バラエティやCM、「5時に夢中」のMCなどでおなじみのフリーアナウンサーの大橋未歩さんと、映像、書籍ともに「ハイパーハードボイルドグルメリポート」が話題のテレビ東京のディレクター、上出遼平さん。ふたりは現在結婚6年目。新婚旅行にアメリカのジョン・ミューア・トレイルを選ぶほどアウトドア好きなふたりだが、性格は正反対の部分もあるという。元先輩後輩の同僚、そしていまは同じ業界で働く同志として、「前進」について語ってもらった。
ゴールへ向かう途中で急停止
人生が方向転換したのは、阪神淡路大震災と脳梗塞のときだと語る大橋未歩さん。テレビ東京のアナウンサーとしてさまざまな番組で活躍し、公私ともに充実した生活を送っていたところ、34歳のある日、突然脳梗塞に倒れた。いまから8年前のことである。
「震災時には助かった命を存分に生かさなければというような思いがあり、脳梗塞のときは、死って誰にでも突然に訪れるものなんだな、と改めて感じて。人生が変わりましたね。休んでいた8カ月間で突きつけられたのは、自分がいなくても、何も変わらず回る社会があることでした。代わりを務めてくれた先輩や後輩の姿を見てようやく気づいた感じです。それまでずっと、担当したい番組が明確にあって、そのためにはどうすればいいか、とつねに逆算して生きていました。でもその小さな成功を積み重ねてきたことで、自分はなんでもコントロールできるっていう傲慢さもあったのかもしれません」
倒れる時期も死ぬ時期も自分で決めることはできない。必死の努力で自分のやりたいことを叶えてきたが、それにより万能感も得てしまったのかもしれないという大橋さん。
「夫から、夢はもたないという話をされたときに、衝撃を受けました。私は、「死」っていうものを意識して初めて、ゴールに縛られるということはもしかしたら不幸なのかもしれないと思うようになって、もっと周りを見渡しながら歩きたくなったんです」
「夢や目標は、うまくいっていないときの推進力にはなるんですよ。今はだめだけどいつかはこうなるんだっていう。だけど同時に呪いでもある。できなかったらどうしようとか、先に進めば進むほど、達成できない恐怖が大きくなってしまう。だからそれをぼんやりしたものにしておけば、不安感は少ないし、うまくいかなかったとしても失敗とはいえない。行き着いた先をゴールにするという考え方にシフトするのは幸福なことだと思いますね」
こう語る上出遼平さんは、今年でテレビ東京に入社して10年目。話題の番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」のディレクター兼プロデューサーとして、また、文章や音声メディアと幅広い分野に活躍の場を広げている。前進と聞いて思い浮かぶのは、テレビ業界の代名詞ともいえる過酷な労働環境を耐え抜いた日々のようだ。
「入社して1、2年は地獄のような日々でした。テレビ業界の10年前ですから、帰れないとかはざらにあって。精神的にも肉体的にもきつくて、でもどうしたらいいかはわからない。ただ1日やりきって、またもう1日やりきるという日々を繰り返してきました。何が一番つらかったかというと、この時間は無駄なんじゃないかとか、この苦しさは何をもたらすんだろうとか、そういうのがわからない状態なんです。でも、10年経てば、1年1年が無駄じゃなかったということがわかる。もちろん違う方法も違う世界もあったはずですが、僕が辿ってきた道も間違いではなく正解だったと思います」
後ろに進んだとしても「前進」
ふたりでジョン・ミューア・トレイルを歩いたときも、ステーキを食べたい、ビールが飲みたい、そう思えば予定を繰り上げて下山するなど、気ままに旅を楽しんだ。その自然のなかにいる一日一日を楽しむ。それはいつでもどこでも変わらない。
「バブル崩壊後に生きた世代なんで、自分の可能な範囲での幸せを手に入れるっていうバランス感覚があるんでしょうね。たとえば山登りにしてもそう。以前、石槌山に愛媛県側からふたりで入ったとき、途中で、このペースじゃ登頂できないぞと気づいて、予定を変更して高知県側に下りました。しまなみ海道のとある島に辿り着き、キャンプ場でも探すかって偶然見つけた場所がまあ素晴らしくて。おばあさんひとりで営んでいるプライベートビーチみたいなところだったんですが、登頂をゴールに設定していたらこんなキャンプはできてないわけですからね。それどころか“山頂で写真撮りたかったのに……”なんて思ってしまうなら、なんのための旅なのかという感じじゃないですか。
