結構変わったかなというのはあって。山に行くと、特に天気がそうですけど、自分の思いどおりにいかないことがすごく多いじゃないですか? 予報では快晴だったはずなのに、いざ行ってみたらもう全然ダメだったり。そういう、裏切られるじゃないですけど、予想できないことがいくらでも起こるから、それを受け入れていかなきゃいけないし、その場で臨機応変に考えながらベストを尽くすしかない。その感じっていうのは写真にもつながっていった実感があって、前は人からどう見られるかというのを少なからず気にしながら撮っていたところがあったんです。それが、山に行くようになって、その山だったり、ランドスケープだったり、人だったり、今目の前にある被写体に集中する感覚が強くなっていった。なんていうのかな、変に自分がこう撮りたいっていうよりも、被写体が発しているもの、自然と滲み出てくるものをどう撮っていくかっていう捉え方に変わりましたね。
渡辺 それは、対象を受け入れるということ?
根本 そういう感覚ですね。受け入れるってすごく大事ですよね。自分の力じゃどうしようもないことが起こったときに、どうやって考えを変えていけるか、気持ちを切り替えて行動できるか。切り替えられずにそのまま引きずってしまうと、やっぱりうまくいかない。天気がよくないのを引きずるんじゃなくて、受け入れて「じゃあどうやって楽しもう」とか、そういう風にパッと切り替えられるようになったのは、山に行くようになってからですかね。
渡辺 諦める。
根本 そうですね、諦める。諦める勇気。そういうのはちょっとでも山とか自然の中で行動すると、たっぷり学ばせてもらえるのかなと思いますね。
渡辺 山そのものの魅力がありつつ、そうやって普段の生活とか考え方にも変化があるからこそ、登山を続けられるってところはあるんでしょうね。
根本 そうですね。自然体でいることが自分にとって重要になって、その状態の自分を自分自身が好きになれたっていうのが大きいんだと思います。自分自身が「いい状態だな」って思える自分になれるときがあって。
渡辺 すごく分かります。自分を整えやすいですよね、ニュートラルな状態になれて、その感覚が普段の生活の中にも入ってくるっていう感覚。今お話を聞いていて、私自身もそうだなって思います。例えば、危険に備えてギアをフル装備したときに限って怪我をすることもある。だから、装備はもちろんだけれど、自分自身の気持ちや身体をニュートラルな状態に保つっていうのはすごく大切なことだなと。
根本 あと、不思議なことに周りの人たちが気づくんですよ。何も言ってないのに「あれ、山行ってきた?」って。いい状態ってそれくらい違うものなんだなあって実感しますね。
渡辺 そうですよね。今、ここに写していただいてるのって、根本さんが撮られた写真ですか?
根本 はい。ほとんどの写真は白馬の写真です。白馬岳は、山で写真を撮るようになったきっかけの山で、その当時は山荘で働きながら1カ月滞在して写真を撮っていたんです。私の山の原体験の場所ですね。
渡辺 1ヶ月も滞在していたんですね。それは、白馬という場所が気に入ったから?
根本 それもあるのですが、それまでは休みの日に毎回違う山に行っていたんです。でも、やっぱり天気が読めなかったりして思うように写真を撮れない日も多くて。それならもう長期で行って待ってようって。
渡辺 写真を見ると、同じ山とは思いえないほど季節ごとに表情が違いますね。
根本 そうですよね。最初は9月に1カ月間、去年は7月から行きました。山の表情も草花も、季節ごとに、それこそ毎日まったく違いますよね。
渡辺 そうですよね。標高が高いところの山小屋だと7-9月くらいしか営業していないと思うんですけど、その3ヶ月のなかだけでも季節がキュッと凝縮してますよね。私は、自分自身の心持ちとしても毎回同じだと思わないようにしていて。昨日と今日が一緒だと思うと、やっぱり心が動かなくなってくる。毎回フレッシュに感じられる自分でいるようにというか。
根本 それは確かに大事ですね。自分の感覚を新鮮に保つ。
渡辺 山岳ガイドの仕事って、何度も同じ山、同じルートを通ることがあって。そんな時に、山に慣れたり、同じだと思ってしまうとどんどん良くないループにハマってしまうんです。若い頃はそんな状態に入ってしまうこともあったりして、お客さまには、「天気も違うし、お会いするお客さまも違うので、毎日違うんですよ」って言いながら、それを自分自身にも言っていた感じですね。そもそも、日本って山が多い国なので、まだ登ったことのないところばかりだし、そこに季節や天気も関係してくると思うと、もう無限に深くなっていきますね。
根本 確かに、そう言われるとすごいですよね。
渡辺 それに、登るルートもいろいろあって、ルートが1本違うだけで本当に、まったく違う山にいるような感覚になったりして。その驚きとか、新鮮さは素直に楽しいなと思います。根本さんは、最近はハマっている山とかありますか?
