03 マクティア・マリコ

Social Innovation Japanの代表理事であり、日本初の無料給水アプリmymizuの共同創設者でもあるマクティア・マリコさん。よりよい社会をつくるために奔走するマクティアさんに、現在につながるルーツと、目指す未来を尋ねた。

豊かさを未来につなげるために

世界で大きな潮流となりつつあるにもかかわらず、日本ではまだ浸透していないサーキュラー・エコノミー(循環経済)や気候変動などの社会課題に、さまざまな立場から向き合っているマクティア・マリコさん。そのキャリアは、新聞社の記者から始まる。

「国際的に何が起きているのか、災害や紛争、経済の話題まで幅広いニュースを取り扱う外報部に所属していました。私の仕事は、日本で話題になりそう、かつ知ってほしい情報をピックする役。それで、やっぱりヨーロッパ的には気候変動が話として大きかったので、再生エネルギーの仕組みや新たに潮流発電所を造っているところを取材したり。もともと環境に興味はあって勉強はしていたのですが、積極的にそういったトピックを探すようにしていました」

だが、気候変動にせよその他の社会問題にせよ、記事にできたものもあれば、日本では興味をもってもらえないだろうと、お蔵入りになった企画もあったという。そして、「社会的に重大な問題なのに、なぜ取り上げてもらえないのだろう」とフラストレーションを感じるようになったという。さらに、たとえば魅力的な社会起業家に取材をして、その方たちからインスピレーションを受けても、尊敬するだけという立場に疑問をもつように。

「事実を知らせる、面白いことをしている人たちを広めるという記者の仕事は、大切な役割だと思っています。でも、正直なところ、その仕事のなかで社会をよくすることはできないと思っちゃったんです。取りあげてもらえる内容もそうだし、限界を感じてしまいました」

目の前の“素敵なこと”から取り組む

そうしてマクティアさんは、ほかの方法でやってみようと新聞社を退社。その後、日本に一時帰国中の2014年、イギリスと日本のルーツを生かせる仕事を探していたところ、在日英国大使館の国際通商部に職を得た。日本のスタートアップ企業家がイギリスに進出できるようにしたり、その逆パターンもしかり。日本とイギリスのイノベーションを促進させ、橋渡しをする仕事をしていたという。そこでの経験は、社会を俯瞰してとらえるための素地をつくる時間になったという。
自分の目指す方向、立ち位置が見えてきたのでは? そう尋ねると「いや〜、それが見えてこなかったんです(笑)」と、マクティアさん。自分の仕事が何につながっているのか見えづらく、とくに気候変動やプラスチックごみ問題といった大きな課題に対してあまり具体的に動けていないことにモヤモヤし、ずっと悩んでいたという。もっとやらなきゃいけないんじゃないか、そんな危機感すらあった。では、そのもどかしさをどう乗り越えてきたのだろうか。

「それは目の前にあるものからはじめた、ということです。たとえば、前職で知り合った人が立ち上げたNGOのイベントに誘われて行ってみたら、とても素敵なことをしていたので『なんでもいいからお手伝いさせて!』って。ここなら学べることも多いし、やりたいことにも近づけるんじゃないかと思ったんです」

大使館に勤めながら、最初はプロボノでマーケティングの手伝いをしていたが、その後パートタイムで働かせてもらうようになったのだという。そうして徐々に自分のやりたいことに近づいている実感が得られるようになったという。

「100%アクティビストとして活動している人や、まったく異なる視点でビジネスを通して取り組んでいる人たち。そういう仲間が増えたことが大きかったです。大使館で働いたことで大使から若い人までいろんな層と接していたので、それを活かして、企業で働いている人、行政にかかわっている人、これから何かしたいという学生たちが、出会う場をつくろうという想いでSocial Innovation Japan(以下SIJ)を始めたんです。今あるスキルというよりネットワークと、みんなの課題意識を合併させて何かできないかなと思うようになりました」

常識を変えるためのmymizuの挑戦

2017年にSIJをルイス・ロビンさんと共同で立ち上げた翌々年には、mymizuをローンチさせた。mymizuは、無料で給水できるスポットを検索できるアプリ。プラスチックごみが問題視されるなか、その課題を解決すべく考案されたものだ。そのアイデアはどこから生まれたのだろうか。

「イギリスにルーツがあるので、以前は毎年イギリスに帰っていたのですが、帰るたびに社会変化を感じていました。とくに、4、5年前に帰ったとき、みんながマイボトルとマイカップを持っていたんです。1年前には想像できなかったことで、常識が変わって、文化として定着していたことがショッキングでした。それが日本でできないかなって」

現在の日本では、社会的にサスティナビリティとうたっていても、誰もその本質はわかっていなくて、SDGsのピンをつけて終わりということが正直ある、とマクティアさんは嘆く。そして、本気で常識を変えるためのサーキュラー・エコノミーに取り組むのであれば、もう少し具体的に形にし、「こういうことですよ」といえる仕組みが必要だと考えた。

「ペットポトルの削減という意味では、マイボトルを売るのは一つの解決方法。でも、売るだけでは何も変わらない。実は日本ではマイボトルを以前から所有している人はすごく多くて、ある調査によると6-7割の人が持っている。でも、使っていない。まずは使っていない理由を調査して、システムとして何が足りていないのか課題を見つけ、そこから変えていこうと思いました」

そうして人びとにマイボトルを持つほうが便利だという意識をもってもらうため、無料の給水スポットを増やす仕組みを整えたのだという。ローンチ後も、ユーザーがお店で給水するハードルを下げるための工夫をしたり、浸透させるための苦労は絶えない。時間はかかるし、試行錯誤ではあるが「新しいことをやるなら、やるしかない」の覚悟をもって、一歩一歩前に進んでいる。
ほかにも、世の中の課題解決のための彼女の活動は多岐にわたる。本日の取材は、定期的にプロギング(ゴミを拾いながらのジョギング)をしているという公園で行われた。清々しい汗を流したあとのマクティアさんに、最後に大きな質問を投げかけた。ズバリ、豊かさとは何ですか?

「2つあって、やっぱり自然が大好きなので、自然環境を楽しめる生活が個人的に豊かだなと思います。でもそれは、環境が私たちの豊かさを支えているわけで、今それが危機的な状況ということは、その豊かさを保つことができないと人間として未来がないと感じています。
もう一つは、豊かさの定義が薄れている現代の生活において、自分にとって必要なものは何かを考えたとき、本当にウェルネス(健康)なのかっていうことを意識することで、豊かな生活が見えてくると思っています。
そして、今私たちが行っているのは、豊かさを次世代へと引き継ぐための取り組みでもあります。たとえ私たちが豊かでも、次の世代がとんでもない目に遭うのはどうかなと思うから。豊かな自然環境を保つことによって、次世代の豊かな生活につながるといいなと思っています」