人生も一緒で、何かになるために生きているわけではない。何になってもいいんですよ、道中が楽しければ。今日を楽しむために生きている。だから前進っていう意味では、どっちに進んでも前進。たとえば後ろに行ったとしても、来たときと帰るときでは違う自分なんだから、それは後退じゃなくて行き着いた先がゴールだと思う。必ずしも「前」にこだわる必要はないと思います」
上出さんがそう断言するのは、「ハイパーハードボイルドグルメリポート」の制作も、文章を書くようになったことも、すべて上出さんがずっとやってきたことの延長線上にあるものだからかもしれない。
「文章を書きたいというのは就職前から思っていたし、テレビ局に就職するならこういうことをやりたいという憧れが不意に叶ったものでもあります。僕は大学で衝撃を受けた出来事を伝えたかった。それは自分の素行がよくなかった中学・高校生のときに少年が犯罪に手を出していく過程を探求しようとしたことともかかわっているし、さらにいえば小学生くらいから奥多摩にひとりで入って帰ってくるということを、ずっとしていたこともある。ハイパーハードボイルドグルメリポートは、その経験や技術が生きたんですよ。だから自分の現在に関係のないことが見つからないです。それはある程度自分の欲望に従って生きてきたからなんじゃないかな。まったく関係ない道を辿ってきたようで、実はすべてがつながっていた。だから、いまもなんとなくアラスカで山小屋を建てて暮らしたいな、という空想がありますが、いつかやってるんだろうなとも思うんです」
ふたりそれぞれの「正解」
大橋さんはフリーランスになって3年目。年齢とともに選択肢が減っていく会社員時代のジレンマから脱却し、自分で選択肢をつかみとれるように。台本に書かれた言葉ではなく、自分が思ったことを素直に言葉にしたいという思いへの手応えも感じているという。「まわりを見渡せる余裕、ひとの心に思いを巡らせることができるようになったのが私にとっての前進」と語る大橋さんは、上出さんと結婚したことで楽になったことも大きいようだ。上出さんは「僕はむしろ大変になったんですけど」とうそぶくが-。
上出:「僕なんかはロケで危ない所や遠くに行ったりしますけど、帰る場所があることが、背中を押してくれている部分はあります。帰る場所がないと、行きっぱなしになっちゃう怖さがあるというか。自分は帰るんだっていう意識がちゃんとあるからこそ踏み出せる一歩もあるんですよね。ハウスでもあるし、ホームという概念的なものですね。帰ってきて初めて旅をする意味を感じるし、帰ったとき一番楽しいのが僕にとって旅なんで」
大橋:「ふたりで気をつけていることは、違いを楽しもうということかもしれません。私は結構がさつなところもあって。彼は繊細で、だからイライラしていることはたくさんあると思うんですけど。でもそれも楽しもうというのはずっと言ってるよね」
上出:「僕は常に、全部正解だっていうことを言ってるだけなんですよ。人生のゴールも、人間のあり方も、気質も性格も全部。自分は自分の正解、彼女は彼女の正解。だからそれぞれの世界に干渉する必要はない。彼女が死を感じたことが人生を変えたというように、1年先に設定した目標に辿り着かない可能性なんていくらでもあるから。今日楽しいよねっていうことを積み重ねていくっていうのが僕たちのスタイルだと思います」
大橋:「だから喧嘩したら翌日に持ち越さないっていうのを徹底しようよ。持ち越すんですよ彼は。私はすぐ仲直りしちゃいたい」
上出:「正解は一個じゃないでしょ。彼女は持ち越さないことが正解って言うけど、僕の正解はそうじゃなくて、自分の気持ちのまま生きたいんですよ。そっとしておいてほしい、絶対に仲直りするんだから。なのに彼女はすぐに仲直りを強要するんで、出て行っちゃう(笑)」
大橋:「全然連絡が通じなくなって、4日後ぐらいに LINE で“四国の山中”って」
上出:「距離をとるのは大事ですよ。近すぎたらぶつかります」
大橋:「どうせ仲直りするんだったら早いほうがいいって思うんですけど」
上出:「誰かに終わりって言われて終わるもんじゃないから。彼女はそういうことがあるたびに言うんですけど、僕は溜め込むタイプだから言いません。ストレス解消法とかなくて、朝まで飲むとかになっちゃうんですよね。場所がないんですよ、ほぼワンルームみたいな家に住んでるんで」
大橋:「さっきまで帰るホームがあるからとか言っていたのに(笑)」