ARTIST
MIYAZAKI_
TRAIL RUNNER
アスリートであり、研究者。
トレイルランニングと
自分の可能性を拡張し続ける。
- PROFILE
- 宮﨑喜美乃 / KIMINO MIYAZAKI
- トレイルランナー
- 1988年生まれ。山口県出身。小学1年生からランニングをはじめ、高校・大学と駅伝部に所属し全国駅伝に出場。大学・大学院は鹿児島の鹿屋体育大学にて過ごし、登山の運動生理学の研究に興味を持ち山の世界に入った。
現在は世界最高齢でエベレストを登頂した三浦雄一郎の下、低酸素トレーナーとして山の仕事に携わりながら、THE NORTH FACE契約アスリートとして、国内外のトレイルランニングで活躍する。
登山とランニングの経験、研究データ元にしたトレーニングにより、1年目のSTYにて女子優勝を果たし、5年目の今年6月にはポルトガルで行われたTrail World Championshipに日本代表として出走した。
目標に向かってワクワクしながら
体を鍛えている人たちを見て、
自分も目標を持ちたいと思った。
トレイルランニングを始めたきっかけは何なのでしょうか。
そもそものきっかけは、5年ほど前にさかのぼります。私は3.11の東日本大震災があった2年後の2013年の夏に上京しました。東京では「帰宅難民」が話題で、多くの人が職場から歩いて帰ったというニュースを耳にして、自分は走って帰れるようにしたいと思ったんです。試しに一度走ってみたんですけれど、片道10キロも完走しきれなくって……。息が上がってしまって、死にそうになりながらバスに乗りました。余裕で走れると思っていたので悔しかったですね。それをきっかけに、学生時代にやっていたマラソンを再開したんです。
次に、三浦雄一郎さんとの出会い。三浦さんが80歳でエベレストを登頂した年に、私は「ミウラ・ドルフィンズ」に入社しました。先生から直接何かを教わるというよりも、メディアの取材などを通して先生がどんなトレーニングをしているかなど色々と知ることができました。80歳でそれだけのことができるのに、当時24歳の私は5キロを走りきることもできない。何をやっているんだと(笑)。
最後の理由は、「ミウラ・ドルフィンズ」に通う人の姿を見て刺激を受けたこと。トレーニングに来る人々は、みんな「あの山を登れるようになりたい」といった何かしらの目標を持っている。目標に向かってワクワクしながら体を鍛えている姿を見て、自分も何か目標を持ちたいと思った。そうして「100キロマラソンに出よう」ということを目標に設定したんです。100キロに挑戦するとなったら、さすがに練習しないとダメだろうと思って。それから、友達にトレーニングメニューを考えてもらい、熊本で開催された「阿蘇カルデラスーパーマラソン」に出場。比較的アップダウンも激しいコースだったのですが、9時間半を切って4位に入賞することができました。
そこからトレイルランニングに没入していったのはどうしてなのでしょうか。
「阿蘇カルデラスーパーマラソン」で入賞したときに、周囲の勧めで「ハセツネCUP」にも出てみないかと言われて、「出ます!」と即答しました。でも何も知らなくって、「夜の山道を走るんだよ」と後で聞いて、初めてライトなどの備品を揃えないといけないことに気がついたんです。「トレーニングでも夜の道を経験しておいた方が良いよ」と言われてライトを持って何度かチャレンジしたんですけれどなかなかうまくいかないまま、本番を迎えました。やっぱりすごく怖くて、走り終えた日はずっとうなされてましたね。
でも結果は、年代別1位を獲得。そのあとはきちんと山のトレーニングをして、「伊豆トレイルジャーニー」に出場。ずっとトップだったのに、ラスト10キロくらいで抜かれてしまい、2番でゴールしました。鏑木さんに「2番じゃだめだよ」って言われてしまいましたね。
そのモチベーションはどこから来るのでしょうか。
「宮﨑=トレイルランニング」といった、肩書きが欲しいんです。「○○高校の宮﨑」とか「ミウラ・ドルフィンズの宮﨑」じゃ嫌だった。会社のメンバーにはオリンピックに出場経験のある選手もいるのですが、入社当時の私には何もなくて、だったら「100mileを走る宮﨑」、「宮﨑といえばトレイルランニング」というアイデンティティが欲しかったんです。
信じているのは、自分の体。
得意なセクションを見極めれば、
自分よりも速い相手にだって勝てる。
トレイルランニングの魅力はどこにありますか。
最初はただ速く走って駆け抜けるだけで楽しかったんですけれど、今は、現場に行く前に地図を見て「どこ行こうかな」と考えているときから楽しいですね。荷物にはなるけれど、クッカーを持って行って山頂で食事をするとか、山を楽しむ要素も充実させられるようになってきました。そこからクライミングにハマってという人もいるし、トレイルランニングの楽しみ方は色々なんですよ。
あとは、自分の強みを生かせるところ。私の場合、フルマラソンではどうしても人との速さを比べる部分が強くなってしまう。レースだから人と競うことには違いないのですが、山は、それぞれ得意不得意を持った上での結果が試されるので、その時々の比較にあまり意味がないんです。スピードだけが明暗を分けるのではなく、自分が得意なセクションを見極めれば、自分よりも速い相手に勝てる可能性がある。逆に自分の弱みを見つめ直すきっかけにもなる。走るというスポーツが山を舞台にすると、自分に素直になれるという意味でも魅力を感じます。
宮﨑さんは、自分自身で研究にも取り組まれていますが、それはどういった内容なのでしょうか。
もともとは山のグレーディングの基礎となる研究を行っていました。その経験が、今のトレイルランニングのレース計画やレース分析に繋がっています。「これまでの大会で、A区間は○分○秒で走れている」といったことを分析してタイムチャートを作る。「登る力が強い」、「最初が早くて後が遅い」とか選手によってタイプは色々なので、それを数値化して、「A選手は自分よりも○倍登る力が強い」などと分析し、それをトレーニングに生かすといったことをしています。
トレイルランニングの成績には、経験値が大きく関係してきます。もちろん体力も大切だから、他の選手よりも経験値が少ない今は、データを元にすれば経験値の一部を知識で補えるのではないかと思っています。
唯一信じられるのは、自分の体。私はテニスとかスノーボードとか、道具を使うものが苦手なんです。自分の体を使って自分の足でゴールに到達する、というのはとてもわかりやすい。どれだけ楽に長く走れるかというところにハードルがあると思うんですけれど、最初の入り口はハードルが低い。トレイルランニングは、誰でも比較的簡単に始められるけれど、得意なものを一つでも二つでも見つけられればさらに強くなれる。そこが面白いところです。
- Photo / Chikashi Suzuki
- Movie / Yu Nakajima
- Illustration / Ran Miyazaki
- Interview / Rio Hirai