根本 北アルプスみたいな高くて、かっこいい山。あとはやっぱり空いているというのも条件のひとつです。最近はだんだんと山の中でのいろいろな楽しみ方が分かってきて。キノコ狩りとか山菜採りとか。季節ごとにいろんな楽しみ方がありますよね。それで、去年ハンモックを買ったんですけど、そしたら木をよく見るようになって。ハンモックに寝そべると自然と空を見るじゃないですか。そのときに木の葉っぱとかをよくよく観察したりして、(針葉樹より)広葉樹のほうがいいなとか、そういうふうに見るようになって。それで森が好きになったんです。あとは、やっぱり冬が、雪山が好きだなと感じますね。この写真は雪の谷川岳なんですが、なんていうんでしょう、真っ白になった山の美しさには特別なものを感じてしまいます。どうしたって到達できない神聖な感じがあって、冬はすごく好きな季節です。
渡辺 美しいですよね。谷川岳は森林限界がすごく低い山なんです。日本の本州、中部だと、大体2500メートルあたりが森林限界だと言われていて、普通は山の上の方まで木が生えているんですけど、新潟との境目にあって、強い風が当たるような環境だからこういう景色になるんですよね。地形の境目にある山は天候が変わりやすい。
根本 変わりやすい山で有名ですよね。あとは、過去に海外でネパールとパタゴニアの山に行ったことがあるんですが、それこそ山のスケールが大きすぎて驚きました。これはネパールの写真なんですけど、標高が高いので高山病のリスクがありましたね。私が行ったところが5000メートルくらいの山で、周りにはさらに標高の高い山々が連なっている。日本にはない高さの山々ばかりで、もう壮大さがまったく違いましたね。もちろん、厳しさも。
渡辺 何日間ぐらいで?
根本 行って帰ってくるまで7日間のトレッキングですね。高度順応しなきゃいけないので、1日500~1000メートル、ちょっとずつ上がるという計算で、最終的に標高4000メートル付近に泊まって、そこから最高地点へは、さらに1000メートルほど登って1日で(4000m付近の宿へ)戻ってきました。でも、町から登山口まで24時間ぐらいかかるので、全日程合わせると約10日間ですね。
渡辺 私は、年に数回、海外から来られた方をガイドすることがあるんですけど、危険に対する認識が強いなっていうのもすごく感じます。もちろん、私がガイドをするのでこちらが安全面に気を配るけれど、彼ら自身でも自分の命は自分で守るっていう感覚が強い。そういうことに対して、学ぶ意欲が強い方が多い印象です。美しい側面だけじゃなく、そういう厳しさも山の魅力のひとつ?
根本 そうですね。そこから学びがあったというか、そういう厳しさも経験して変わった部分はありますね。
渡辺 人間、身ひとつでどこまで行けるかみたいなことは、やっぱり学びですよね。日常も謙虚に過ごせるようになると思う。やっぱり、自然でも人でも、自分のいいようにコントロールしようとするんじゃなく、自分自身と向き合ったり、お互いの存在を自然に受け入れることってすごく大切だなということ。自分の身の回りから、手の届く範囲で向き合って行くみたいな。そういう人たちが増えていけば、どんどん世の中も良くなっていくのかなって思います。
根本 そうですね、自分が歩かないと登れない。そういう当たり前のことに気付けたり、一歩一歩ですよね。
渡辺 一歩出さないと、次の一歩が出ないみたいなところは大きいですよね。すごくシンプルなことですけど。誰かを変えるとか、山を自分の都合のいいように変えるとかではなくて、自分自身がその山に分け入って感じたことだったりに素直に反応していくような。
根本 私自身、最初から何かを変えようと思って山に行ったわけではないんですけど、続けていくことで仕事やプライベートでも反応があって、少しずつそれが周りにいる人たちにも伝わっていくんだなという実感があって。
渡辺 自然の力って自分にも、他人にも伝わりますよね。ニュートラルに感じられる気持ちが大切。
根本 自分が楽しいなと感じるところに踏み込んでいくと、また違うことが見えてくるものなんだなと。日々感じて、行動を起こしていくっていうことが大事なんでしょうかね。
渡辺 うん。そうやって自然に、もっと気軽に行く人が増えるといいなと思います。
根本 山、混んじゃうかもしれない(笑)。