水の音が
心地いい
清らかな
渓谷を歩く
奈良県東北部に位置する曽爾村は、総面積47.84km2のうち86%が森林に覆われている自然豊かな美しい村だ。東海自然歩道1/100ハイクの奈良セクションは、この曽爾村を起点として、宇陀市にある室生寺を目指すルートとなった。
今回の1/100ハイク奈良セクション編に参加したのはヴィクトリアのアウトドアバイヤーである腰越浩二さん、ゴールドウインの近藤詠多さん、ザ・ノース・フェイス大阪高島屋店の髙良由衣子さんの3人。
そして、ガイド役として東海自然歩道の全線調査ハイクの際に三重から大阪までの約420kmを歩いたトレイルブレイズハイキング研究所の長距離ハイカー、丹生茂義さんが参加してくれた。
曽爾村の最寄駅は近鉄榛原駅。バスかタクシーを利用して曽爾村までアクセスすることができる。
スタート後、しばらくの間は眼前に曽爾村を象徴する山である兜岳と鎧岳の力強い姿を臨みながら歩くことができ、ルートに沿うように流れる横輪川の水の音が心地いい。眼下には滝の姿も見える。
曽爾村の山地のほとんどは室生火山群に属していて、鎧岳を含めたこの土地を象徴するような火山性ならではの珍しい柱状節理の地形は国の天然記念物に指定されているという。
「東海自然歩道」と記された道標に従って林の奥へと入り、済浄坊渓谷へと歩みを進める。東海自然歩道のルートでもある横輪川の遊歩道を歩いていると、やがて美しい滝が姿を表す。高さ27m、幅6mの済浄坊の滝は清らかな姿で佇んでいた。かつて、この地に済浄坊という仏寺があって、修験者が修行のために身を清めていたそうだ。
「迫力ある岩山である兜岳や鎧岳がうっすら紅葉する様子を見ながらの歩き始めもとてもよかったですし、岩肌を滑るようにして流れ落ちる滝がルート上にいくつも現れて感動しました」と髙良さん。
済浄坊の滝の水が流れ落ちる滝壺のエメラルドグリーンの色合いが美しく、時を忘れてその姿を眺めてしまいそうになったが、再び歩きだす。
済浄坊の滝を後にしてからも渓谷歩きは続き、この土地特有の滑らかな岩肌を流れる水の、優しく清らかなサウンドに癒されながら歩くことができるのだ。
水の音、木々を揺らす風の音、時折聞こえる鳥の囀り、そして大地を踏みしめる歩みの音。そんな、ゆっくりと歩くことでしか気づくことができない音の変化を楽しんでいると、やがて周囲の自然に溶け合うような感覚になってくる。
自然と人里の
グラデーション
渓谷、遊歩道、自然道というバラエティに富んだ自然の中を歩き、標高796mでルート上の最高地点となるクマタワ峠を越えると、下りの道にも美しい川沿いのルートが待っていた。水の音を楽しみながら林の中をしばらく歩くと、やがて小さな集落が姿を表す。
「日本の山村の原風景と言えるような懐かしさと美しさのある集落ですよね。曽爾村の起点から歩き始めると、10km未満というそこまで長くないルート上に起伏に富んだ自然の雰囲気がぎゅっと凝縮されていて、やがて人里にたどり着く。このグラデーションを楽しめるのがこのルートの魅力なんだと思います」
と丹生さんが言うように、短い距離のハイキングでは、歩いていても同じような風景が続くことが多い中で、自然景観の変化を楽しむことができるルートは貴重だといえる。
「川沿いのトレイルやちょっとテクニカルな下り道、そして最後の人里。そんな変化に富んだルート構成が印象的でしたね」
軽快に歩き続けていた腰越さんもこのバラエティに富んだルートを楽しんだようだ。
集落を抜けて歩き進むと、創建年は不明だが8世紀には建てられたといわれる古社・龍穴神社が姿を表し、間も無くしてゴール地点に設定した室生寺の門前町にたどり着く。
奈良時代後期に創建され、女人高野としても全国に知られる室生寺の門前町には軽食を楽しめる店や土産物屋が点在し、かつて山を越えて参拝をしたであろう、はるか昔の人たちと同じように、山歩きの後の癒しの時間を得ることができた。
「後半の龍穴神社では立派な御神木があり、パワーを感じました。自然の中を歩きながら、神社などその土地の歴史や文化に触れられるというのは日本ならではの魅力だと思います。あらためて日本の素晴らしさを感じ、誇りに思いました。今回のハイキングによって日本各地それぞれの特徴や歴史に興味がさらに沸いてきたので、各地域の自然や土地の美しさについて知っていきたいです」
と近藤さんがいうように、東京から大阪まで、11都府県を繋ぐ長い長い東海自然歩道のルート上を歩くことで、各地の自然、風土、歴史、文化という土地の個性をゆっくりと味わうことができるのだ。長い歴史が流れる日本が本来持っている豊かな魅力を再発見する歩く旅が待っている。